狙われたハジメ/暗躍するヒーロー協会


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 牛型怪人アルカイドの巨大な体躯は、まるで山のようにそびえ立っていた。その黒い毛並みは、夜空に浮かぶ月の光を反射して、まるで鋼のように輝いていた。彼の目は、赤い炎のように燃え盛っており、その中には狂気と残忍さが混ざり合っていた。

 ムーンライトサファイアは、歯噛みして牛型怪人を睨みつけた。


「あんた、ハジメくんを狙っとるのか……! 何のために!」

「ハッ、愚問すぎてヘドが出そうだぜ。俺様は、ただ、速やかにそいつを捕まえてこいと言われてるだけだ」


 牛型怪人アルカイドは、太い人差し指をハジメに向ける。

 

「そのガキを黙って差し出すなら、何もしねェで退いてやる。さあ、選べ、変身ヒーロー共」

「……」


 ハジメは、無言でゆっくりと牛型怪人アルカイドに近づく。


「なあ、あんたは、『悪の組織』って名乗ったな。『悪の組織』っていうのが、おれを誘拐したのか?」

「紛い物のテメェなんかに話すことは何もねェ」


 ハジメは冷静な眼差しで牛型怪人アルカイドを見つめ返す。恐ろしい怪人が相手だというのに、不思議と心は凪いでいた。穏やかに、落ち着いて、アルカイドの挙動を観察している。

 ハジメは、横目でサンライトルビーとムーンライトサファイアを見る。彼女たちは、予想外に現れた牛型怪人アルカイドに気圧されて、硬直している。時間を稼ぐべく、視線を牛型怪人アルカイドに戻して、ハジメは問いかけた。

 

「……。肌感覚で何となく分かる。あんたはどうやら、D級怪人よりもずっと――比べ物にならないくらい強いんだろ」

「まあな。そこらの怪人よりはずっと、手間ひまかけてチューニングしてある」


 牛型怪人アルカイドは、筋肉質な手を開き、手招くようにハジメに掌を向けた。

 

「だから、さっさとついてこい。手荒なことはするなって言われているんでなァ」

「言われている? 誰に?」

「『悪の組織』の総帥様にだよ」

 

 牛型怪人アルカイドは、ハジメが質問を重ねることで時間を稼いでいると気づき、苛立ったように歯を噛み締めた。


「ああ、苛々する。意味のねえ問答ほど苛立つもんはねえ」

「……お前の狙いは、おれだけなんだな。それなら、問題ない。黙ってついていく。だから、変身ヒーローや、観光客に手を出すな」

「話が早くて助かるぜェ、紛い物」


 アルカイドの手は、ハジメの身体を包み込むように下りてきた。その大きな手の指は、ハジメの体を強く掴もうとする。指先からは鋭い爪が突き出ていた。

 ハジメは、その恐ろしい光景に身を震わせながらも、牛型怪人アルカイドの顔を見つめ続けていた。

 彼の笑みはますます嗜虐的になり、その目には狂気が宿っているように見えた。しかし、ハジメは決して怯むことなく、牛型怪人アルカイドの動きをじっと観察し続けていた。

  

「……ッ、うああ!」


 硬直したように動けなかったサンライトルビーが、ハジメを庇うように前に出た。牛型怪人アルカイドとの圧倒的な実力差を感じて、彼女の体はガタガタと震えていたが、それでも、友達を守るために杖を構える。


「……ハジメくんっ、逃げて。時間を稼ぐから……!」


 サンライトルビーの声を聞いたムーンライトサファイアも、戦闘態勢を取り、震えながらもハジメの前に立った。

 

「ウチも、戦う……! 敵わへんって、わかる。でも、それでも、ウチら変身ヒーローの力は、守るためのもんや!」

「二人共……!」


 ハジメを守るために立ちふさがるサンライトルビーとムーンライトサファイア。しかし二人は、始めて目にした圧倒的な力を持つ敵に対して震えていた。

 

「ハジメくん。申し訳ないんやけど、ウチらに指示をくれへんか? ……まだ、足が震えて、頭が回らんのや。この場で一番冷静なハジメくんが指揮してくれたほうが、なんぼか勝ち目がある」

「あたしも……正直、この牛型怪人に勝てる見込み、ない……でも、ハジメくんの指示があれば、もしかしたら……!」


 ハジメは、自分を守るために震えながらも立ち向かう二人を見て、決意を固めたように頷いた。


「わかった……! やれるだけ、やってみよう!」


 前衛にサンライトルビー、後衛にムーンライトサファイアを置いて、ハジメが指揮を取る。三人が初めてチームを組んで戦う初戦は――限りなく、厳しい戦闘になりそうだった。


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「ほう? エセヒーローのくせに、俺様に立ち向かうってのか。なかなか根性据わってるじゃねェか」


