ムーンライトサファイア/月森奏
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朝の教室。差し込む日光。ぽかぽかする五月の陽気に眠そうな目をする朝比奈栞。教室に担任教師が入ってきて、いつものように朝のホームルームが始まる。担任教師は、笑顔を浮かべて言った。
「おはよう諸君。転校生を紹介するぞ! いやあ、今年は人数が多くなって楽しいな!」
二週間続けての新しいクラスメイトの加入に、朱桜学園中等部の二年一組はざわざわと騒がしくなった。
「
教室の扉が静かに開き、そこにはまるで絵画のような美しい少女が立っていた。彼女のつややかな黒いロングヘアは風になびき、その美しさはまるで宝石のように輝いていた。
淑やかな微笑みを浮かべながら、彼女は優雅に教室の中へと足を踏み入れると、綺麗な礼をして、自己紹介を始めた。その美しい姿はまるで映画のワンシーンのようであり、教室の中の空気さえも彼女の美しさに魅了されているようだった。
「皆さん、おはようございます。ウチは、
(わあ、こんなに綺麗な子がいるなんて……!)
朝比奈栞は、月森奏の可憐な容姿に見とれてしまった。
(あの人は……転校生だったのか!)
ハジメは先日の出来事を思い出し、不注意で彼女にぶつかってしまったことを反省していた。彼は心から申し訳ない気持ちになる。
「遠くから来ましたので、この街のことあんまりわかりません。仲良くしてくださいな」
月森奏は微笑んでいたが、その眼は全く笑っていなかった。そして、朝比奈栞を目を細めて見ているような気がした。朝比奈栞は、少し冷や汗をかく。
(あたし、月森さんに……に、睨まれてる……? き、気のせいだよね……?)
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美人転校生ということで、クラスメイトに質問責めにあう月森奏。彼女はのらりくらりと受け流しながら、周囲の人間を適度にあしらっている。
朝比奈栞は、月森奏の様子を、遠くの席から眺める。
「朝比奈さん、どうした? なんかあったか?」
「あたし、月森さんに何か嫌われることしちゃったかな……?」
「……初対面なんだろ? 嫌われる理由なくないか?」
朝比奈栞は、眉を下げて俯く。
「そのはずなんだけど……」
「嫌われるってんなら、おれが嫌われてねえとおかしいぞ? この間、帰宅途中にぼんやりしてて、月森さんに肩をぶつけちまってな……悪いことしちまったよ」
頭を掻き、ハジメは朝比奈栞を励ます。
「……だから、なんつーか。怒らせてるなら俺の方だし。何もしてない朝比奈さんは、堂々としてればいいんじゃねえ?」
「そう、かな……ありがとうね」
(でも、月森さんは、全然ハジメくんの方を見てなかった……。ハジメくんに怒ってるんじゃないと思う……)
(機会を見て、大丈夫そうなら、月森さんに何をしちゃったのか聞いて、何か傷つけてたならせめて謝りたいな……)
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時刻は昼頃、変身ヒーローの待機場所である映画鑑賞室に、ミルキーと朝比奈栞が座って話している。
「昼休みに急に来てもらって悪いね、栞」
「ううん、大丈夫だよ。ミルキーちゃん、急に呼び出すの珍しいね。怪人が出たの?」
「そういう訳では無いよ。ただ、顔合わせが必要だろうと思ってね」
「顔合わせ?」
朝比奈栞はきょとんとする。
そして、映画鑑賞室の扉が開き、見覚えのある少女が部屋に入ってきた。朝比奈栞は、部外者が入ってきたのだと思って慌てる。
「――どうも、こんにちは」
