『悪の組織』と幹部アルカイド


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 休日、朱桜遊園地に遊びに来た朝比奈栞と、月森奏と、ハジメの三人。

 朱桜遊園地は朱桜市で最も大きな遊園地である。観覧車にジェットコースター、コーヒーカップ、大体のものは揃っている。

 きょろきょろと周囲を見回したハジメは、興味深そうに周囲を観察している。彼の目には、冒険心と好奇心が宿っているようにも見えた。


「遊園地ってすげえ! めちゃくちゃ広いな! こんなにキラキラしてると思わなかった……!」

「え? あんた遊園地来たことあらへんの? なんで……? あっ……」


 彼が記憶喪失だと思い出した月森奏は、自分の非を悟って頭を下げ、謝った。

 

「ごめん。失言やった……あんた、記憶が……」


 ハジメは快活な笑顔を浮かべて、「気にすんな!」と告げた。


「月森さんと会ってから謝ってばかりのおれがいうのもなんだけどよ。謝り合うのはもうやめようぜ。だって今日は……」

「遊園地を楽しみに来たんだもん! ねえ、どれから乗る!? どれから乗る!?」


 朝比奈栞は、楽しそうに遊園地のマップを開いてみせた。可愛らしいイラストが描かれた地図は、色とりどりで華やかだ。マップを眺めてしばらく沈黙した月森奏は、ややあって、もじもじと言葉を述べた。

 

「う……ウチは……」


 俯きながらも、彼女は躊躇いがちに希望を口にする。

 

「ジェットコースター……乗りたい……」


 その言葉を聞いた朝比奈栞は微笑んで、ハジメと視線を合わせてうなずきあった。


「よーし! 行こう! ハジメくんも一緒に乗ろうね!」

「おお! 行こう!」


 空高く拳を突き上げて、朝比奈栞は告げた。眼前には、色とりどりの遊園地の施設が並び立っている。

 

「遊園地全制覇の旅、しゅっぱーつ!」


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 月森奏が乗りたがったジェットコースターは、かなりの高さまで上昇し、三人を驚かせた。

 次はフリーフォール。スリル満点のお化け屋敷。大きく揺れる大回転ブランコ。三人は、わいわいと言葉をかわしながら、遊園地にあるいろんな乗り物や施設を順繰りに制覇していく。

 ハジメは、朱桜遊園地名物の大回転ブランコで若干酔ってしまったようで、顔色を悪くしていた。


「遊園地の乗り物って結構激しいんだな……」 

「うん! たのしいー!」


 朝比奈栞は、全く酔っておらずピンピンしている。

 月森奏も、遊園地で販売しているチュロスを手に持ちながら、余裕そうに周囲を見渡して微笑んでいる。


「ほんま来てよかった……」

「でしょ! あたし、小さい頃から何度か来てるけど、季節ごとに施設の装飾が変わるから全然飽きなくて! 朱桜遊園地大好きなの!」

「うん、ウチも、この遊園地好きや。この街に……来て、よかったわ。ありがとう、朝比奈さん」


 朝比奈栞は、少し照れながら月森奏に尋ねた。

 

「……ねえ、よかったら、奏ちゃんって呼んでもいい?」

「ええよ」


 月森奏は、モジモジしながら、顔を赤くして尋ねる。

 

「ウチも、栞ちゃんて呼んでええかなあ」

「うん! もちろんだよー!」


 キャッキャと楽しそうにじゃれ合う女子二人を、ハジメは少し離れたところから見ていた。

 ハジメのバッグの中でぬいぐるみのふりをしているミルキーから、ハジメにテレパシーが届く。


【君は二人を下の名前で呼ばないのかい?】

 

 ハジメは手荷物のカバンを見下ろしながら、呆れたように返事をした。

 

「あのなあ。おれも空気ってやつ読むんだぜ。朝比奈さんと月森さんの仲良し女子二人に割り込んでいけるわけないだろ?」

【やれやれ】


 ミルキーは、肩を竦める映像をテレパシーでハジメの頭に送りつけてきた。妖精というのは無駄に技能が或るのだと彼は思った。

 

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「……あのな、ウチ、観覧車乗りたい。この街を、高いところからみたいねん。みんなで乗ってええ?」

