失恋

「わかったよ、なら好きなだけやりなさい。やった結果アントワーヌが周囲からどんな目で見られるか経験すれば先生の言っていることがわかるようになるはずです。」



「やったあ!あざーすっ!」



「ちょっ、廊下を走っていいとは言ってないぞ!」



「これも自分らしさなので、制限しないでくださいっ!」



「そういう問題じゃ………」



廊下の行き止まりの場所、教室の前で先生に一対一で説教を受けていたが今の俺にはどんな言葉だって通じない。


だって俺はもう自由だから、自由なんだから!!



先生が何がずっとごにょごにょと喋っているのが少しだけ聞こえたが無視して廊下を右に左に曲がって階段を下って、まだまだ走り続けた。


先生に余計な時間を取らされたから、はやく帰りたいという思いに駆られたのだろう、足はぐんぐんとスピードを上げていった。



「この先を曲がれば!」ゴールラインのテープが切られる、あの柔らかいテープを通ってもなんの感触もないし別にそれがどうにかなるってことでもない。ただ、あれを通った時のゴールって感じの辿り着いた達成感はもの凄いんだ。


それは今だって同じだ、そろそろ下駄箱が見えるっていう期待感と同時に来る達成感のただならぬ興奮はまさに最高だった。



この自由こそ俺の全てだ。



「え、」



思わずそれを見て俺の足が止まった。さっきまで何回も何回も動かしていたこの足が途端に止まった。磁石のようにジリジリと離れてくっつけない、そこに近寄れない。


まるで時間が止まったようだ………



「アント、ワーヌくん?」



下駄箱に靴を入れようと靴を脱いでいる途中のマリンがいた。思春期真っ只中の恋、俺の大好きな人にこんな姿を見られた。廊下を汗を流しながら走っている姿を、見られた。



「マリンちゃんっ!お疲れ様、もう帰るの?」



「う、うん。ていうかなんで廊下走ってたの?アントワーヌくん。ダメだよ廊下はみんなのものだし危ないから自分勝手に走っちゃダメ。」



「いや、えっと。」



先生の説教には頭の中ですぐ反論が処理されて出てきたのに、相手がマリンになったというだけで反論なんて一つも出てこなかった。頭がまっしろに固まったのである。



「最近もずっと香水つけっぱなし。正直みっともないよ、今のアントワーヌくんは。」



「みっともない………」



ガクッと心から何か大切なものが落ちる音がした。軽くなったわけではないしむしろ心は重くなるばかりだ。崩れるのではなくショックは重なる。無くなることはしばらくないんだ。



頭を下げて俺は上からやってくる衝撃に備えた。あまりに強いショックは俺のおしゃべりな口を一瞬で黙らせて冷静にさせた。



「前のアントワーヌくんの方がかっこよかった。今は………」



「かっこよさじゃない。」



「え?」



「かっこよさじゃねえ、かっこつけじゃねえ。おちゃらけたいわけじゃないしこれがダメなことくらいわかってるよ。でもそれでもこれは俺の憧れた姿なんだ。」

「夢なんだよ。だから簡単にみっともないなんて言わないでよ。俺には俺のやり方があるし型があるんだ。だから、ごめん。」



マリンは靴の紐が解けたのを直そうとしていたが、その作業をやめてすぐに下駄箱の中に靴をしまって外の靴に履き替えた。



「勝手にすれば。」



マリンは俺の耳にだけ届くようにしてぼそっと呟いてそのまま走って帰っていった。



「………くっそ、」

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パリの町で僕は大人となる 学生作家志望 @kokoa555

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