「つつつ月森さん、どうしてここに! ここは……」
月森奏は、意味深に微笑んで告げる。
「知っとるよ。変身ヒーローの待機場所、やろ?」
「!」
「ウチは、変身ヒーロー・ムーンライトサファイア。これからこの街の変身ヒーローとして活動することになるんよ。よろしゅうな」
月森奏は、手首に巻いた青色のブレスレットを見せる。それを見て、朝比奈栞は表情を輝かせた。
「嬉しい! 月森さんも変身ヒーローだったなんて! 仲間が増えてうれしいよ! これからよろしくね!」
朝比奈栞は微笑んで握手の手を差し伸べるが、月森奏はそれを無視した。
「……あれ?」
「ウチがよろしゅうて言うたのは、あんたやないよ。そこの白い妖精さん……ミルキーさんゆうたかな? そっちや」
「どうも、よろしく。……でも、ルビーに対する態度は、あまり宜しくないんじゃないかい? 挨拶は大事だよ」
変身ヒーローの補佐妖精ミルキーは目を細めて注意した。しかし月森奏は、ツンと顔をそらした。
「……挨拶なんていらへんやろ。ウチは、サンライトルビーとやらを、仲間やとは思うてへんさかい」
「!?」
「この街に出る怪人を倒すくらいやったら、ウチ一人で問題ないからな」
月森奏は、朝比奈栞を見下すように勝ち気な笑顔を浮かべた。
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動物園に鳥の怪人が現れた報せを聞き、サンライトルビーとムーンライトサファイアは変身して現場に駆けつけた。二人がチームを組んでから初めての戦いが行われるはずだったが、二人の間には気まずい雰囲気が流れている。
「鳥型の怪人……! 頑張ろうね、サファイア!」
「…………」
ムーンライトサファイアは、サンライトルビーの声掛けを無視する。明らかに聞こえているのに、全く反応を示さない彼女に、サンライトルビーは怯んだ。
「う、うう……」
「サファイア。君の態度はよくないな。プライベートでも仲良くしろとは言えないけど、最低限の協力体制は取るべきではないのかな?」
補佐妖精のミルキーがたしなめると、ムーンライトサファイアは突然語気を荒げて叫んだ。
「――協力なんていらん言うとるやろが!」
呼吸を荒らげ、ムーンライトサファイアはサンライトルビーを睨む。
「ウチはこの街の怪人全部全滅させたる! そうすればウチは! ウチは……!」
ムーンライトサファイアは、取り乱した姿を見せたことを恥じるように一瞬俯き、首を振って冷静さを取り戻した。
「……なんでもないわ。ウチ一人であいつ狩れたら、協力体制なんて必要ないって証明になるやろ」
ムーンライトサファイアは、魔力を矢じりに収束させる。サンライトルビーとは比較にならないほどの魔力が圧縮され、凝縮され、高火力の矢となる。
そして、ムーンライトサファイアは叫んだ。
「貫け!『ライトニングアロー』!」
――ギギグギグ ギグギグ ギグ グググギ グギグ グギ……
鳥の姿の怪人が一撃で消滅させられ、断末魔を上げる。その後には魔石が転がり落ち、残った。
「……ほらな? 言うたやろ。協力なんていらんて。この街の変身ヒーローは、ウチだけで充分や」
「全く……。好戦的なのは良いけれど、協力を拒んだその言葉、後悔する時が来るかもしれないよ?」
魔石を回収しながらミルキーはぼやいた。しかし、ムーンライトサファイアはそれを鼻で笑う。
「そんな時は来ん。ウチの力があれば、怪人なんて目じゃないんや」
「…………」
サンライトルビーは、ムーンライトサファイアと同接したら良いのかわからず、項垂れてしまった。
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次の日、映画鑑賞室。
