金持ちが頼む、無料の水

ホールの入り口の前に立っていたのはチケットの確認、受付の人たちだった。それを見て俺はチケットをアピールするように空中にフラフラさせていた。


「チケット貰います」


「ああ、はい。お願いします。」


謎のアピールに飽き始めたころに受付の人がそう話しかけてくれた。


「ん?あれ…保護者の方は、どちらへおられますか?」



「ほ、ほごしゃ…?」



保護者ああああああああああああああっ!?



は?まさか、保護者いないとこのステージ入れないの!?やっべえじゃん、超やべえじゃん!こうなったら…一か八か。。



「えっと…中にいると思います、中に!」



「とは言われてもねえ、」



「アントワーヌくんだっ!もう来てたんだね!」



「あ…おう、!ほら、これでいいですよね?」



「え………まあ、はい?」



「よっしゃあ!」


「どうしたの?アントワーヌくん、なんかあった?」



「なんでもない、中で待ってるよ!」



「…う、うん、」


ギリギリセーフッ、汗が涙のようにいっせいに出てきて、ホールに入る時には汗と熱が俺の体を包んでいた。



「…よかったぁ、ほんとによかった。なんとかなったぜ、俺って運いいな。」


「アントワーヌくん!」


「うわっ!っと…どした?」


「ステージまでまだ時間あるから、よかったら一緒に見に行かない?」



「…どれを?」



「どれって、あれだよ、あれ!」



「ルイ・ウィートンについて…」



ホールの入り口のすぐ横に、ルイ・ウィートンの人生と書かれた看板があった。その奥に続く道はなんでか見覚えのある町にそっくりなようなそんな気がした。



「ルイ・ウィートンの生き方を学べる、展覧会だよ。いこいこ!」



「お…!?あ、うん!」



やっと体の熱が治ってきたっていうのに…そんな時に手を握られたら、、やばいっ!



コンッ



展覧会の入り口をくぐり抜けると、突如声が聞こえ始めてマリンが足を急ブレーキさせた。



「ようこそいらっしゃいました。」



「この声…誰?」



「ルイ・ウィートンじゃないよ、誰だろ。とにかく次進も!」



一歩、一歩と俺たちが進むとルイ・ウィートンの人生も同時に歩み出した。



声という、音にのせて。




「お母さんも、お父さんも、世界のみんなが幸せになれる、優しくなれる世界が存在したらきっと素晴らしいよね!」



「それはそうだな、でもなルイ。みんな幸せになれるなんてそんな世界はなかなかないんだ。」



「なんで…?なんでみんな幸せになれないの?」



「人は、常に誰かの苦労とか不幸で成り立ってる。誰にも頼らない人間なんて世界のどこにもいないんだよ?だから、そこに、ここに、人がいる以上は人は幸せになりきれない。」



「…そうなの、、かなぁ。」



「私は、パリという街に生まれ、パリの街では1番の豪邸を持つ、いわば金持ちの家系に生まれた。」

「私は人と関わる時に、たまに言われた。人生幸せそうとか、楽そうとか、そんなことを。」



「それを言われて私は悲しかったが、怒ることは決してなかった。なぜならば、私は自分の人生が他の人よりも楽なことをずっとわかっていたからだ。」



「だから思った。みんなもそうなれればいいのに、と。誰でも自由にそうなれれば、楽なのに、と。」



「ある日、それを父に言ったが、結局その答えは不可能だった。」



「なんでだ、なんでだ。私は納得したくなかった。だが父の言う不可能は憎いほどにしっかりとした根拠のある不可能だった。」



「どうにかして、これを覆す方法はないだろうか。……それを覆してくれる人はいないのだろうか。」



「それから10年後、私は大人となって家を出た。」


「家を出る前はお金を渡そうか?なんてことを何回も言われたが、私はそれを全て断った。」


「私は、自分で自分の人生を作りたいし、経験をしてみたかった。」


「そして、経験をしてみた新たな人生は…長くて辛いものだった。」



「憧れだった仕事も義務感に襲われてこれをやりたいという思いは自然と消滅していった。」


「そんなある日の夜、私はいつも通り仕事でへとへとになっていた。給料日前だったためにお金はそこまでない。でも、私は仕事で疲れた体をほっと一息休むことのできる場所を必死で探した。」



「そして、最後に辿り着いたのは…周りに店がなく一つだけ目立っていた小さな喫茶店だった。」



「ここにしよう」


「私が店に入ると、奥にいた店員がわざわざこちらまで走ってきてくれて丁寧に言ってくれた。」


「ようこそ、いらっしゃいました。」



「私と3人の店員以外に人影はいっさいなかったため、なんだか特別感を抱いてイスに腰掛けた。」



「注文は…どうなさいますか?」



「そう言われてメニューを見つめてみたはいいものの、そのメニューの中には私の持っていたお金ではとても足りないものばかりだった。頼めるのは、無料の水1杯っきり。」



「水を、お願いします。」



「み、水ですか?わかりました。」



「店員はとても驚いた様子でいたが、それでも水は30秒もせずにテーブルにやってきた。」



「水、です。」



「ありがとうございます。」



「私が呟くと、ずっと接客をしてくれていた女性の店員さんが私の向かいの席に当たり前のように座り始めた。」



「な、どうされたんですか?」



「失礼かもしれませんが…よろしければお話を聞きましょうか?」


「…え?」



「最初に店に入られた時から気になっていたんですが、いい香水をつけておられますよね?なのになぜ…水だけなのでしょうか?」



「それは…」

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