心だけは

「え!」



「えっ!?は!?なんでこいつが!」



面接官が告げた「合格」という言葉に、1番大きなリアクションをしたのは、本人であるアントワーヌではなく、全く関係のない赤の他人の受験者、ラインバウト・カディオだった。



「あーそしてあなた、ラインバウトさん。あなたは、残念ながら不合格です。またの機会によろしくどうぞ。」



「は!?おかしいだろっ!?なんでこいつは合格で俺が不合格なんだよ!俺が1番演技上手かっただろうが!」



室内にラインバウトの怒号が響き渡る。怒っているようだがその中には多少の焦りと、悲しみがあるようにも聞こえ、その声は徐々に阿鼻叫喚へと変わっていった。



「え、いや、本当になんで、ですか?」



ラインバウトが納得できてないように、アントワーヌも今の状況に非常に困惑していた。



「ラインバウトさん、いいですか?落ち着いて聞いてください。」



「くっそ………早く説明しろ。」



「アントワーヌさんが合格の理由、それはただの一つだけです。それは、彼が即興のダンスをすぐに脳内で作り出し、それを周りの目を気にせずにやり切ったことです。」


面接官の言葉に室内にいる受験者は騒然としていた。有名事務所なため、ある程度、何をしたら不合格になるかなどのNG行動ははっきりとしていた。

アントワーヌのした行動こそまさにその、NG行動のドンピシャだった。それなのにその行動が理由で合格になる、となれば、今までの試験の常識が覆されることになるのだ。



「でもそれでも、こいつの再現はピエロになってないだろ!」



「ええ、ラインバウトさん、あなたの言うとおりで確かにそうです。ですが、再現できていたかどうか、そこが今回は問題ではなかった。」

「今回の問題は、周りの人がどんなリアクションをとっていたかでした。アントワーヌさんが即興でピエロをする中で、数人の受験者の方々は、クスクスと笑い声をたてていらしましたよね?」



「げっ、」



何かまずいことを言われたのか、ラインバウトは核心をつかれたような表情になり、その瞬間に汗が一気に床に滴り落ちた。



「他の皆さんもそうですが、特にあなたですよ、ラインバウトさん。確かにあなたの再現は素晴らしかった。しかし、残念です。道徳性が足りていなかった。」



「そんなのおかしいだろっ………!意味わかんねえ!このパリでは、演技をしたり、何か物を作ったり、出来るものを持っているものこそが上に行く世界じゃないのか?そうだろうが!」



「芸能界は、あなたの考えているような甘い世界ではない。日々、上の芸能人の方には媚を売り、頭を下げ、お客さんにはどんなに笑われようとも諦めずピエロを演じなきゃいけない。」

「それが芸能人だ!ラインバウトさんだけじゃなく、これは全員に覚えてもらいたいことです。いいですか?何があっても、誰になんと言われようとも、自分の信念、自分の心だけは、守り続けてください。」



面接官の言葉が、俺の胸の中を風のようにスーッと通り過ぎていった気がした。霧が晴れたように、スッキリして気持ちが良い。



「人を小馬鹿にするように笑っていたあなたたちは、ステージに立つ資格も、見る資格すら断じてない。帰ってください。」



泣きそうな目をしながら、というか、実際に泣いてしまっている人たちもいた。みんながゆっくりと部屋を出ていく中で、面接官は、1人の男を止めた。



「マルクリー・ラザールさん。あなたは部屋から出なくていいです。合格です。」



「本当ですか!?やったあ!ありがとうございます!」



面接官の言葉を聞いて、固まっていた表情がほぐれ、優しい笑顔に変わった。マルクリーは面接官の手を握り、何度も何度も「ありがとうございます!」と感謝をしていた。



「アントワーヌさん、この方だけですよ、あなたの演技を真剣に見ていらっしゃったのは。」



「マルクリーさん………、ありがとうございます。本当に、ありがとうございますっ、」



「いえいえ、当然ですよ、また、ステージで会えるといいですね!」



「はいっ!」



「見事、お二人、合格おめでとうございました。それでは、パリの事務所でお待ちしております。お疲れ様でした。」

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