第1章 4-8
桜綾(オウリン)を自室に戻して、本殿へ帰ると、他の3領主は飲むのを止め、神妙そうな顔でこちらを一斉に睨む。
「寝たか・・・?」
「はい。相当、酔っていたので後を侍女に任せました。」
そういうと空気が一層重くなる。
「あの娘が本当に朱雀神の言う、鳳凰の巫女なのか?」
白領主が腕を組んだまま、視線を向けて問う。
「確かに非凡な相ではあるようだが・・・果たして今でもその才が受け継がれているのかは、18になって見ないと分からぬ。」
玄領主は眉間に皺を寄せたまま、目をつむり、つぶやく様に言う。
「それにしても朱領主、お主の溺愛ぶりも相当のものね。初めて女子を抱えるのを見たわ。」
クスクス笑いながら、からかってくる蒼領主。
「確かに。いつもなら、寄ってくる女子に愛想一つ振る舞わぬからのぉ。あれでは結婚も難しかろうて。」
「そんなつもりは、ないのですがね。」
宇航(ユーハン)がそういうと、すぐに白領主が言い返す。
「そんなつもりはなくても、他の女子が泣くか・・・もしくは桜綾(オウリン)が惚れるか。」
「そんな話をする為に、桜綾(オウリン)を酔わせたのですか?」
宇航(ユーハン)はこう言う話題が好きではない。
「そうだな。話を元に戻そうか。」
「桜綾(オウリン)は、母親から何も聞かずに育ったのであろう?しかも、鳳家は途絶えておる。それがなぜ、琳家の娘から生まれ出たのかも分からぬし、まだ巫女の力が残っているのかは別としても、今の世に巫女の力が、どのように必要なのか分からぬ。」
「例え、今は分からなくとも、必要な時代までその血は継がねばなるまい。血筋とはそういう物であろう?」
蒼領主と玄領主の言うとおりだ。桜綾(オウリン)の力も、その能力もまだ定かではない。それでも、朱雀神が夢で告げてきた以上、桜綾(オウリン)を守る事には意味があるはずだ。それにもうすぐ必要になると朱雀神は言ったのだ。
「鳳凰については、こちらでも少し調べましたが、何分(なにぶん)、鳳家自体が無くなっていますから、それほど多くは分かりませんでしたが、確かに鳳凰は存在する物かと。うちの古文書には一節だけですが、それと関係すると思われる部分がありました。」
その容姿は、赤、緑、白、黒、黄の五色に彩られ、五声を発する。鳳凰の守護を受けし者はその守護を受ける。巫女の印を持つ娘が産まれれば、その力は子が18になると受け継がれる。
たった一節ではあったが、重要な一文である。しかし、今はこの話も伝説としてすら、語られていない。
この一節も、桜綾(オウリン)を救った後に見つけたものだ。
「まぁ巫女と言うくらいだから、娘に受け継がれるのだろう。という事は、蘭花(ランファ)は娘を産んで、加護を無くしたのか、それとも、他に原因があって、その加護が発揮出来なかったのか・・・。」
白領主が腕を組み、考え込む。
「しかし、桜綾(オウリン)が受け継いでいるとして、守護とは何なのか、分からぬのう・・・」
「確かに、桜綾(オウリン)と会った私は、彼女が死ぬのでは無いかと思うほどの、傷を負っておりましたから。傷は、消えはしませんが、何らかの守護があれば、防げたのかどうか・・・」
4人の男にあそこまで暴行を受けて、生きていられたのは、守護のお陰かも知れないと今なら思うが。
「五色に五声・・・確かに、何か関係はありそうだけれど、まだ、未知の存在という事かしら?」
片肘を机に載せたまま、蒼領主が宇航(ユーハン)に視線を向ける。
「私も分からない事の方が多い故、聞かれても答えかねますが、桜綾(オウリン)が18になれば、はっきりするでは?朱雀様はそうおっしゃっておられましたので。それまでは見守るしかないかと・・・それよりも、ここ何年か、神々の信託があまり現れない方が問題では?何かあるのでしょうか?」
宇航(ユーハン)がそう聞くと、玄領主は片目を開ける。
「やはり、気になるか・・・」
「朱雀神は久方ぶりのお見えでした。その神託が桜綾(オウリン)の救出だったのですが。」
「わしの所には、当分来られておらんよ。」
「私も当分、お会いしておらぬ。蒼龍様はどうしたのやら。」
「そうだな。何かあったのだろうか?」
これについては、誰も分からない。それについての神託はない。
「朱雀様は、今は手が離せぬとだけ。しかしそれだけで何も分かりません。」
