一輪 平凡な修羅場 その1

「ふぁ〜…」


欠伸をしながら床から起き上がり、ふと耳を澄ませてみると、下の階にある台所からトントンと包丁で何かを切る音がうっすらと聞こえた。


「体痛い……まだ、朝の4時か…」


おれの両親は海外で働いているから、その仕送りを貰いつつ、家で優雅であり僅かに物寂しい一人暮らしをここ最近まで謳歌していたんだけど…今年の1月。突如、おれの家に幼馴染が居候する事になった。


——残雪ざんせつ ゆい


『3代目帰宅至上主義者』という肩書きを持つ美人であり、傍目から見てもかなりの変人だが…おれの初恋の人だ。


だからおれとしては実質これ…同棲だよねひゃっほい。と少し思ってたりする。


「……すぅ。素材…集め……助けなきゃ…」


「………。」


で。昨日からおれのマイベットを占領しているクリーム色の癖っ毛の女性がプラネさん。確か天使とか名乗って…


『違います!私…天使は天使でも座天使なんです!!』


あ。寝ぼけてて忘れてた。そうそう座天使。驚きとかはぶっちゃけあったけど…きっと信じてもらえないだろうが、年末に『悪魔』とかを見た所為かなんか納得してしまった自分がいる。やっぱり、よく見ると頭の上に車輪があるし…どうやらあれは昨日見た幻覚でもなんでもなかったようだ。


それに、井上家は代々『天使崇拝』らしいし、こんな事もあるんだろ…きっと。そう考えて昨日は何とか割り切れたけど……。


「はぁ…」


この調子でいけばまた数ヶ月も経てば、新たな居候が増えるのではないかと警戒せずにはいられない。今した所で無駄だけど。そんな事よりも先輩達に悟られないようにしないとな。



「あ…… 陽翠よすい様。おはようございます。」


おれが今日使う教科書やら課題やらをカバンに入れていると、目を擦りながらプラネさんがおれを見ていた。


「起こしちゃったか。ごめん…」


「いえ…その、何処かに行くのですか?」


「学校。めんどくさいけど、行かなきゃ…先輩達に殺されるんだ。」



『井上さんが、学校を休ん…ぇ。嘘、嘘、嘘!!!まさか僕の所為ですか、ええ!!!絶対そうですよね…つい3週間前の午前8時29分27秒に傲慢にも僕が井上さんのハンカチを借りてしまった所為で…死んでお詫びして来ますぅ!!!!!』


『井上殿が休みでござるか?ふ〜ん…で?』


『お休み……………んっ/////』


『っ!?まさか家に見知らぬ女性を沢山招いて…あっし、ちょっと混ざりに…おほんっ。偵察してくるっすよ!!ブンブーン♪』


『休みか…なら、放課後に皆で和気藹々と家宅捜索…見舞いに行くとしよう。誇りある演劇部広報担当の諸君。持っていくお菓子と拷問器具は300円まで。後は好きに現地調達だ。』


『いい度胸だなぁ井上くぅん?ゴールデンウィーク明け初日から休むなんてよぉ??可憐なる少女達はあんなにも微笑ましく元気にはしゃいでいるというのになぁ…今日が命日でいいよなぁ???そうすりゃ、一生寝てられるぜ☆』


軽く想像してみたけど実際、本当にやりかねない人達だから困る。常識人はおれだけか。


「健康児でよかったっと……よし。」


今日の準備を終わらせて、机に置かれたデジタル時計を眺めると5時30分になっていた。


「ふぁぁ〜二度寝しよ。」


「え。陽翠様、二度寝はあまり健康によくないですよ。それに…」


「平気平気。スマホでアラームかけてるよ。学校近いし、7時くらいに起きれれば大丈夫…」


おれはカーペットがあっても普通に硬い床に横になって布団を被ろうとすると、玄関のドアが開く音が聞こえた。


「…いつも早いなぁ。唯。」


「その…同居人の方ですよね。ここに住んでいる者同士、私もちゃんと会った方が…」


「いいよ。どうせ気づかれてるだろうから。」


唯とは幼馴染だからよく知っている…唯がああ見えて実は、気配りの達人だって。


「…台所にプラネさんの分の食事もあると思うから、お腹が減ったら食べるといいよ……じゃあ、おやすみ……」


「あ、だから二度寝はしない方が……」


プラネさんが何か言っていた気もするが、おれは睡魔に敗北し、意識が布団の柔らかさで溶けていった。


……



ピピピピッ…ピピピピッ


「…あー。もう行かなくちゃなのか。」


僕は起き上がって背伸びをして、床に置かれたスマホを取って眺めて……血の気がスッと引いていくのが手に取るように分かった。



——15時25分



おれは即座にスマホを床に叩きつけたくなる衝動に狩られたが、なんとか思いとどまり自然と笑い声が漏れた。


「…は、はは。」


おれのベットの上には、VRゴーグルをつけてゴールデンウィーク中にどハマりした最近、出たばかりのVRMMOを楽しんでいるプラネさんがいる。


もしこれを…先輩達に見られでもしたらっ!!!



——ピンポーン



「……っ!?」



ドアベルの音が無常に鳴った。




























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