「いいよ! ハジメくんは?」


 顔色の悪いハジメは、手を口に当てて気分が悪そうに俯いた。


「……観覧車ってゆっくり回る乗り物だよな? なら、おれもそれがいい。……ウップ……」

「だ、大丈夫? 休憩する?」

「いや、大丈夫だ……。風に当たってたらちょっと楽になってきた。順番待ちしてる間に、回復すると思う。おれも高いとこから景色見たいし、行こうぜ!」


 心配そうに、月森奏はハジメを見つめた。


「無理せんどってな、ハジメくん。でも、ウチ、みんなで観覧車、すごく嬉しいわ……。ありがとう」

「奏ちゃん……! もじもじしてる奏ちゃんかわいい!  観覧車みんなで楽しもうねー!」

「き、急に抱きつかんとってや栞ちゃん! それに、か、かわいいって……! やめてや、照れる……」


 月森奏は、顔を手で覆い隠した。顔が真っ赤になっているのを見て、朝比奈栞は叫んだ。

 

「かわいいーー!」


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 順番待ちを終えて、観覧車に乗り込む三人。

 ゆっくりと大きく回っていく観覧車は、三人の乗るゴンドラを高く高くに導いていった。

 月森奏は、ゴンドラの内部から下の景色を眺めて歓声を上げる。

 

「わあ……。高いとこから見たら一段と綺麗やわあ。いい景色やなあ」

「ああ。すっげー綺麗なとこだな」


 話しつつ、ハジメは、朱桜市の北にある深い森を見つめた。記憶喪失になったハジメが、最初に目覚めた謎の施設のあるおおよその位置を。

  

(遠くに見える森……あの場所に、おれがいた変な施設があったなあ……。あれ、本当になんだったんだ? 矢作さんが調べてくれてるらしいけど、まだ何も知らされてねえし……)


 深刻な表情で森を見つめるハジメに、朝比奈栞は、心配そうに声を掛ける。

 

「ハジメくん、どうしたの?」 

「いや、なんでもねえよ。……高いところから見たら面白い仕掛けもあるんだなーと思ってさ。ほらあっち、花畑が遊園地のロゴの形してる!」

「えっ、どこ? ……すごー!」


 月森奏は、輝くようだった笑顔を少し曇らせて、緊張した面持ちで、二人に声を掛けた。

 

「……あの。厚かましいかもしれへんけど、二人にお願いがあるんや」


 深呼吸して、息を吐いて。

 月森奏は勇気を出して叫んだ。

 

「お願いします! ウチと……友達になってくれませんか!」


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 朝比奈栞とハジメは顔を見合わせる。それから頷きあうと、月森奏に笑顔を向けた。

  

「いいよ!」「いいぜ!」


 快諾する二人の言葉に、月森奏は驚き、オロオロする。


「えっ……ええの?」

「えへへ。あたしもうとっくに友達だと思ってたよ〜! 奏ちゃん、ハジメくん、これからも色んなとこ遊びに行こうね! 」


 月森奏は、目に嬉し涙を浮かべて微笑んだ。


「二人とも……ありがとう!」

「よかったな月森! ……!?」


 ハジメは、月森奏に笑いかけようとしたが、観覧車の外を見て驚愕して固まってしまった。


「ど、どうしたの、ハジメくん?」

「見間違いだと思いたかったけど……。マジかよ……遊園地ってすげえな!」


 観覧車のゴンドラの中から指さして、ハジメは、ある一点を示した。

 

「バカでけえコーヒーカップがいる! すげえ回ってるぜ! あれも出し物か!?」

「えっ……どこ!?」


 月森奏は、血相を変えて観覧車の外を見た。

 

「……っ! 全体からみて右端! 中央広場の隣や!」


 月森奏とハジメが指し示したとおり、そこにはあまりにも巨大なコーヒーカップが鎮座している。

 それは三日月の模様があり、回転で周囲を削り取って、破壊活動を行い始めていた。

 

「あ──あれは……」

「魔力反応がある──か、怪人……!?」


 変身ヒーローではないため魔力感知のできないハジメは、巨大コーヒーカップが怪人であると聞いて驚いている。

 朝比奈栞と月森奏は、顔を見合わせてアイコンタクトを取る。

 

「行こう! 奏ちゃん!」

「うん! 栞ちゃん……!」


「頑張れよ! おれも、避難誘導で力になるから!」


 そうハジメは、告げる。

 ゴンドラから降りた三人は目を合わせて頷きあい、それぞれの戦場に駆け出していった。

 

