第12話 救世主 side氷室鏡花

「はぁ……はぁ……」


 私は一匹の魔物を睨みながら、肩で息をする。

 イレギュラー。

 今まで一度も倒されたことのない突然変異の魔物の総称。


「ブルルル」


 イレギュラーの魔物からは赤いオーラのような物が漂う。

 ビルの二階ほどの大きさの大きな黒い馬は鼻息を荒くして、私達の様子を伺っている。

 額からは黒い角を生やし、そこから漏れた黒い雷がバチバチを音を立てている。

 

「ど、どうするの……鏡花!」


 私のパーティメンバーの一人が声をかけてくる。


「私達四人だけで来たのが間違いだったわね」


 私達『蒼氷そうひょう戦姫団せんきだん』はBランク探索者パーティだ。

 私達なら★2ダンジョンに出る魔物を狩るだけなら余裕だ。

 そう思っていたのに……


「まさか突然変異イレギュラーと遭遇するなんて、しかも逃してくれそうにないわね」


「ヒヒーン!!」


 その魔物が黒い雷を纏いながら突進してくる。


「行かせるか!【ヘイト】」


 盾職のメンバーが盾を構えてスキルを使う。

 すると魔物が急停止し、方向を変えて再度走り出す。


「耐えろ……耐えてみせる!」


 そして魔物と盾がぶつかり合う。


「きゃああ!!」


 盾色のメンバーが魔物を止められず、吹き飛ばされる。


「そ、そんな……」


「鏡花!どうするの!?このままだと全員死んじゃうよ!?」


 パーティのリーダーは私だ。

 私が決断しなければ……。一つだけみんなを助けられる方法がある、もうそれしかない。

 私はある作戦をみんなに伝える。


「みんな、ここから逃げて!こいつは私が食い止める!」


 私はパーティメンバーの前に立ち、魔物に向かって構える。


「それなら私も――」


「ダメよ!こうなったのは私の責任だ。みんなは逃げろ!」


突然変異イレギュラーなんだから運が悪かっただけだよ!鏡花のせいじゃない!」


「この戦いは世界中に配信されている、つまり突然変異イレギュラーの動きを映像で残せるということよ。それだけでも私は探索者達に貢献できる」


「鏡花……」


「そんな自分を誇りに思う。だから全員逃げろ!パーティリーダーからの命令よ!」


 私は魔物を睨みつけ、大きな声で言う。


「ぐすっ……ありがとう!」


「鏡花!」


「ごめんなさい……」


 そう言って三人のパーティメンバーは私を置いて、ダンジョンの出口に向かって走る。

 その様子を横目で見て、私はふぅと息を吐く。


「みんな……私の勇姿を最後まで見てて」


 私は見ている視聴者に向かってそう言う。


【アイスニードル】


 私は魔法を詠唱すると氷の棘が五つ出現し、魔物に向かって飛んでいく。


「ヒヒーン!」


 魔物の鳴くと氷の棘が黒い雷によって砕かれる。


「くっ!」


 私は歯を食い縛り、声を絞り出す。

 するとその魔物は突然後ろに向かって走り出す。


「なっ!何をする気だ!」


 魔物はダンジョンの中を大きく円を絵描きながら走り、徐々に走る速度が上がっていく。

 地面を蹴るたびに、足から出た黒い雷が音を立てる。


「動くが速過ぎて見えない!」


 魔物がさらに大きく円を絵描き、私に向かって突進してくる。


 ごめん……みんな。私はここで死ぬみたいだ。


 目を閉じて、死を覚悟した。

 しかしいつまで経っても魔物の攻撃が来ない。

 ゆっくり目を開けると一人の男が私の前の立っていた。


「えっ!?」


 その男は黒いローブと変な仮面を付けていて、魔物の突進を片手で止めていた。


「ふぅ〜よかった。間に合ったみたいだな」


 魔物がさらに地面を蹴ろうとするが、全く前に進まない。

 男は魔物の頭を蹴り飛ばすと、魔物はダンジョンの壁まで吹っ飛んでいった。


「大丈夫?」


「ええ、なんとかね。それよりあなたは一体……」


「まあ、なんと言うか……。配信を見て駆けつけた君のファンだよ」


「ヒヒーン!!」


 声がした方を見ると、魔物がゆっくりと立ち上がり、私達の様子を伺うように見る。


「あなた、あの魔物の突進を片手で止めてたわよね?」


「うん」


 男はまるで当たり前と言わんばかりに、返事する。


「落ち着いてるわね……、あなた相当強そうね。この魔物から逃げる方法何か思いつく?」


「逃げる?普通にあいつを倒した後に、二人でダンジョンから出ればいいんじゃないかな?」


「な、何言ってるのあなた!?頭大丈夫?あいつはイレギュラーよ、逃げる以外の選択肢はないわ!」


 突然変異イレギュラーは倒せない。

 だから見かけたらすぐに逃げる、それが探索者の常識だ。


「いや、そんな事はないと思うけど……。ん?」


 男は魔物を見ながら、声を出す。


「あいつは絶対倒せないわ!」


「なんだ、突然変異イレギュラーって言うからどんな魔物かと思ったらただの『ブラックライトニングホース』じゃん。なんか赤いオーラ出てるけど……」


「あなた、あの魔物知ってるの!?」


「うん。★5ダンジョンのボスだね」


「★5?そんなの聞いたことないわよ?」


 この魔物を知ってるはずがない。

 だって突然変異で生まれた魔物、つまり世界で初めて発見された魔物だからだ。 


「まあいいからいいから、自分の配信のコメントでも見ながらゆっくりしててよ。俺が一人で倒すからさ」

 

「嫌よ!私も一緒に――」


「ダメだ、足手纏いになる。そこで見ていてくれ」


 男の言葉を聞いて、私は少しカチンとくる。


「あっそ!じゃあ私は助けないわ!視聴者さんのコメント見てればいいのよね!?ふんっ」


 私は頬を膨らませながら、後ろに下がる。


 男はボロボロの剣を構えたと思ったら、その姿が消えた。


「消えた!?」


 ガキンッ


 大きな音がダンジョンの中に響き、音はした方向を見ると男が魔物の角に向かって剣を振っていた。


 魔物の角に切り傷が付いた。

 それを確認した男は後ろに下がる。


「あれ?切れないな……。普通のブラックライトニングホースより強いみたいだな」


 男はそう呟き、目にも止まらぬ速度で魔物に斬りかかる。

 魔物の攻撃を軽々と躱し、弱点を的確に斬る。

 まさに神業というにふさわしい動きに思わず目が離せなくなる。

 

「す、すごい……」

 

 私は男の戦いを見て、唖然としながらスマホでコメントを確認する。


 ・こいつ強くね?

 ・変態だ!鏡花ちゃん逃げて!

 ・こいつ『デルタ』とかいう配信者じゃね?


「デルタ?」


 ・デルタって誰だよ

 ・こいつ今日だけで五個ダンジョン破壊してるぞ

 ・アーカイブ見たら★3ダンジョン一人で攻略してて草


「デルタ……それがこの人の名前」


 一日で五個ダンジョンを破壊し、★3を一人で攻略した。

 普通なら信じないと思うはずが、この戦いを間近で見せつけられるとありえる話だと思ってしまう。


 デルタは大きく交代し、剣を構える。


「けっこう堅いな。久しぶりにあれ使うか……」


 そう言うとデルタが持ってる剣身が白く光り始める。


 【勇気ある剣撃カーレッジスラッシュ


 デルタは目にも止まらぬ速さで剣を振るった。

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