ハジメと朝比奈栞は、顔を突き合わせて相談していた。
「という訳で、あたし、月森さんに仲間として認めてもらうために、何かしようと思うの」
「認めてもらう? この街で先に変身ヒーローとして戦っている先輩は、朝比奈さんだろ? ……まあ、そうしたいなら止めねえけどよ」
「うん。あたし、頑張るね」
朝比奈栞は眉を下げて、肩を落とした。
「でも、どう頑張ればいいのかわからなくて……。魔法の練習をすることは決めてるんだけど、どういう魔法を優先して練習すればいいのか……」
補佐妖精のミルキーは、朝比奈栞に提案する。
「そうだね。例えば、ムーンライトサファイアに負けないほどの攻撃力を持つのはどうだろう。新型攻撃魔法の練習がしたいなら付き合うよ」
「ミルキーちゃん、ありがとう。うーん……、攻撃力……そうかなあ……」
朝比奈栞は、ミルキーのの提案を受けてもピンときていないようで、首を傾げている。
「……なあ。月森さんは、個人で戦い続けようと思ってんだな?」
「うん。そうみたい」
「……おれは、対怪人のプロじゃねえからよ、間違っているかもしれねえが。魔法って、別に万能って訳じゃねえんだろ?」
ふわふわと浮遊しながらミルキーは目を見開いた。
「おや、ハジメくん、いい着眼点だね。続けて?」
「ああ。つまりだけどよ……朝比奈さんが良ければ、こういう魔法を練習するのはどうだ?」
ハジメは、ペンで紙に絵を描いて説明する。
朝比奈栞は、ハジメの絵を見て顔を輝かせた。
「うん! それがいい! 練習する! ねえミルキーちゃん、特訓、付き合ってくれる?」
「いいとも。ハジメくん、特訓を見学するかい?」
「うん。観察しときゃ、何か力になれるかもしれねーし」
ミルキーは、ハジメに微笑みかけた。
「……花の怪人と戦った時に思っていたけれど、君は怪人に襲われた時もパニックになってなかったし、今も冷静な視点を持ってるね。もしかしたら、指揮官の才能があるかもしれないよ」
「指揮官……?」
「うん! あたしもそう思う! あんなに怖い怪人が近くにいても全然焦ってなくて、冷静だったもん! すごいよ!」
「……指揮官ってーのは、身元不明のおれでも、目指したらなれるもんなのか?」
「君が将来、ヒーロー協会に入ることを選んでくれればね。歓迎するよ」
ハジメは、楽しそうに笑った。
「……ふーん。いいかもな!」
「ハジメくんが指揮官になって、あたし達が指示を聞いて戦う。そうなったら、物凄く素敵だね」
(おれが正式に、ヒーロー協会に所属する……。そういう未来もあるのか……)
ハジメは、自分の未来を想像して、顔を綻ばせた。
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テニスコートに、風を操る虫型の怪人が現れる。細かく飛びまわり、狙いが着けづらい相手だった。
サンライトルビーは、決意を込めた表情でムーンライトサファイアに声を掛ける。
「頑張ろうね、サファイア!」
「あんたは手ェださんといて。ウチだけで充分や! ――貫け! 『ライトニングアロー』!」
ムーンライトサファイアは、魔力のこもった矢を放ち、余裕な表情を浮かべる。
「フン、これで終い……や……」
しかし、土煙が消えたあと、風を操る虫型の怪人は、無傷で空中に滞空していた。ムーンライトサファイアは、動揺して虫型の怪人を見る。
「何でや!? 確かに当たったはず……」
虫の怪人が羽を大きく動かし、奇声を上げた。ムーンライトサファイアとサンライトルビーに、激しい強風が吹き付けられる。ムーンライトサファイアは、軽く舌打ちをして、唇を噛んだ。
(風で……矢が……阻まれとるんか……!)