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 観覧車から降り立った朝比奈栞と月森奏は、物陰に隠れて変身した。

 

「行こう、サファイア!」

「うん! ルビー!」


 サンライトルビーは杖の先に魔力を込めて、マジカルショットを放った。しかし、激しく回転するコーヒーカップに阻まれて、魔力弾が弾き飛ばされてしまう。


「き、効かない……!」


 三日月のマークがついたコーヒーカップ怪人が暴れ回り、建物や施設を破壊していく。幸い、コーヒーカップ怪人の移動速度事態は速くなく、ハジメの避難誘導が間に合った。今のところは人的被害がないのが幸いだが、このままでは時間の問題だった。

 

 ムーンライトサファイアは、暴れまわるコーヒーカップ怪人の姿――月の模様を見て、唇を噛んだ。

 

(なんか、嫌やわ。栞ちゃんに八つ当たりしてた自分を見てるみたいで……)


 しかし、ムーンライトサファイアは、決意を込めた表情でコーヒーカップ怪人を見つめた。

 

「ウチは、この戦いでケジメをつける。……ちゃんと、協力して、怪人を倒すんや!」

「うん! 頑張ろう!」


 回転しながら攻防一体の姿勢を保つコーヒーカップ怪人に、ムーンライトサファイアは歯噛みする。


「厄介やな……あれだけ激しい回転なら、ウチの矢は弾かれてしまう!」

「あたしのバインドネットも、きっと弾かれちゃう……けど、試しに……! バインドネット!」


 朝比奈栞は、魔力で投網を作る拘束魔法のバインドネットを展開したが、コーヒーカップ怪人の回転速度に負けて、弾き飛ばされてしまった。


「……っ、やっぱり! 」

「回転を止める方法はないんか……!」


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 その時、観客の避難誘導を終えたハジメが、叫びながら走ってきた。


「……あさ……じゃなかった、ルビー! サファイア!」

「ハジメくん!?」

「違う! 回転を、止めなくていいんだ!」


 ムーンライトサファイアは、ハジメに問いかける。

 

「え、どういうことや!?」


 ハジメは、手で円のジェスチャーをして、観覧車を指差し、「回転軸を狙え! ド真ん中!」と叫んだ。


 ハジメの指示を読み取ったムーンライトサファイアは、背後にある観覧車を振り返った。

 

「わかったで! 観覧車に乗って……高いところから、コーヒーカップ怪人のド真ん中の回転軸を撃ち抜く! 的確に当てるのは難しいけど、そうすれば、回転エネルギーに弾かれることはない! そういうことやろ!」


 ハジメは頷いている。ムーンライトサファイアは、「ルビー、足止め頼むわ!」と告げ、観覧車のゴンドラの方に走っていった。


「うん! あたし、遊園地のお客さんに被害が出ないように、コーヒーカップ怪人の足元を……マジカルショットで牽制するから! その間に、お願い!」


 ムーンライトサファイアは頷くと、誰もいない観覧車のゴンドラに飛び乗り、ゆっくりと高みから狙いをつけた。揺れるゴンドラ、動くコーヒーカップ怪人、遠距離で狙うのは至難の業だとわかっていた。

 それでも、ムーンライトサファイアには覚悟があった。


「ウチは……やれる……。当たる……当ててみせる!」


 ムーンライトサファイアの弓矢の先に光が集まる。そして、魔力が圧縮され、鋭い矢と化す。

 ――そして、彼女は、一気呵成に叫んだ。


「貫けッ! 『ライトニングアロー』!」 


 その声と同時に、魔力が凝縮された矢が放たれる。

 遠距離から放たれたその矢は、空気抵抗や距離をものともせずコーヒーカップ怪人の中心軸を捉え、寸分の狂いもなく射貫く。それを離れて見ていたハジメは、思わず声を上げた。

 

「……すっげえ!」

  