 牛型怪人アルカイドは、ハジメのカバンの中からこぼれ落ちたミルキーの姿を見て目を細めた。


「よく見たら、クソ妖精もいやがるじゃねェか。おもしれェ。全員まとめて、ブッ壊してやるよ!」


 そして、アルカイドは、胸に埋め込まれた宝石に手をかざして叫ぶ。

 

「かかってこい、エセヒーロー共! お前らのグリムコア、粉々にして変身できなくしてやるよ!」


 ハジメは、決死の覚悟で指揮を取る。

 サンライトルビーとムーンライトサファイアがアルカイドと対峙する中、ハジメは冷静な判断を下すために息を整えた。

 

「ルビー、バインドネットを前方に!」

 

 そして、サンライトルビーに向かって手を振りながら、彼女に拘束魔法を使うよう指示した。


「サファイア、距離を取ってライトニングアローを!」

 

 同時に、ムーンライトサファイアには、遠くからアルカイドを狙撃するように命じた。


 サンライトルビーは、ハジメの指示に従い、巧みな動きでアルカイドを拘束する魔法を放った。一方、ムーンライトサファイアは、高台に立ち、弓を引きながらアルカイドを狙い定めた。

 その瞬間、矢が放たれ、アルカイドの巨大な体に命中した。アルカイドは激しく咆哮し、激怒して襲い掛かってきた。


 ハジメは、状況を見極めながら、次の指示を考えた。汗が額から滴り落ちた。しかし、彼は自分の恐れを振り払い、冷静な判断を下すために集中した。そして、次なる作戦を練るために、頭を働かせた。


(考えろ……考えろ! この状況を打破するためには……!)

 

 アルカイドの巨大な体が迫りくる中、ハジメは目の前にある観覧車を見つけた。彼は一瞬で状況を判断し、大胆な作戦を思いついた。観覧車を利用してアルカイドを攻撃することだ。ハジメは決断を下し、サンライトルビーとムーンライトサファイアに指示を出した。


「観覧車を倒す! サファイア、矢を撃ち込んでくれ! ルビーは、支柱を!」

「うん!」

「わかった……!」


 サンライトルビーとムーンライトサファイアは、頷くと、ハジメの指示に素早く従った。サンライトルビーが魔法で観覧車の支柱を破壊し、観覧車が傾き始めた。一方、ムーンライトサファイアは、矢を弓から放ち、観覧車が倒れる方向にアルカイドを誘導した。


「は!? ふざけんじゃねェ、なんてことしやがるこいつら、このっ……!」

 

 観覧車が轟音を立てて倒れ、アルカイドの巨大な体に激突した。アルカイドは悲鳴を上げ、その巨体が観覧車に押し潰される。その隙をついて、サンライトルビーとムーンライトサファイアが協力して攻撃を仕掛けた。


 アルカイドは、倒れてくる観覧車を必死に押さえていたが、サンライトルビーとムーンライトサファイアの魔法攻撃によって体制を崩され、瓦礫に潰されて倒れた。


「やったあ!」

「やったで!」


 サンライトルビーとムーンライトサファイアの歓声が鳴り響く中、ハジメは深く考え込んでいた。観覧車に押し潰されたアルカイドの姿を見つめながら、彼は自分の直感を信じることを決意した。この程度の攻撃では、アルカイドを倒すことはできないという確信が彼の心を揺さぶった。


「ルビー、サファイア、ありがとう。でも多分、アルカイドはまだ倒れてない……!」


 ハジメは静かに言った。


 サンライトルビーとムーンライトサファイアは、ハジメの言葉に驚きを隠せなかったが、彼らもハジメの決意に従うことを決めた。彼らは再びアルカイドに立ち向かう覚悟を固めた。


「いてえじゃねえか……やってくれたな、このガキ」

 

 アルカイドの巨大な体が瓦礫の下で静かに動き始め、その眼光はさらなる復讐の意志をにじませていた。ハジメは、新たな作戦を練るために頭を働かせた。


「ハジメくん!」

「指示を!」 


 ハジメは頷き、サンライトルビーとムーンライトサファイアに指示を出そうとした。


 ──ぴ〜ひょろり〜。


 その瞬間、牛型怪人アルカイドの腰から、間抜けな着信音が響いた。牛型怪人アルカイドは、巨大な手で器用に携帯端末を取り出し、応答した。


「……あー。もしもし? あ? 撤退? ふざけんな、今がいいとこ…………あー、畜生」 


 ハジメは警戒を解かずに、牛型怪人アルカイドの様子を観察している。ハジメは同時に、サンライトルビーとムーンライトサファイアに身振りで距離を取るように示した。


 どうやら、牛型怪人アルカイドに、撤退の指示を出したものがいたらしい。アルカイドは不服そうにしながらも、その命令に従うことにしたようだ。アルカイドは、皮肉げな笑みを浮かべて、大きな足音を立てて立ち去ろうとした。