神が手を離せない状況とは一体何なのか。それが鳳凰の復活と関係があるのか。
「全ては、棚上げ・・・という事かの。わしらはご神託なくして、神の領域には踏み込めぬからの。何事もないのが1番じゃが・・・胸騒ぎがするのは、わしが歳を取ったせいか?」
それは皆が持っている不安だろう。分からない事ほど、もどかしい物はないが、今は何も出来はしないだろう。
「で、皇帝にはいつ話す。」
白領主がもう一つの問題を口にする。まだ皇帝にだけは報告出来ていない。確信が持てないことを話す事が躊躇われたからだ。
しかし、このまま黙っているわけにも行かないことは、ここにいる皆が分かっている。
本当は皇帝に知らせることで、利点がある。
皇居にある書物を謁見することが出来れば、もう少し鳳凰の事や巫女の事が分かるかも知れない。
「あまり時間はない・・・だろうな。経緯だけでも話しておくべきであろう。今後の事もあるからな。」
「では、いつが適切だと、白領主はお考えですか?」
「出来れば、早々に。朱領主が直接話すのがいいと思うが。どうだ?」
「確かに。私が行くのが筋でしょう。分かりました。ここの仕事が片付き次第、都へ向かうとしましょう。誰か同行されますか?」
「わしが同行しよう。どうせ、都は帰り道じゃてな。それまではここで上手い物でも堪能させて頂こう。」
白領主、蒼領主はそれに同意し、後はまた、酒を飲み始めた。
しかし宇航(ユーハン)にはもう一つ、気がかりなことがあった。
桜綾(オウリン)に、このことをいつ話すか・・・という事だ。善意で助けたと思われている今、朱雀様からの神託が発端とは今更、言いにくいのも事実だ。しかし、何も伝えぬまま、才に目覚めれば、桜綾(オウリン)の信頼をなくすことにもなりかねない。いや、今更、話しても、信頼を失うだろうが。
何故か宇航(ユーハン)はそれが躊躇われて話せないでいるが、皇帝にお会いして報告が済んだら、いずれは話さなくてはならないだろう。
他の領主の酒に付き合いながら、宇航(ユーハン)はそんなことを考えていた。
目が覚めて一時の間、自分のやった失態に落ち込んでいた。何故か異様に痛む右足は謎だが、何かしたに違いない。
宇航(ユーハン)様にも迷惑をかけたし、他の領主様にも呆れられた事だろう。
宇航(ユーハン)様に恥をかかせてしまった・・・
炎珠(エンジュ)が朝食を運んでくれたが、とても食べられたものじゃない。
胃がムカムカするのは当然だが、落ち込みも相まって食欲が湧かない。
それでも、酔い覚ましのスープだけは無理矢理飲まされた。
独特な香りと味はスープとは名ばかりで、これはもう漢方薬だ。苦みは押さえてあるが、生薬の匂いは消えていない。
鼻をつまんで飲み干す。怪我をしていたときも漢方は飲んでいたが、やはり慣れない。
「そんなに嫌なら、飲み過ぎない様にしてください。」
ごもっともな事を炎珠(エンジュ)が言う。
「昨日は予想外で・・・領主様達の注いでくれたお酒を飲まないわけにもいかないでしょ・・・」
「それはそうですけど・・・」
「それで昨日私、何か言ってた?」
聞くのは怖いが、聞かないのも怖い。
「酔って宇航(ユーハン)様がここに運んでくださった後、よく分からない事をずーと、話されてましたよ。何かに取り憑かれたのかと思うような、私達の知らない言葉で、つらつらと。かが・・・く?がどうとか、えいせい?がどうとか。まぁ酔った人の言うことですし、呂律も回っていなかったので、分からなくて当然といえば当然ですが。」
きっと前世の記憶の中にある話でもしたのだろう。今後、お酒には注意が必要そうだ。
しかし、無事?に儀式が終わって、ほっとする。
父達も1週間ほど、本家に滞在する様だし、久しぶりに一緒にご飯が食べられそうだ。
「失礼してもいいかな?」
開け放された扉の前に、宇航(ユーハン)様が立っている。昨日のことを思うと、合わせる顔がないが、謝らなくてはならないと思っていたので、良かったと言えばいいのか・・・
「宇航(ユーハン)様、どうぞお入りください。私は厨房へ行って参ります。」
宇航(ユーハン)様を部屋に招くと、入れ違いに炎珠(エンジュ)は出ていった。
宇航(ユーハン)様のクスクス笑う声が聞こえる。
