第13話 勇者は人を惹きつける
俺は目にも止まらぬ速さで剣を下から斜めに振る。
すると次の瞬間、ダンジョンの壁や地面が斜めに大きく削れる。
「えっ?」
氷室さんが目を見開き、魔物を見る。
魔物の首が斜めにずれて、地面に落ちる。
「ふぅ~、結構魔力持っていかれたな」
ステータスを確認すると魔力:16389/17480と表示されていた。
「一回で1000ぐらい使うのか……。数字で表示されてるとわかりやすいな」
異世界の時は感覚でやってたからな。
便利な世の中になったものだ。
そう思っていると、持っていた剣が粉々に砕けてしまった。
きっと俺のスキルに耐え切れなかったのだろう。
やっぱり勇者のスキルを使うならアレじゃないとダメだな。
疲れるからできるだけアレは使いたくない。
俺は氷室さんを見る。
氷室さんは力が抜けたのか、地面にぺたんと尻を付く。
「お!魔石が出て来たみたいだ」
俺は倒したブラックライトニングホースの魔石を拾う。
魔石の大きさはボーリング玉ほどで、黒色で赤いオーラ?のようなものが出ていた。
「オーラが出る魔石は今まで見たことないな……」
俺は魔石を持って、氷室さんの元に歩いて行く。
「ふふっ、すごい大きさね」
「そうだね。ほら、立てる?」
氷室さんに手を差し出すと、俺の手を取ってゆっくり立ち上がる。
「あ、ありがとう……」
「どうしたの?なんか顔が赤いよ?」
氷室さんの頬とか耳がほんのり赤くなってる。
こんな氷室さんは今まで見たことがない。
「な、なんでもない!」
「そう?まぁいいや」
「と、とりあえずダンジョンから出ましょう」
そう言って、氷室さんの配信を付けながら俺達はダンジョンから脱出した。
「じゃあ、みんな見てくれてありがとう。また後日、改めて今回の事を話すわね」
氷室さんはドローンに付いているカメラに向かってそう言うと、配信を切った。
「「「鏡花!」」」
するとダンジョンの出口にいた氷室さんのパーティメンバーらしき女性三人が走ってくる。
「ぐすっ、よかったぁ」
「し、心配させないでよぉ」
「鏡花……」
三人は氷室さんに泣きながら抱き着いた。
全員スマホを手に持っていたので、きっと配信を見ていたのだろう。
そんな様子を見て、少し羨ましく思った。
いい仲間を持ったな~、氷室さん。
俺は異世界の頃からほとんど一人でダンジョンに行っていたからな……。
するとパーティメンバーの三人が俺の元に来る。
「あ、あの……デルタさん、ですよね?」
「まぁ……は、はい」
直接デルタと言われる事が初めてだったので、どう反応して良いのか分からなかった。
「配信見てました。鏡花を助けてくれてありがとうございました」
「「ありがとうございました」」
三人は俺に向かって深々と頭を下げた。
「私からもお礼を言うわ。本当にありがとう、あなたのおかげで生きて出られたわ」
氷室さんもそれに続いて頭を下げた。
「頭を上げてください!大した事はしていませんので!」
「世界で初めてイレギュラーを倒したのに、大したことはしてないだなんて……」
「デルタさん……」
「やばっ、惚れそう……」
メンバーの三人が、頬を赤くして俺を見上げる。
「よかったら連絡先でも――」
「ダメよ」
すると眉間にしわを寄せ、メンバーを威圧する。
「この人は私のファンなんだから、過度な交流は許さないわ」
そう言うと氷室さんはメンバー達と俺の間に割り込んでくる。
ファン?ああ、こんな格好だから手っ取り早く信用してもらうために適当に言っただけなんだけどな……。
「きょ、鏡花……なんか怖い」
「ふふっ、なるほど~これはこれは」
氷室さんを見て、メンバー達はニヤニヤと笑い始める。
「な、何よ!?」
「いいよいいよ、鏡花に譲るよ!」
「それって鏡花がこの人の事をゴニョゴニョ……」
一人のメンバーが氷室さんに耳打ちすると、途端に茹でタコのように顔を真っ赤にさせる。
「そんなんじゃないわ!な、何を勘違いしてるのよ!この馬鹿!!」
氷室さんがパーティメンバー達と言い合いを始めた。
俺はいつまでこのやり取りと見せられるのだろう……。
今日も疲れたし、早く帰って寝たい。
「あ、あの……」
「あっ!ご、ごめんなさい。あなたをほったらかしにしてしまって」
「いや、大丈夫だよ。それより、はい」
「えっ?」
俺はイレギュラーの魔石を氷室さんに差し出す。
「あげるよ」
「これはあなたが倒した魔物でしょ!?受け取れないわ……、この魔石を還元したらいくらになると思ってるのよ!?」
「まぁそうなんだけどさ……」
それは勿論分かっている。
でも俺はこの魔石を持って帰れない理由があった。
「俺は見ての通り、正体を隠して配信者やってるからさ。これを還元しに行くと正体がバレちゃうんだよね」
魔石を還元する時は必ず身分証明書を見せなければいけないので、俺が還元しに行くと、デルタ=皆川悠真だとバレてしまうのだ。
「俺が持っていてもただの石ころ。だから君たちが貰ってくれると助かる。売ったお金で装備を整えて、もっと強くなってくれ」
早く強くなって、俺に楽させてくれ。
「で、でも……」
「いいじゃん!貰っておきなよ」
「初めての彼からのプレゼントだよ?もっと喜ばないと!」
「なっ!彼じゃないわよ!」
氷室さんはそう言って、ふんっと鼻を鳴らす。
「じゃあ今回はありがたく受け取るわ。でもいつか絶対この借りは返すから」
「気にしなくてもいいよ。それじゃあ――」
「ちょっと待って!!」
「えっ?」
「あなた配信者って言ってたわよね?チャンネル名は何?」
「……。『デルタのダンジョン教室』だけど」
なんでいきなりそんなことを聞いてきたのだろう。
すると氷室さんはスマホを取り出し、なにやら操作し始める。
「チャンネル登録しといたわ。ダンジョンの攻略法を配信してるみたいだし、あなたのコンテンツ楽しみにしてるわ」
自分の配信を楽しみにしてくれる人がいるなんて……う、嬉しい!
俺は思わず仮面の下でニヤニヤしてしまう。
「ありがとう!じゃあまたね!」
【
俺は自分の家に転移した。
◇
「あの人すごかったね!」
「うん……」
「でもあんな凄い探索者なんていたかな?」
「知らないわ。最近になって配信し始めたみたいだし、でも今回の事で多くの人が『デルタ』という存在を認知し始めたわ」
「そうだね……」
「あれほど強い探索者を『ダンジョン協会』が放っておくはずがない。正体を隠せているのも今の内ね」
「そうだね。鏡花、正体がわかったらまた会いに行くの?」
「うん。必ず会いに行く」
氷室鏡花は赤いオーラが出ている魔石を両手で抱きしめ、頬をほんのり赤くさせた。
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