合格

アントワーヌは試験に落ちるという最悪の結末を避ける、ただその一心で今やるべき、自分の出せるベストを尽くそうと即興で「ピエロ」の再現演技を行った。



しかしその行動は、周りの受験者を笑わせるのみでそれ以外の効果は何一つ無かった。


面接会場は地獄のような雰囲気に包まれ、その張り詰めた空気をアントワーヌは肌で感じ、気付いていた。


いまやっている「ピエロ」の演技がどれだけ間違っているか、再現できていないか。その答えはアントワーヌにこそ痛いくらいわかっている。


だが、わかっていてもやるしかなかった。彼は懸命にピエロの再現演技をやり続けた。足

を左右に激しく動かして、ダンスをして見せたり、輪のなかにくぐるような動作をした。


出せるアイデアの全てを彼はそこで披露した。


そうしてついに、手も足も膠着をし始めたころだった。


アントワーヌを怪訝そうな目で見つめて椅子に腰かけている面接官が、アントワーヌの演技を一言で止めた。


「いいですよ、アントワーヌさん。もう大丈夫です、お座りください。」



くすくすと、椅子に座って俯いたまんまのアントワーヌを見て、周りの受験者は静かに笑っている。


アントワーヌは耐えきれない絶望感に打ちひしがれていた。


またやり直し、またやり直し、またやり直し、また、また、また。



ここまでやってきた努力の全てが、たったの数分で水泡に帰したのだから、仕方がない。



なんでだ、なんでこうなる?


俺はいつもそうだ、肝心なところで失敗する。


やっと気持ちが晴れたと思ったら、今度は失恋するし。


あんなに練習したピエロをすぐに忘れてしまうし。


俺はなんて馬鹿なんだ。こういう時、そうつくづく思うよ。


こんな時はいつも、「死んだわけじゃないから大丈夫、まだ何も終わってない。」などとどうしようもないことで下手なプラス思考を作り出す。そうして解決するんだ。全てがどうでも良くなって。


でも、今回はそうではない。俺はパリのスターを目指しているというのに、こんな場所であっさり落ちて1年を無駄にしたなんて言ったら、そんなもん死んだも同然じゃないか。


やめたい。


何もかもを無かったことにして。



「あーぁw君、終わったね。お疲れさまw」



全員の演技が終わって、俺たちは面接会場の外の、待機場所に居た。待機場所に入って、俺に笑いながら話しかけてきたのは、演技が1番うまいと感じた俺の隣の席の受験者だった。


確か名前は、ローズ?だったか。



「終わり、、?」



「わかってねえのかよw笑われてたぜ、みんなから。君はそれほど酷い演技をした。」

「そもそもな、ピエロにあんなひょろひょろなよくわからんダンスは含まれてないんだよ。まさか練習してこなかったのか?」



「練習は、したけど………」



「した?お前、したって言ったか?まさかそんなわけねえだろw練習したのにあれなのかよwよっぽど演技が下手だぜこいつ。」



今日の面接はすでに終わっている。だからといってさっきまで自分たちの面接が行われていた部屋の隣で、大声でやる会話だろうか?



アントワーヌは激しく困惑していた。そして、何よりも、じわじわと込み上げてくる怒りがあった。



「そろそろ結果が発表されるはずだ、楽しみだなぁ!な、お前も楽しみだろ?俺はまず合格だろうがな!」



「う、ん。」



ガチャッ



白い扉のドアノブが動く音がした後に、ゆっくりと開いて中から人が出てきた。出てきた人は、アントワーヌの目の前に座っていた面接官だった。



「みなさんに、結果を発表します。お一人お一人、お名前と試験結果を発表いたしますので聞き逃しのないようお願いいたします。」



独特の緊張感、きっと、受験者一人一人が感じていたことだろう。ただ1人を除いて。



俺はもう無理だ。そんなこと、とっくにわかってる。わかってるはずなのに、なんでこの男に俺は怒ってるんだろう。


諦めてるのに、諦めてるのに………



「アントワーヌさん。」



「あ、、はい。」



「結果は、合格です。」

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