第二章『疑惑』
INTRODUCTION 『市立朱桜小学校跡地』
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休日の昼下がり、ヒーロー協会に貸与されたアパートの一室。
一人で食事を取っていたハジメは、突然の頭痛に頭を触って蹲った。ハンマーで頭部を殴られたような耐え難い痛みが、ハジメを襲う。
「ぐっ……!」
牛型怪人アルカイドに襲われてから、ハジメは、時折激しい頭痛に襲われることが増えた。しかし、悪いことばかりではなかった。思わず頭を押さえてしまうほどに激しいその痛みと同時に、失っていた記憶を少しずつ思い出している。
現段階で、ハジメの過去を探る手がかりになりそうなのは、『ヒロシ』という名前の男の子の友達と、通っていた小学校でかけっこをした思い出だ。
その記憶を思い出そうとして集中すると、通っていた小学校の名前が――ゆっくりと鮮明になり、やがて靄が晴れるように脳裏に蘇った。
ハジメは、目を見開いてその小学校の名前を口にする。
「……市立……朱桜小学校……?」
同時に、細やかな記憶が蘇ってくる。
通っていた通学路。友達と一緒に駆け回った校庭。
校庭を舞う砂埃と、走っている間に踏んづけた石ころの痛み。
一緒に食べた給食の味。苦手なピーマンを避けて、先生に注意された記憶……。
ハジメの脳裏に、いくつかの記憶が浮かび、少しずつ鮮やかになってゆく。
(市立朱桜小学校に行けば……ヒロシに会える……? いや、会えなくても、卒業名簿か当時を知る先生に会えれば……。何か手がかりが見つかるかもしれない……!)
そう考えたハジメは、急いで食事を平らげると、居ても立っても居られず、上着を羽織って小遣いを握りしめ、部屋から飛び出した。
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彼は好奇心と不安が混ざった表情で歩みを進めていく。
しかし、記憶に任せて歩いていると、行き止まりにたどり着いてしまう。
「あれ? ……ここには、駄菓子屋があったはずなのに……」
ハジメの脳裏に蘇った記憶と、今現在の朱桜市の街並みにはかなり差異がある。齟齬がある――といったほうが正確かもしれない。
ハジメが『思い出した』記憶の町並みは、古く。
現在の朱桜市の街並みは、あまりにも新しい。
(どういうことだ……? ざっくりした地形や、大きな岩の形は変わってないから、同じ朱桜市のはずだけど……)
それでも、大まかな地形や雰囲気から場所を特定して、ようやくハジメはその場所にたどり着いた。
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「……ここが、市立朱桜小学校……?」
ハジメは呆然と、その場所を見つめた。
記憶を辿って、たどり着いた先は――。
完膚なきまでに破壊された、廃墟になっていた。
近くを通りかかった老人に尋ねたところ、市立朱桜小学校は、約二十年前におきた災害によって壊れ、そのまま廃校になっているという。
ハジメはその言葉を聞いて愕然とした。
瓦礫と壊れた学校の備品が散乱する場所で、ハジメは立ち尽くし、座りこむしか無かった。
「……どういうことなんだよ、おれは……」
(おれは……何者なんだ……?)
悩み苦しむハジメの足元に、風で飛んできた古い新聞記事がまとわりつく。ハジメは咄嗟にそれを拾い上げた。
手書きで、子供の字で書かれたそれは、どうやら朱桜小学校の当時の生徒が書いた学校新聞のようだった。ところどころ破けたり汚れたりしていたが、読める部分もあった。ハジメは、その新聞記事を読んでいく。
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―市立朱桜小学校新聞部の制作した古い記事―
『ブレイ■レッド、怪人を撃退! 市民を救う』
先日、市内で発生した怪人事件において、ヒーロー「■レイズレッド」が立ち上がり、市民を守■活躍を見せました。
怪人■暴れ回り、市民の安全が脅かされる中、ブレイズ■■■は迅速に現場に駆けつけ、怪人との激しい戦いを繰り広げました。
その圧倒的なパワーと正義感によって、怪人を撃退し、市民を救うことに成功したのです!
市民たちは■■■ズレッドの勇敢な行動に感謝し、彼の活躍によって安心して日常生活を送ることができました。ブレイズレッドは、市民の安全を守るために日夜奮闘しており、その姿勢が市民から絶大な支持を受けています。
怪人事件の発生により、市民の不安が高まっていた中でのブレ■■■ッドの活躍は、市民に勇気と希望を与えることとなりました。今後も■■イズレッドの活躍に期待が寄せられており、市民の平和と安全を守るために彼の活動が不可欠であることが再確認された出来事と言えるでしょう。
記事の制作年月日・1999年9月3日
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「ブレイズ……レッド……?」
その言葉を呟いた瞬間、ハジメの頭に割れそうな頭痛が起きた。ハジメは、激痛に耐えかねてしゃがみこむ。
「はっ……はっ……はっ……」
荒く呼吸をして、ハジメは蹲った。頭の中に、見たこともないはずの景色が弾けて、色鮮やかな光景が蘇ってくる。友達と食べた美味しいたい焼きの味。近所の駄菓子屋。知らないはずなのにとても懐かしい光景。まるでその場にいたことがあるかのような錯覚。蘇った記憶の片隅には、黒い姿の妖精と仲良くたい焼きを半分こして食べている姿もあった。
(おれは……おれは、『誰』なんだ……?)
ハジメは自問自答する。しかしその答えが返ってくることはない。誰もいない校舎跡地で、頭を抱えて踞ることしかできなかった。
ハジメは、自分の過去を思い出そうと苦しんだが、それ以上の手がかりになりそうな記憶は蘇らなかった。反面日々鮮明になっていく、何気なくも懐かしい記憶。
その記憶が、ハジメの自我を侵食していくような感覚。ハジメは、矢作の忠告めいた言葉を思い出していた。
『君は、記憶喪失の不安定な存在です。だから、元の人物の記憶を完全に思い出してしまえば、あなたはあなたではなくなってしまうかもしれない』
ハジメは、ズキズキと痛む自分の頭を押さえて、しゃがみこむことしかできなかった。
風が強く吹いている。熱気を帯びた風が、ハジメの体を打ちつけた。季節が、夏に変わろうとしていた。
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