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「クッ……。怪人が操れる風にも限りがあるやろ! ウチは負けへん……『ライトニングアロー』! 『ライトニングアロー』! 『ライトニング……』」
ムーンライトサファイアは歯噛みする。
「ちくしょう、かすりも、せえへんなんて……!」
苦戦するムーンライトサファイアを見たサンライトルビーは、静かに声を掛ける。
「……サファイア」
「手ェ出すなっ! あんたのせいでウチは!」
ムーンライトサファイアは、怒気のこもった声で叫び、サンライトルビーを睨みつける。しかし、彼女は、サンライトルビーの真っ直ぐな眼差しに怯んだ。
「……あたしが、サファイアを傷つけてしまっていたなら、謝るよ。だけど今は、怪人を倒さなきゃ。あのまま放っておいたら、竜巻で民間の人にも被害が出ちゃう」
その言葉に、ムーンライトサファイアは、悔しそうに俯く。彼女も民間人の被害を是としているわけではないのだ。そんな彼女に、サンライトルビーは微笑みかけた。
「大丈夫。あたしは、怪人を攻撃しないから。サファイアが怪人を倒す、そのお手伝いをさせて」
「手伝い……? あんた、何を……」
何をしたいのかわからず困惑するムーンライトサファイアの前で、サンライトルビーは、手に魔力を集中させて、薄く膜を広げていく。しかし、繊細な魔力制御は困難で、崩壊しかけていた。
「やっぱり、制御が……難しい……でも!」
しかしそれでも、サンライトルビーは諦めず、魔力を練り込み、巨大な魔力でできた網を精製した。
「練習の成果を見せる! 『バインドネット!』」
サンライトルビーが作り出した網が投網のように射出され、虫型の羽に絡みつく。それによって、虫型怪人の羽の動きが止まり、吹き付ける激しい風が止まった。虫型怪人の身を守っていた強い風は、もはや生み出せない。
笑顔を浮かべ、サンライトルビーは叫んだ。
「──今だよ、サファイア!」
「──!」
ムーンライトサファイアは、覚悟を決めて魔法の弓を握った。そして、魔力を集束させ、彼女は矢を放つ。
「『ライトニングアロー』!」
――グギグギギ ギグギグ ギギギグギ……
断末魔を残して、虫型怪人は崩れさり、後には魔石だけが残る。
「……お疲れ様、ルビー、サファイア。魔石は回収できたよ!」
ミルキーは、魔石を回収して、笑みを見せた。怪人を倒せたことを確認したサンライトルビーは、思わず飛び上がって喜ぶ。
「やったねサファイア! 倒せたよ!」
「……どういう」
「え?」
一呼吸置いて、ムーンライトサファイアは、激情のこもった声で叫んだ。
「どういうつもりや! ウチは、あれだけあんたを侮辱して、バカにして、無視までしたんやで!? なんで、ウチを……援護するような魔法を、練習しとるんや! あんたは、ウチを、嫌って当然やのに!」
その姿を見たサンライトルビーは、しばらく沈黙すると、静かに問いかけた。
「……サファイアは、本当に、あたしに嫌われたかったの?」
「え?」
「ずっと気になってたの。ねえ、……何か、ものすごく、悩んでることがあるんじゃない? 違ってたら、ごめんね。サファイアが、すごく不安がってるように見えたの。何か心配事があるのなら、よかったら、話して見てほしいな」
微笑みかけるサンライトルビーに、ムーンライトサファイアは、動揺して目を泳がせる。
「あたし、サファイアのこと仲間だと思ってるから。あたしが力になれるならなりたいって思うの」
「…………なんで、あんた……ウチに、そこまで……」
サンライトルビーは、困ったように笑った。
「なんでだろう。あたしもわかんないや」
初めて会った時から、ムーンライトサファイア――月森奏は、印象が良くはなかった。冷たく睨んだり、無視したり、協力体制を取ろうともしなかったり。
でも、それでも――サンライトルビーは、知っていた。
彼女が、民間人に被害を出さないように立ち回っていたことを。朝比奈栞に、冷たい言葉をぶつける時、月森奏は、どこか無理して、悪ぶっていたことも。
「あたし、サファイアと仲良くなりたいなって思ったの。理由があるとしたら、それだけ」
「…………っ」
ムーンライトサファイアは、息を呑んで、立ち尽くした。
「……水を差して申し訳ないけど、二人とも、移動しようか。話の続きはいつもの部屋でしよう。街の住民が集まってきてしまうよ」