布団で顔を隠している私を笑っているのか、それとも昨日の失態を笑っているのか・・・
「昨日は、ご迷惑をおかけしました。」
布団から半分だけ顔を出して、小さな声で謝る。
「こちらこそ、配慮が足りなかった。まさかあんなに飲むとは思わなくてね。いや、豪快だった。他の領主は蟒蛇(うわばみ)でね。あそこまで付き合えれば、たいした物だよ。体調は大丈夫そうかい?」
「大丈夫です。頭はスッキリしてますから。」
「それなら良かった。本当は昨日、君に会わせるつもりだったのだが、君が潰れてしまったからね。入ってきなさい。」
宇航(ユーハン)様の呼びかけで入ってきた女性。随分、痩せてしまっているが、見覚えのある懐かしい顔だった。
「灯・・・鈴?灯鈴(トウリン)なのね!」
慌てて自分に掛かっている布団を剥いで、寝台から降りようとした私の前に灯鈴(トウリン)は跪いた。
「桜綾(オウリン)様。お久しぶりでございます。大きくなられましたね。」
私の両手を握り絞め、涙を浮かべる灯鈴(トウリン)。別れたときも、同じように私の両手を握ってくれた。
少し話は聞いていたが、灯鈴(トウリン)も随分、苦労したのだろう。記憶にある手は、多少荒れてはいたが、細く白かったように思う。
しかし、今私の手を握っている手は関節が太く、日に焼けて乾燥している。
「灯鈴(トウリン)、随分苦労したのね。ごめんなさい。あなたにどう償えばいいのか・・・」
「何を言うのです。お嬢様が償う必要なんて何もありません。むしろ私の方が謝るべきなのです。春燕(シュンエン)の罠を見抜けなかった。そのせいでお嬢様をあの家に一人残してしまったのですから。」
義母を呼び捨てにする辺り、相当の怒りを持っているのだろう。やはり、義母の策略だったのか。
「灯鈴(トウリン)、聞きたい事がある。」
今まで黙っていた宇航(ユーハン)様が話しに割って入る。
灯鈴(トウリン)は頬を拭って、宇航(ユーハン)様の方へ向き直る。
「なんでございましょう。領主様。私にお答えできる事であれば、包み隠さずお話します。」
「取りあえず、座れ。その恰好では足を痛める。」
ずっと跪いたままの灯鈴(トウリン)に椅子へ座るように促して、灯鈴(トウリン)が腰を掛けるのを待つ。
「灯鈴(トウリン)。まず聞きたいのは、何故、桜綾(オウリン)は春燕(シュンエン)に虐げられるほど、憎まれていたのだ?琳家が没落したとはいえ、桜綾(オウリン)はまだ子供であったろう。」
灯鈴(トウリン)は一度目を閉じ、静かに開くと、意を決したかのように話し始めた。
「春燕(シュンエン)に直接聞いたわけではないので、私の見た物、聞いた物からの憶測と、春燕(シュンエン)の言葉の端々から読み取っただけの、確信のない話しですが、それでもかまいませんでしょうか。」
その言葉に宇航(ユーハン)は静かに頷いた。これからの話は私の知らない、母達の話だ。
その後聞いた話は、まるで日本の昼ドラの様な話だった。
元々、李謙(リケン)と蘭花(ランファ)は親同士が幼いときに決めた、許嫁同士だった。当時から豪商だった胡家は、穀物の商売で貴族とも取引のあった琳家との繋がりを得るべく、胡家の方から望んだ縁談であった。琳家は胡家の商売の熱意や誠実さから、蘭花(ランファ)を大切にするという条件で、許嫁として縁を結んだ。しかし、李謙(リケン)は成長するにつれ、許嫁の蘭花(ランファ)ではなく、幼なじみの春燕(シュンエン)と恋仲になってしまう。
一方、琳家の当主だった宗信(ソウシン)は貴族からの信用と誠実さを買われ、農司となった後、蘭花(ランファ)達の結婚の時期が迫る頃には、業司へと地位を上げていた。本来なら貴族となった時点で、許嫁を解消しても問題ないのだが、宗信(ソウシン)が約束は約束だとして、蘭花(ランファ)は李謙(リケン)に嫁ぐことになった。宗信は知らなかったのだ。春燕と李謙の関係を・・・。李謙(リケン)も納得は行かなかったが元来、気弱な人間で父に逆らうことが出来ず、仕方なく蘭花(ランファ)を娶ったのだ。勿論、春燕(シュンエン)はこれに納得がいかない。春燕(シュンエン)は蘭花(ランファ)とも幼なじみではあったが、元々貴族であった春燕(シュンエン)は幼い頃から、何かにつけ蘭花(ランファ)に突っかかり、蘭花(ランファ)の邪魔をしていた。