 コーヒーカップ怪人が怯んだ様子を確認したムーンライトサファイアは、大きな声で叫んだ。


「今やっ! ルビー!」

「うん!」


 返事をした彼女は、回転が止まったコーヒーカップ怪人を狙い撃つ。魔力の集中と、照射。

 サンライトルビーの杖から魔力の塊が放たれた。


「マジカルショット!」


 ──ギギギギ ギグギ グギ……


 回転という防御を失ったコーヒーカップ怪人は脆く、サンライトルビーの近距離魔法攻撃で崩れ去る。崩れたあとには、透明な魔石が残った。

 ほっと息を吐いたサンライトルビーは、魔石を拾い上げて、呟く。


「たお、せた……あたしたち…… 」


 観覧車のゴンドラから飛び降りてきたムーンライトサファイアも、歓喜の声を上げた。


「やった、やったで! ルビー!」

「サファイア! やったあ!」


 二人は、力を合わせての勝利を抱きしめ合って喜んだ。勝利の喜びに満ちた笑顔をうかべながらも、ムーンライトサファイアはふと思考を巡らせる。


(ハジメくんはヒーローやないから、戦われへんけど、地味にすごいな。ウチらより先に、瞬時に怪人の弱点、見抜きよった……)


 ハジメのカバンから出てきたミルキーが、サンライトルビーの手から魔石を回収して告げた。


「お疲れ様。D級魔石は回収したよ。……怪人騒ぎで遊園地の営業は終了してしまったようだね。残念だけど、帰ろうか」

「ううん、残念やない。ウチ、力を合わせて戦えて、嬉しかったから……。今日一日、サイコーの日やった。ありがとう」

「あたしも楽しかった! 変身解いて、みんなで帰ろう。それで明日、お昼休みに、遊園地の感想いっぱい話そうね」

「うん!」


 ムーンライトサファイアは、嬉しそうな微笑みを浮かべていた。

 

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 ――ゴオオオオン!


 しかしその平和と笑顔を、劈くような轟音が曇らせた。

 先程コーヒーカップ怪人を倒したあとの煙の中から、更に新たな怪人が現れたのだ。


「な……なんやあれ!?」


 まるで闘牛のような、鋭い角を持つ、牛型怪人。巨躯と鋭い眼光を持つその怪人は、驚くことに人間の言葉を話した。


「……ああ、いたいた。見つけたぜ、紛い物」

「……!? 新手の怪人か!? でも、怪人警報は、一体のみやって……!」


 ムーンライトサファイアは瞬時に警戒態勢を取る。しかし、牛型怪人のその鋭い視線が睨むのは、サンライトルビーでもムーンライトサファイアでもなく、なぜかハジメだった。


「木偶の坊の変身ヒーロー共には、用はねェ。そこの男のガキを置いていけ」


 その言葉を聞いたサンライトルビーは、ハッと目を見開く。彼女は、ハジメが記憶を失うきっかけとなったかもしれない出来事を思い出した。ハジメが謎の施設に閉じ込められた、怪人が関与しているかもしれない事件のことを。サンライトルビーは、咄嗟に問いかけた。

 

「……あなたが、ハジメくんを襲ったっていう、怪人なの!?」

「あァ……?」


 怪訝そうな顔をした牛型怪人は、ややあって、不敵な笑みを浮かべる。

 

「ああ、まあ、そういうことにしてやってもいいぜェ!」


 牛型怪人アルカイドは嗤った。


「俺様は、お前たちが『悪の組織』って呼んでる組織の幹部だ。牛型怪人アルカイドとでも呼ぶがいいさァ!」


 そう言い放った牛型怪人アルカイドは、全身の筋肉を膨張させ、威圧感を放つ。

 サンライトルビーとムーンライトサファイア、そしてハジメは、意図せぬ強敵との遭遇に身をこわばらせた。


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 【極秘資料】ヒーロー協会調査報告書

 件名:朱桜市郊外の謎の施設に関する調査報告書


 報告書概要:

 朱桜市郊外の森で発見された謎の施設は、『悪の組織』が保有していた建物であった。ヒーロー協会は、保護したハジメという名の少年の証言から施設を発見し、調査を進めていた。しかし、調査の過程で複数の人間の遺体と血痕が発見されたことから、極めて深刻な事態が発生していることが判明した。


 調査結果:

 人間の遺体には改造手術を受けた痕跡があり、これらの遺体は『悪の組織』によって改造されたものであることが判明した。また、施設内には様々な科学技術が使用されており、『悪の組織』が人体実験を行っていたことが疑われる。


 報告書詳細:

 この情報は、ヒーロー協会会長である蒼井博あおいひろしの決定により秘匿されており、漏洩した者は重い処罰を受けることとなる。現在、ヒーロー協会は、この施設に関する調査を継続している。


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