そのミルキーの言葉を受けて、サンライトルビーとムーンライトサファイアは、変身を解除して、朱桜学園中等部の映画鑑賞室に戻っていった。
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夕暮れの映画鑑賞室で、月森奏は深々と頭を下げた。
「ごめんなさい」
「えっ!?」
突然の態度の変化に、朝比奈栞は戸惑った。頭を上げてほしいと言っても、月森奏は、頭を下げ続けた。
「許してくれとは言われへん。でも、せめて謝らせて欲しい。今なら、自分の気持ちがちゃんとわかるわ。ウチは……朝比奈さん、あんたに八つ当たりしとったんや」
「八つ当たり……?」
「ただの言い訳になってしまうけど、聞いてくれるんか?」
「う、うん! 聞くよ!」
朝比奈栞の言葉を受けて、月森奏は、彼女の事情を、ぽつりぽつりと語り始めた。
「……ウチのお母さんは、症例の少ない難病でな。ウチは、お母さんの治療費を稼ぐために、高給の変身ヒーローになったんや。……それで、今年の秋から、この街に変身ヒーローとして配属される予定やった。せやから、あと、半年くらいは、お母さんと一緒に故郷で過ごせると思てたんや」
月森奏は、目に涙をにじませて俯いた。
「……でも、何があったんかわからんけど、この街への配属が早まって……。思ってたより、こんな早く、お母さんと離れ離れになってしもて……お母さん、助かるかどうかも、わからへんのに……」
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「それでウチは、この街の変身ヒーローが強ければ、こんな早くウチが呼ばれることなんてなかったと思ってしもたんや。……ウチと同じ新人にそんな権限があるわけないって、本当はわかってたのに」
月森奏は、机に頭をこすりつけるようにして、朝比奈栞に詫びた。
「だから、ごめんなさい。朝比奈さんは、何も悪くない。ウチが……勝手に……あんたを悪者に仕立てて、八つ当たりしとっただけや。堪忍してくれとは言われへん。許さなくてええから、謝らせて欲しい。ごめんなさい……」
そんな彼女の姿を見た朝比奈栞は、月森奏の背中を優しくよしよしと撫でた。
「辛かったね」
「!」
朝比奈栞の優しい手の感触と温かさに、月森奏は目を見開いた。
「あたしが強ければ……確かに、月森さんが早く配属されることはなかったかもしれない。ごめんね、月森さん」
「朝比奈さんは悪ない! ウチの八つ当たりなんや!」
話を聞いていたミルキーが、朝比奈栞に加勢した。
「そうだよ。栞。君のせいじゃない。奏、君がこの街に配属されるようになったのは……とある事件のせいなんだ」
月森奏は、訝しげに眉を寄せた。
「とある、事件?」
ミルキーは、深刻そうな表情で告げた。
「君たちと同い年くらいの少年が、怪人に誘拐されていたという事件だよ。そのせいで、この街の警戒度が上がり、奏、君がこの街に派遣されることになった」
月森奏は、「そんな事件があったんか……」と呟いた。同時に、重なるようにして、ハジメの声が部屋の隅から聞こえる。
「おれのせいだったのか…………」
「えっ!? だ、誰や!?」
突然映画鑑賞室の隅から現れたハジメの姿に、月森奏は驚く。
ハジメと月森奏は初対面ではないのだが、月森奏は、ちょっと肩がぶつかっただけの相手であるハジメのことを覚えていなかったようだ。
「奏、紹介が遅れたね。今話した事件の被害者の少年で、君たちが変身ヒーローだと言うことを知っている一般協力者の、ハジメくんだよ」
「な──な──なんで、あんた、いつからここに」
「ボクが呼んでたから。ハジメくんは最初からこの部屋に居たよ。二人が熱心に話し込んでたから出ていけなかったみたいだけど」
ハジメは、映画鑑賞室の床に土下座をして月森奏に謝った。
「すまん! おれが事件に巻き込まれたせいで! 申し訳ねえ!」
月森奏は、突然現れて土下座をしてきた少年ハジメの姿に戸惑い、混乱していたが、ややあって、彼に言葉をかけた。
「な──何、言うとるねん。話聞いたばかりでようわからんけど、あんた、被害者なんやろ。悪いのは怪人や」
その言葉を口にした月森奏は、目を見開いた。
「そうや……。悪いのは怪人や。それなのに、ウチは……」
彼女はようやく、この事態の本質に気づき、俯いた。
月森奏は、朝比奈栞に泣きながら謝罪する。
「ごめんなさい、朝比奈さん! ウチのこと、いくらでも殴ってくれてええから!」
「え、ええっ!? 殴ったりなんかしないよ!?」