しかも蘭花(ランファ)は美人で頭も良く、私塾での成績は男子よりも高かったし、人気ものだった。それが余計に春燕(シュンエン)の鼻についたのだろう。
その蘭花(ランファ)が自分の思い人すら取ったのだ。許せるはずがない。だが、すでに蘭花(ランファ)は春燕(シュンエン)よりも格上貴族だ。
李謙(リケン)と蘭花(ランファ)が結婚してから、強硬手段に出た。何かに付け胡家へ足を運んだ。それを良く思わなかった李謙(リケン)の父が窘めてはいたが、その父が突然、他界すると、春燕(シュンエン)の行動はどんどんひどくなっていった。折しも蘭花(ランファ)は妊娠しており、危険を感じた灯鈴(トウリン)は、蘭花(ランファ)の食事や薬、香に至るまで用心していたという。
この国では、貴族以外、側室を持てない決まりがある。例外として、子供が5年以上出来なかった場合のみ、平民でも側室を持つことは可能だが、李謙(リケン)はその例外には当てはまらない。跡取りは女でもかまわないからだ。
春燕(シュンエン)はこの間、業を煮やした事だろう。
蘭花(ランファ)はそんな春燕(シュンエン)を相手にはせず、至って冷静に対処していた。どんな嫌みも聞き流し、怒ることすらしなかった。
灯鈴(トウリン)はそんな蘭花(ランファ)にも腹が立つほどだったという。
それでも無事に私を産み、李謙(リケン)も喜んでいたという。しかし、出産した後、体の調子を崩し、医者に掛かっても回復せず、私が1歳を迎えて間もない頃、突然、吐血してそのまま帰らぬ人となった。灯鈴(トウリン)は春燕(シュンエン)の仕業ではないかと、李謙(リケン)に訴えたが、取り合ってもらえなかった。証拠になる物がないかと探ったりもしたが、見つけることはかなわず、蘭花(ランファ)が亡くなって1年たった時、春燕(シュンエン)が李謙(リケン)に嫁いできた。その後も、李謙(リケン)は琳家との事もあり、桜綾(オウリン)を気に掛けることはなくても、雑に扱うこともなかったし、灯鈴(トウリン)もいたので、桜綾(オウリン)は形だけでもお嬢様として扱われていた。
しかし、弟になる文葉が産まれると、李謙(リケン)は桜綾(オウリン)を邪険に扱うことも増えていった。そこへ春燕(シュンエン)も加わり、灯鈴(トウリン)が催促しなければ、食事の手配すらされなくなっていった。
そして、桜綾(オウリン)が6歳を迎える直前に事件は起る。
琳家の当主、宗信(ソウシン)が横領の罪で有罪となり、琳家は取り潰され、宗信(ソウシン)とその家族は斬首となった。
それから間もなくして、胡家では春燕(シュンエン)が盗まれたと大騒ぎしていた腕輪が、桜綾(オウリン)と灯鈴(トウリン)の部屋から見つかったのだ。
灯鈴(トウリン)は勿論、そんなことをしてはいないが、灯鈴(トウリン)でないなら桜綾(オウリン)だろうという春燕(シュンエン)の話を李謙(リケン)は鵜呑みにし、灯鈴(トウリン)を脅して追い出したのだ。その時は、必ず桜綾(オウリン)の世話はきちんとすると言う約束だった。
灯鈴(トウリン)はその言葉を信じ、泣く泣く罪をかぶり、胡家を追い出された。しかし、春燕(シュンエン)の恨みはその子供にも向いたのだろう。
坊主憎けりゃ袈裟まで憎い・・・ということか。
灯鈴(トウリン)は李謙(リケン)の父や、蘭花(ランファ)の死は絶対に陰謀だったと、言い切る。
証拠はない。ただの推測でしかない。しかし、どうしても解せないと。
要は、恋人を取られた女が執念で嫁の座を勝ち取った・・・という話だ。まぁあの義母の性格ならあり得るだろう。
「これが私の知る全てでございます。お嬢様が元気に暮らしていると信じ、生きて参りました。しかし、やはり胡家は約束を違えていたのを、領主様の使いから聞かされました。そうとも知らず私はのうのうと生きて参りました・・・」
母の死・・・そこを疑問に思ったことはない。そもそも、母という存在は、私の中になかったからだ。桜の記憶にある母親も、冷たい人間だった。だが、母への思いはある。母がいてくれればもっと違ったのにと、思ったこともある。義母が母の事を悪く言えば怒りが湧いてくるし、許せない気持ちになる。だが、その死に疑問があるとなると、今、灯鈴(トウリン)から聞かされた事が、証拠はないにしろ、真実ではないかと思えてくる。