「……今日のところはこれで勘弁してやるよ、じゃあな、エセヒーロー共」

「ふざけんな、待てや、このデカ牛!」


 ムーンライトサファイアが追撃しようとするが、それをハジメとサンライトルビーは制止する。

 

「――深追いはやめよう。戦力が劣っている状況で、刺激するべきじゃねえと思う」

 

 ハジメはそう告げる。


「……せやな。ありがとう。ウチ、頭に血が上っとったわ……」


 ムーンライトサファイアは、そう言い、牛型怪人アルカイドが去っていく方を睨んでいた。サンライトルビーも警戒態勢を続けていたが、牛型怪人アルカイドが完全に見えなくなったところでホッと息をつき、しゃがみこんだ。


「……こ、怖かった……あの怪人……」

「…………せやな。強さの桁が違う感じやわ。……まともにやり合って、勝てる相手やあらへんかった……」 

  

 ややあって、ムーンライトサファイアも、息を吐いて座り込む。


「それにしても、なんであいつは……ハジメくんを狙っとったんやろう?」

「ハジメくん、心当たりは? ……ないよね、記憶喪失だもんね……」


 ムーンライトサファイアはひとりごちる。

 

「それにしても、『悪の組織』ってなんやねん。そんな、特撮みたいな組織、ウチは知らんで。変身ヒーロー研修でも、そないな奴らがいるとは聞いてへん」

「あたしも、初めて聞いた……怪人と、何か関係があるのかな」


 ハジメは、ミルキーの入ったカバンを拾い上げて尋ねた。


「どういうことか、知ってるか、ミルキー?」

「いや……ボクにも詳しいことはわからないよ」


 ハジメは、ミルキーが何かを知っていて隠していると感じた。ぬいぐるみのようなミルキーの体は、小刻みに震えている。


「ミルキーちゃんも怖かったよね……。もう大丈夫だからね」


 そう言いながら、サンライトルビーはミルキーを抱きしめる。ミルキーは、少し微笑む。


「……詳しいことはわからない。でも、恐らく、ハジメ、君が閉じ込められていた謎の施設と、『悪の組織』は、何か関係があるのだと思う」


「君の記憶を取り戻すことが先決かもしれない。――何か、思い出せることはあるかい?」

「いや、何も――」


 そう言いかけたハジメの頭に、激しい痛みが走る。まるでハンマーで殴られたかのような激痛に、ハジメは崩れ落ち、バタリと倒れた。


「ハジメくん!? どないしたんや!?」

「……頭が……! 割れるように痛い……」

「ハジメくん!? ハジメくん……!」

 

 サンライトルビーとムーンライトサファイアの心配する声を聞きながら、ハジメは、意識を失った。


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 ■■■は、小学校に通っていた頃の夢を見た。ヒロシという名前の友達と、かけっこをして遊んでいた。ヒロシは頭が良いだけでなく足が早く、中々追いつけなかったが、それでも■■■は嬉しかった。楽しかった。


「■■■!」


 ヒロシが微笑んで手を伸ばす。その手を取ろうとした瞬間――。ハジメは目を冷ました。


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 ハジメが体を起こすと、そこは見覚えのある部屋だった。気絶したハジメは、駆けつけて来た保護担当の矢作によって、ヒーロー協会の施設に運ばれたらしい。


「気が付きましたか、ハジメくん」


 矢作は、安堵したように微笑んだ。ハジメは、ベッドから身を起こして、矢作に話しかける。


「矢作さん……。おれ……」

「頭痛を起こして倒れたと聞きました。体調はどうですか?」

「……今は痛くないです。でも、おれ、夢を見て」

「夢、ですか? どんな内容の?」

「おれ……小学校に通ってたみたいで。そこで、ヒロシって名前の友達と、一緒に遊んでました」


 矢作は、その言葉を聞いて息を呑む。


「記憶が、戻ったのですか?」

「そう……かもです。でもおれ、夢の中では、違う名前で呼ばれてたような……ちょうど聞き取れなくて、なんて呼ばれてたかは覚えてねえんですけど。『ハジメ』じゃなかった気がするんです」