困惑する朝比奈栞と、土下座したままの姿勢で動かないハジメと、涙ながらに謝る月森奏。状況は混迷を極めていた。
その状況を見ていたミルキーは困惑したように呟く。
「……なんだか、謝罪大会みたいになってしまったね」
この事態の中で、中立かつ第三者視点を持つミルキーが、その場を取り仕切ることになった。
「とりあえず……。奏、君は、お母さんと一緒に過ごす時間を増やしたいんだったね?」
月森奏が頷くと、ミルキーは、小型の携帯端末を、小さい指でポチポチ操作して、どこかに連絡していた。連絡を終えたミルキーは微笑む。
「さて、皆でヒーロー協会に行こうか」
+‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥+
ヒーロー協会の応接室で、ヒーロー協会職員の矢作が複数の書類を並べながら対応してくれる。月森奏の事情を聞いた矢作は、深く深く頭を下げた。
「はい……はい。成程、事情はわかりました。ヒーロー協会の都合で、月森さんとお母様を引き離してしまってすみません。お辛かったでしょう」
「いや……ウチは……! この街に配属されるのわかってて、契約したから……」
そんな月森奏に、矢作は微笑みかける。
「月森さん、大丈夫ですよ。ヒーロー協会は、こういう時のためにもあるのです。月森さんと、月森さんのお母様ができるだけ長く共に時間を過ごせるように、まずこの街や近隣の病院に掛け合ってみましょう」
月森奏は、その言葉を聞いて、大きく、大きく目を見開いた。
「……!!」
「お母様の病状や、担当してくださる医師の方がいらっしゃるかどうかにもより、確実にこの街の病院に移れるかは今お返事出来なくてすみませんが……。月森さんのお母様ともお話をさせていただきながら、できるだけ最新鋭の医療を受けられ、可能な限り近くの病院に転院できるように手続きなど進めさせていただきますね」
月森奏は、涙をぽろぽろ零した。
「…………お母、さん……」
「月森さん……よかったね……!」
泣きじゃくる月森奏の背中を、朝比奈栞は、彼女が落ち着くまでさすってなでてあげていた。
+‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥+
月森奏が落ち着いた頃を見計らって、ヒーロー協会職員の矢作は、懐から出した紙束のようなものを渡した。
「きちんと環境のヒアリングをせず、月森さんに辛い思いをさせてすみませんでした。これは、僕からの個人的なお詫びです」
「これは……?」
「朱桜遊園地のチケットです。
ハジメは、驚いたように口を開く。
「二人だけじゃなくて、おれもいいんですか?」
「ええ。君は、最低限のものにしか予算を使わないので心配していました。お小遣いは渡しておきます。君は保護されている子供です。せめて今くらいは、子供は子供らしく、目一杯楽しんできていいんですよ」
ハジメは、一度ぎゅっと目をつぶり、感謝の気持ちを込めて言った。
「矢作さん……! ありがとうございます!」
朝比奈栞は、ハジメと月森奏に笑顔で語りかけた。
「今度の休み、予定空いてたら皆で行こう! 楽しみだね!」
「うん……うん……!」
月森奏は、涙を零しながら、それでも笑顔で頷いた。
+‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥+
─『週間ヒーロー』
特別記事:ヒーローの勇気と犠牲─より引用
変身ヒーローという職業は、人々を守り、平和を守るために危険な業務を行うことが求められます。しかし、その危険性は決して軽視できません。ヒーローたちは、命をかけて悪と戦い、時には殉職することもあります。
ヒーロー協会は、殉職した変身ヒーローたちの家族に
変身ヒーロー達は、常に危険にさらされています。しかし、彼らはそれでも人々を守るために戦い続けます。彼らの勇気と犠牲は、私達にとって大きな教訓となります。私達は、彼らの犠牲を決して忘れず、彼らが守った平和を守り続けることが求められます。
変身ヒーロー達の勇気と犠牲を称え、彼らの家族に対する支援を続けることが、私達にできる最大の貢献です。私たちも、彼らを補佐することでともに戦い、平和を守り続けましょう。
+‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥+
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