「母は・・・どんな気持ちで胡家に嫁いだのでしょうね・・・」
「蘭花(ランファ)様はいつも琳家の事を一番に考えておられました。宗信(ソウシン)様の顔を潰さぬようにと。ですから、許嫁の李謙(リケン)のことを悪くいうことはありませんでした。勿論、春燕(シュンエン)との事も承知しておりました。ですが、蘭花(ランファ)様はそれすら受け入れて、嫁がれたのでございます。蘭花(ランファ)様のお気持ちは、私には分かりません。しかし、お嬢様がお腹にいるときからは、幸せそうでございました。そして、産まれてからも。」
優しい目で私を見つめるその先には、きっと母の姿が見えているのだろう。
「李謙(リケン)の父の名は?」
「禮歓(レイカン)様です。胡・禮歓(レイカン)。胡家が豪商になって2代目の当主でした。」
「死に方は?」
「蘭花(ランファ)様が胡家に嫁いだ時にはお元気そうでした。しかし突然、意識を失い、その後療養の甲斐なく1月程でなくなられました。医者の話では頭の血が滞り、それが原因ではないかと・・・」
日本の医学で言えば、脳卒中・・・というものか。まぁあり得なくもない。若くしてそれが原因で死んだ例もある。
ただ、少なくとも兆候はあったはずだ。
「頭痛とか目眩とか呂律が回らなかったり、手足が痺れたりと言った症状はなかったの?」
「多分、なかったと思います。普通に話していて、急に倒れられたとか・・・」
周りが気づかなかった可能性もある。本人が気づかせなかった可能性も。だが、少しばかり引っかかる物はある。
なんだかミステリーの様相を模してきた。本当に病死だったのか・・・
この国の医学では、毒を使われていたとしても、その毒を知らなければ、原因不明で終わってしまう。もしくは、似た症状の病気に当てはめて、処理してしまうのだろう。完全犯罪し放題だ。
「母は、どんな最後だったの?」
そう聞いた私を見て、灯鈴(トウリン)の視線が止まる。
「本当に聞きたいですか?」
聞いて何か不都合なことがあるのだろうか・・・かといって、ここまで聞いて、母の話を聞かないのも、スッキリしない。
「母の最後くらい、知っておきたいの。」
そういう私に、俯いた灯鈴(トウリン)は、そのまま話し始めた。しかし、聞いた事を後から後悔することになる。
母は、確かに不審な死に方だった。
母の体調が悪くなったのは、私を産んで2ヶ月程たった頃だったそうだ。始めは、目眩や頭痛などから始まった。そのうち、寝台から起き上がれなくなり、幻覚を見るようになった。
時には大声で叫び、時には何かに怯え、誰もいないのに話をしたり、眠っているのに話をしていたり。
そんな日が何ヶ月か続いたある日、母は大量の吐血をし、そのまま息を引き取った。その時に吐いた血の量は桶一杯にもなったそうだ。そして最後は私の名を呼び、果てた。
医者にはかかっていたそうだが、医者が処方した薬では全く効かず、悪くなる一方で、一時的な回復すら見込めなかった。
母の死因は結局分からず、産後の肥立ちが悪かったせいだとされた。
しかし、話を聞くに、産後の肥立ちが原因ではないことは確かだ。私の記憶の中に、そんな症状の物は存在しない。私の前世は医者ではないので、知らない病気かもしれないが。
母は短い命を、数ヶ月苦しみ抜いて死んだのだ。
もしこれが何かの陰謀なら、許す事は出来ない。母の無念を思えば、どれほど悔しかった事だろう。
本当に私は何も知らなかったのだと、何も真実を伝えられていなかったのだと、辛くなってしまった。
「おおよその話は分かった。後はこちらで少し調べてみるとしよう。積もる話もあるだろうから、私はここで失礼するよ。」
宇航(ユーハン)様はきっと、聞きたい事を聞き終わったのだろう。重い話だっただけに、表情は硬いままだったが、この場を後にした。
灯鈴(トウリン)はずっと涙を流し、私はそれが止まるまで、背中をさするしか出来なかった。
その間も母の事を考えていたが、今の私には何をどうすることも出来ない。例え母が殺されたとしてもだ。
もっと知識を付けなくては。もっと色々知らなくては。
私の中の醜い感情の渦が、また更に広がった気がした。
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