「……戻った記憶は、それだけですか?」

「はい。それだけです。すげえ、『懐かしい』って気持ちになりました。おれ、もっと思い出したい」


 その言葉を聞いた矢作は、ハジメの肩を掴んで、深刻な表情で告げた。


「ハジメくん。その記憶は、戻らないほうが良いかもしれません」

「……え? どういうことですか、矢作さん」

「あなたは、記憶喪失の不安定な存在です。だから、元の人物の記憶を完全に思い出してしまえば、あなたはあなたではなくなってしまうかもしれない」


 矢作の言葉を聞いたハジメは、戸惑っている。

 

「…………いや、矢作さんの言う意味がよく、わからなくて。記憶を思い出したって、おれはおれだと思うんですけど……」

「本当にそうですか? 記憶の有無で、人の人格や性格は容易に変わります。記憶障害を起こした後の人格を『ハジメくん』と定義するのなら、記憶を完全に取り戻した場合、あなたは、別人になってしまうのではないでしょうか。僕は、それを危惧しています」


 ハジメは、矢作に静かに問いかけた。

 

「……矢作さん、記憶を失う前のおれについて、何か知ってるんですか?」

「いいえ。ほとんど知りません。ですが、僕は、君の、ハジメくんの保護担当です。ハジメくんが健やかに生きていってくれればいいと願っています。その思いに偽りはありません」


 ハジメは、何かをはぐらかされた気がした。しかし、矢作の意思は固く、ハジメが何を問いかけたところで明確な答えは返ってこないだろうと感じた。


「……おれは、矢作さんを信じます。言ってることはよくわからないけど、矢作さんは、おれを心配して、そう言ってくれたんだと思うから」

「ありがとうございます。……さあ、朝比奈さんと、月森さんが待っていますよ。あなたのことをとても心配していますから、声を掛けに行ってあげてください」


 矢作は、ハジメに柔らかく微笑みかけて、部屋を退室していった。


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 朝比奈栞は、医務室に寝かされているハジメの姿を見て駆け寄ってくる。

 

「ハジメくん! 大丈夫!?」 

「ああ。うん。大丈夫。少し、記憶が戻って」

「ほんま!? どんな記憶!?」


 月森奏は、ハジメの肩を掴んでブンブン揺さぶった。揺さぶられたハジメは顔色を悪くしている。


「ちょっ、まだっ、頭痛いから、揺すらないでくれ!」

「あ、ごめん! つい。で、ハジメくん。どんな記憶が戻ったん?」


 ハジメは、小学校に通っていたことや、その校庭で、かけっこをして走って遊んでいたこと、ヒロシという名前の友達がいたことを二人に伝えた。

 月森奏は、唸りながら考え込んでいる。

 

「友達の名前が……? 言うたら悪いけど、ものごっつ有り触れた名前やなあ。それだけじゃ、あんまり手がかりにはならへんか。小学校の名前は思い出したんか? それがわかれば、住んでた地域もわかるんちゃう?」

 

 ハジメは、まだ痛む頭を押さえながら、首を横に振った。

 

「いや……。思い出せない……」

「そっか……。頭痛そうだし、無理しないでね。思い出せたら、ハジメくんの家族を探すの手伝うからね!」

「ありがとな、朝比奈さん」


 ハジメは微笑んだ。彼の心には、自分の過去を知っているかもしれない矢作を問い詰めたい気持ちと同時に、ヒロシという名前の友人に会いたいという気持ちが膨らんでいた。


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「――蒼井会長。例の少年に関する資料は、こちらに」


 ヒーロー協会の常勤職員矢作は、ヒーロー協会会長の蒼井博あおいひろしに、ハジメに関する資料を渡した。そこには、ハジメの身体測定の結果や、ヒーロー協会の傘下の病院で受けた精密検査の結果が載っている。

 蒼井博は、その資料を確認し、目を通すと、すべて破り捨てた。


「これからも、彼に関する資料は全て破棄しろ」

「わかりました。ご命令通りに致します」


 そう告げ、矢作は頭を下げた。


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※5/11 16:58 アルカイドとの戦闘描写におかしい点がありました。申し訳ございません!


修正前:その大きな手の指は、ハジメの肌を強くつかみ、指先からは鋭い爪が突き出ていた。


修正後:その大きな手の指は、ハジメの体を強く掴もうとする。指先からは鋭い爪が突き出ていた。


5/11 17:03 修正を行いました。ご指摘ありがとうございます。完全におかしなシーンになっていたのに気づけずにいました。とてもとても助かりました……!

今後このようなことがないよう気を引き締めます。本当にありがとうございました。

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