第7話 いじめっ子は死にました

 俺は血の付いた剣を持って、真っ二つになった片桐の死体を見下ろす。

 赤い血が剣を伝って、剣先からぽたぽたと垂れている。


「これで弱かった過去の俺とはおさらばだ……」


 バキッ


 持っていた剣の柄が折れて、高い音を立てて剣先が地面に落ちる。


「折れたか。まあ強く握ったからな、これはもう捨てるか」


 俺は割れた剣の柄を地面に捨てる。


「さて、もうこんな時間だ……早く帰って寝よう」


 スマホで現在時刻を調べると23時になっていた。


「ん?」


 すると一人の死体のポケットから財布が見え、その中からお札がちらりと出ていた。


「……」


 どうしよう……、異世界では戦利品として倒した敵の持ち物を持って帰るのは普通だった。

 でもさすがに現代で死体を漁るというのは倫理的にいかがなものだろうか。


「まあ、人を殺した俺が倫理なんて考える事じゃないな。ドローンを買う金も必要だし、こいつらは散々俺からカツアゲしてきたんだ。このくらい貰ってもいいだろ」


 自分の中でいろいろと理由を付け、死体を漁る。


「こいつら結構持ってるじゃん!全部で二十三万円になったぞ!これでドローンが買える!」


 臨時収入に拳を高く上げ、思わずガッツポーズする。

 一番ガタイのでかい奴の財布には十万も入っていた。

 羽振りがいいじゃないか。もしかしてこいつらは高ランクの探索者だったかもしれないな。


 俺は今まで持ったことのない大金を持って、鼻歌を歌いながら飛び跳ねて家に帰った。


 ◇


 次の日、俺は学校に行って自分の席に座る。

 当たり前だが、今日は後ろの席には誰も座っていなかった。


「今日って片桐君休みなの?」


「あいつ怖いからな……今日は平和だぜ」


「まあどうせ皆川が標的になるし、俺らには関係ないだろ」


 そろそろ授業が始まるというのに登校してこない片桐をクラスメイト達は不思議に思ったのか、片桐の話題でざわざわし始める。


「おはよう、皆川君」


「えっ?お、おはよう」


 氷室さんに突然声を掛けられ、緊張しながら挨拶する。


 氷室さんってめちゃくちゃ綺麗だから未だに何か緊張しちゃうんだよな……。


「昨日、千葉にあるダンジョンが崩壊したらしいわね。あなたそれについて何か知ってる?」


「ギクッ!え?な、なんの事かな~。あはははっ」


 何でそんな話を俺にするんだよ!

 俺は誤魔化すために、顔を引きつらせながら無理やり笑う。


「知らないはずないわ。千葉のダンジョン崩壊の時、皆川君って千葉のダンジョンにいたわよね?」


 俺は勢いよく立ち上がり、目を見開いて氷室さんを見る。


「ど、どうしてそれを!?」


 なんで俺が千葉のダンジョンにいた事知ってるんだ!?


「千葉のダンジョンが崩壊したって聞いたから、ダンジョンを定点で映しているカメラのライブ映像をアーカイブで見返したのよ。そしたらいきなり皆川君がダンジョンから出てきて驚いたわ」


 氷室さんが腕を組んで、ふんっと小さく鼻を鳴らす。


「あのダンジョンは訓練用に保護対象のダンジョンだったはずよ。そのダンジョンを崩壊させるなんて違反行為よ。全く……犯人はどうしようもない馬鹿ね」


 はい。

 馬鹿ですいません。


「は、犯人は見てないけど、★1のダンジョンなんて出てくる魔物も弱いから訓練に

 なるのかな~なんて……」


「だから訓練になるんでしょ!?命の危険は少なく戦闘経験を積めるいいダンジョンじゃない!まぁ、皆川君は世界一弱いから★1でも厳しそうだけど」


「あはは……ソウデスネ~」


「……」


 氷室さんが目を細めながら俺をじっと見てくる。


「皆川君、なんか前と雰囲気違うわね……」


「え?そ、そんなことないよ!気のせい気のせい……」


「なんか前より自信あるというか、しっかり喋れるようになったのね」


「そ、そうかな?」


 前の俺は人見知り全開の対人恐怖症だったからな。


 そんな話をしていると周りにいた何人かのクラスメイトが横から話かけてきた。


「氷室さん!何話してたの?」


「俺達も混ぜてよ!」


 そう言ってクラスメイト達は俺と氷室さんの間に割り込んできた。

 氷室さんは大きくため息を吐いて、めんどくさそうに答える。


「皆川君の雰囲気が少し変わったって話をしていたのよ」


「そう?前とあんまり変わらなくない?」


「そうそう!少し変わったからってこいつは攻撃スキルも持ってないクソ川――」


「やめて!」


 すると氷室さんの目が鋭くなり、足元が凍っていく。


「私の前で皆川君をそんな風に呼ばないで」


 そう言って氷室さんはクラスメイトを睨んだ。


「ご、ごめん。次から気を付けるよ」


「ふんっ」


 氷室さんは鼻を鳴らすと自分の席まで歩いて行った。


「ちっ。お前のせいで氷室さんを怒らせちまったじゃねえかよ」


 クラスメイトはそう呟き、自分の席に戻っていった。


 俺は何もしてないだろ、こいつも殺すか?

 いや落ち着け落ち着け、そんなことで一々殺してたらキリがないぞ。


 すると教室に先生が入って来た。


「全員席に付け。授業を始める前に一つ報告がある」


 先生の様子でクラスメイト達は何かを察したのか、教室の空気が重々しくなる。


「昨日の夜、片桐が何者かに殺された。死体を見るにきっと相手も探索者だろう。犯人はまだ捕まっていない。みんなも夜は出歩かず、気を付けるように」


 それを聞いたクラスメイト達は驚きを隠せず、ざわざわし始める。


「静かに!それと皆川はこの後職員室に来るように。それじゃあ授業を始めるぞ」


 え?なんで俺?


 ◇


 授業が終わったので、俺は職員室に行く。


「すまないな。いきなり呼び出して」


「何か用事でも?」


 先生はお茶を一口飲み、俺を真っ直ぐ見る。


「皆川は片桐にいじめられていただろう?今まで助けてやれなくてすまなかった」


 先生は俺に向かって頭を下げた。


「い、いえいえ!頭を上げてください!」


「実は、片桐の家族は大きい権力を持っていてな。上からの圧力で片桐の横暴な態度を見逃すよう言われていたんだ」


「……」


 正直、先生が片桐のいじめを見て見ぬふりをしていた事は知っていた。

 全く恨みがないかと言えばそんなことはない。


「だから君の事も見て見ぬふりをするしか出来なかったんだ。そんな自分が情けないよ。本当にすまなかった」


「俺はそう言ってもらえただけで嬉しいです。ありがとうございます」


「そうか……。片桐の死体を見るに、相当手練れの探索者だったみたいだ。片桐の家族も必死になって犯人を捜してるからすぐに見つかると思うよ」


「そうですか……」


 いくら探そうとも絶対に犯人は見つからないだろう。

 だって俺は世間的にはクソスキルしか持っていない雑魚だからだ。

 そんな奴が片桐達を殺せるわけがない。


「もう一度言わせてくれ。今まで助けてやれなくてすまなかった」


「もう大丈夫です。しっかり


「?そうか……それなら良かった」


「それでは教室に戻りますね」


 俺は先生に頭を下げて、職員室の出口に向かって歩ていく。


「なんか雰囲気変わったな。そっちの方がかっこいいぞ」


 先生の小さな呟きに、思わず俺は唇の端を吊り上げた。

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