仲直り


心の中で揺れる余韻を噛み締めながら、飛び出した家に渋々帰ってきた。その頃にはすでに、街の明るい色は消えつつあった。もう夜も遅いのである。


俺は薄々勘づく。「どこ行ってたの!今何時だと思ってるんだ、ふざけるな!」なんて怒号を飛ばされるだろうと。きっと、突風のような嵐のような威力の高いそれが俺にぶつかってくるのだ。


とは言ってもいつまでもこんなことを考えていても仕方がない。俺は意を決してドアを開いてみた。



「ただい、ま………」



「アントワーヌ、」



俺は強い嵐を凌ぐために、腕を前にやって構えた。しかし、その意味はまったくなかった。



「ごめんね。私はあなたの気持ちをよく理解できていなかったと思う。」



「へ?」



そのあまりの優しい口調と心配そうな柔らかい表情に、思わず吹き出してしまうくらい拍子抜けをした。



「私はどうしても下の子を優先してしまう悪い癖があるらしいわ。アントワーヌをつい、軽く扱ってしまった。あの子ばかりを贔屓してしまって本当にごめんなさい。だから、もう勝手に家を飛び出すことはしないでね、お願い。」



俺は「ようやくわかったか。」と言わんばかりの偉そうな顔をしようと顔の筋肉を使って表現した。



「お詫びとして、今日はアントワーヌの大好きなハンバーグを買ってきたから食べなさい。」



「ほんとに?やったあ!」



母は本当にわかりやすい生き物だ。これこそが「大人」という生き物の本来のあり方な感じがする。もし俺が大人ならばこういう風に自分のありのままを出して素直に生きたいと思う。



 ◆

「ごちそうさまでした。」



「はい、ごちそうさま。」



「じゃあお風呂入ってくるね。」



「あ、ちょっと待ちなさい。」



俺が椅子から立ち上がると二つの皿を重ねて持ち上げたままの母がじっと俺を見て言った。



「さっきの話とはまた別の話なんだけどね、アントワーヌ。あなた、今朝私の香水に何かした?」



「げっ!!」



俺は気付くとバレバレな声を出して場の雰囲気を最悪にしてみせていた。そうして、もちろんバレないように嘘をつき、やり過ごそうとする。



「そ、そんなの知らない。」



「おかしいな、ならなんでそんな、私の香水と同じ甘い匂いがこの部屋に充満してるんだろうねー。」



「ごめんなさい……」



「まったく!勝手に使うんじゃないよ!あの香水は高いんだし、すごく大事なんだよ。」



「でも、そんなのつけなくても別にいいじゃん!」



「あら知らない?香水をつけなきゃ社会人は怒られるのよ?」



「は?なんで!?学校では、散々ダメって言うくせに。」

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