正解も不正解もない生き方
「きっとあの時、私が強く動揺をしていたことに店員さんは気付いていたと思う。自分の過去と、自分を語る自分の声はいかに震えていたことか。」
「私がつけている香水は、両親から度々送られてくるものなので、私の力ではありません。」
「ご両親は一体どのような方で?」
「優しいです。でも、私にとってはその優しさが辛いのです。とても、辛いのです。」
「少し、青みがかった透明なコップを手に取って、水を一気に飲み干す。私の緊張もどこかに流れるように消えてくれればそれで幸いだったが、当然、無くなることはなかった。」
「両親の優しさ、特に父の優しさに私は子供の頃から助けられてきました。父はある巨大な会社の社長で、地位も名誉も、お金も…なんだって持っていたんです。もちろんそれは幸せなことであり、私にとって何よりも嬉しいことだと思います。でも、本当にそれでいいのかと私は追求をしたのです。」
「そして、その結果を得た。私は、最低限のお金しか持たずに家を飛び出しました。あの時考えたことは間違いではないと私は信じています。」
「つまり、お客様は」
「私は、敷かれたレールの上を…誰かが作ってくれた橋の上を歩きたくなかったんですよ。だってつまらないでしょう?正解のないような世界に生まれたのに、生き方のお手本を、丸写しでは。」
「私はあの家を出た日からずっと今まで信じてきた。この強い気持ちは絶対に曲げずにいたいと、そう思った。」
「知っていますか?答えのない問題には間違いもないのです。……この世界もそうだと思いませんか?私はこの気持ちだけを信じて、今…必死に働いてるんです!」
「気付けば私は、テーブルから立ち上がって、まるでステージの上にいるスターのよう、この声が届くよう必死に叫んでいた。」
「私には夢があります。このパリで、圧倒的なスターになるということ。そして、父が作ったこの香水よりも、いい香水を作ることです!」
「私の物語は、見知らぬ店員さんに喉を枯らしたことから始まった。今宵…そんな私の冒険を皆にステージの上から、喉が枯れるまで語りたいと思う。ルイ・ウィートンのステージへ、」
「ようこそいらっしゃいました。」
◆
「ねえ、アントワーヌ君、席はどこら辺なの?」
「えっと………Aの21、だね!」
「え!?Aの、Aの、Aの21!?その席、、めっちゃ高い、超いい席じゃん!」
「へ?そうなの!?」
二つ並んだ黒い大きなドアの前で、俺たちは互いのチケットを見せ合い、席がどこら辺かなどを確認していた。
俺がAの21と言っただけでマリンはなぜか腰を抜かしてその場に倒れかけた。
「だ、大丈夫?」
「大丈夫じゃないよ……その席、1番前の席!ルイ・ウィートンと1番近い席だもん!」
「そのチケットを売れば何年か働かずに生きていけるくらいにお金を貰えると思う。それくらいすごいんだよ?どうやって、そのチケット。」
おじさん……借金だらけって、、どうなって、
「いやぁ?なんでだっけなあ…っと、、」
わかりやすくとぼけてみたけど、意外とマリンの様子は普通である。
「じゃあ、私、行くね。楽しもうね!」
「うん!ありがとう!」
ステージの左側から入った方が、A-25には早いとチケットにそう書いてある。
前にあった分厚いドアを避けて、左側の通路へと向かう。その通路は坂のように斜めで、決して足音を立てないよう、そーっと下っていった。
このドアのすぐ近くだ…!
ドアを開けると、まるで月下にいるようだった。座っている人々が月の下に集い、何かを待つ。何かを祈る、そして俺はその1番前に座る。
…そろそろくる!
バンッ!
ステージに星が集まるように、無数の光がステージ中央に立つ、たった1人の男に向かって放たれていた。
男は眩しそうな素振りを一切見せずに上を見上げ、握りしめたマイクで叫んだ。
「パリのスター、ルイ・ウィートンのステージへようこそ!」
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