第1章 1-5

「目が覚めたかい?桜綾(オウリン)。」

目を開けて声のした方に顔を向けると、やたらと美形の顔が至近距離にあった事に驚いて、一気に起き上がって体を後ろへ下げた。

事の成り行きが分からず、あたふたしていると、領主様は声を出して笑い始めた。

「な・・・何故ここに領主様が?」

勢いよく退いたせいで、変な姿勢のままだが、今はそんなことを気にしている場合ではない。

「私だけじゃない、夏月(カゲツ)もいる。」

そういうと、影に隠れていた夏月(カゲツ)さんが、顔を出し私に一礼する。

それにつられてこちらも一礼を返す。

それから辺りを見回して、布団をたぐり寄せた。ここは私の部屋ではない。お客様用に用意された部屋だ。

「桜綾(オウリン)の部屋にしては、女性らしいものがないね。」

(だから私の考えを読むのを止めて欲しい。)

領主様と夏月(カゲツ)さんの他に部屋には、誰もいないらしい。しかし、外の様子までは分からない。

そっと姿勢を戻すと、領主様に小さな声で話しかけた。

「何が目的ですか?私を脅しても、何も出ません。それとも両親を脅すとか?それなら理解出来ます。」

「そんなに小さな声で話さなくても、近くには誰もいないよ。夏月(カゲツ)が確認したからね。後、誰も脅す気はないし、その必要もない。」

そういってニコッと笑う。確かに・・・脅さなくても欲しければ、命令1つで命すら奪えるだろう。

(この男・・・・何考えてるんだ?何がしたい?)

「家族をどうやって遠ざけたんですか?」

「私は領主だよ。君と話がしたいから、ここには誰もいれるなと言っただけだ。勿論、親たちは体裁がどうのとか言っていたけど、逆らえるはずもない。」

(自分の地位をよく分かっていらっしゃる・・・)

「それより何故、体調が悪いと言わなかった?倒れるまで何をしていた?昨日は病弱には見えなかったが?」

「いえ、気づかなかったんです。体が怠いのも、いつもの事で・・・・しかもあの状況では私が口を開くわけにもいかず・・・」

本当に倒れるほど体調が悪いとは思わなかった。しかし、いつもとは違う状況下で、緊張したことも理由の一つではないかと・・・

「まぁいい。ここに来た目的を果たそう。私は脅しに来たわけでも、親戚の婚姻相手を探しに来たわけではない。桜綾(オウリン)の意志を確認しにきた。」

結婚相手を探しに来たというのが嘘なのはなんとなく分かっていたが、私の・・・意志とは?

「はっきり言おう。桜綾(オウリン)。ここを出て憂炎(ユウエン)達と朱有へ来る気はないか?」

????????は??

「桜綾(オウリン)の事情は知っている。君が両親から受けている仕打ちも・・・ね。」

「なんで・・・」

訳が全く分からない。何を言ってやがるのですか?このお方は・・・

「私は君が気に入っている。発明仲間としてね。だから、朱有に君の居場所を用意した。憂炎(ユウエン)もこのことは承知している。後は君がどうしたいかだ。」

いやいやいや・・・突っ込みところが満載過ぎて、どこから突っ込めば良い!!

「昨日、私と会ったばかりですよね?」

「そうだ。」

「私の状況もなぜか調べたという事ですよね?」

「ああ。」

「しかも、そんな私を朱有へ誘っていると言うことですよね?しかも居場所を用意したと・・・」

「そう言っている。」

真顔で返事をする領主様に、私は頭を抱えた。

まず、私が気に入ったというが、会ったばかりの人間だ。こちらとて、いくら領主様だからといって、はい、そうですかと信じるわけにも行かない。親たちはそれぞれの思惑で喜ぶかもしれないが、私自身にはお金もない。この屋敷の周辺しか知らない私が、都ほど大きな街で暮らしていく自信もない。

そもそも、そんな不確定な状況で居場所を用意する事自体、逸脱している。

「昨日会ったばかりだが、憂炎(ユウエン)が興味を持つ人間は少ない。それだけでも信頼に足りる。しかも君は、この国に新しい物を作り出している。だからこそ、興味を持って調べさせてもらった。しかし、君の置かれている状況は、あまりにも過酷だ。君の両親には、君を見込んで貴族の教育を受けさせたいとでも言えば喜ぶだろう。だから、後は君がどうしたいかだけ、素直に教えて欲しい。」

私の心の中の質問に答えるように話すと、正面から真顔で私を見据える。

「同情ですか?」

「いや、同情で人助けをしていたら、領主など出来ない。」

私と似たように、虐げられている人間は多くいる。それを同情で助けていたら切りがない。そういうことだろ。

つまりは領主様が欲しいのは、私の知識・・・なのだろう。

正直、発明品は自分の仕事を効率よくするために作り出した、いや、前世の記憶を使ったに過ぎない。発明をしたいかと言われれば、怖い。ここにはない物を自分が作り出すことで、この国が変わってしまうかもしれない。それくらい前世の記憶は危険な物だ。発明は良いことに使われてしかるべきだが、それが意図しないところで、武器になってしまうことがあることを、私は知っている。

だが、この家を出たいという気持ちはある。元々、私はここから出られるくらいの力が付けば、逃げだそうと考えていたのだから。領主の提案はまたとない機会なのかもしれないとも思う。しかも師匠と一緒ならば・・・・。

しかし、本当のことを話すわけにも行かない。

矛盾した考えが言ったり来たりして、答えが出ない。

「はぁぁぁぁ。領主様、聞いても良いですか?」

大きいため息と共に、領主様に質問を投げかける。

「なんなりと。君が答えを出す助けになるのなら。」

私が考え込んでいる間、じっと黙っていた領主様を見て、興味本位ではないことは理解出来たが、まだ決心が付かない。

「もし本当にここを出て、発明をしたとして、私の望まない物をつくらせたりしませんか?」

「望まない物とは?」

「人を傷つけるような物です。これだけは正直に話します。私には、この国にない物を作り出せる知識があります。それは、道具や料理、病気にも役に立つ物もあります。きっとこの国はもっと良くなるでしょう。しかし、便利な物は1歩間違えれば、人を傷つける道具にもなる。だからこそ、どんな知識があっても、私が嫌だと言えば、作らなくても良いですか?」

「問題ない。」

あっさりと私の条件を通すが、表情からは本心か読み取ることは出来ない。

「もし、そういうことがあれば、もしくは私の秘密を許可なく誰かにもらした場合、私は発明を止めてこの国を出るか、命を絶ちます。それぐらい覚悟のいる選択です。それでもいいですか?」

「命を絶つことに賛成はしないが・・・許可なく話をしたりしない。約束しよう。」

「それを正式な文章として残して頂けますか?」

文章として残すということは、朱雀神との約束という事につながる。領主様には朱雀の加護があると同時に、その力や権力を使って無責任なことが出来ないよう、色々制約されている。だからこそこの国は安定しているのだ。

もし、領主の印が入っている契約書の内容を理由なく違えれば、朱雀神の怒りに触れることになる。

領主様が本気なのかを試した形にはなるが、今の私にはそうすることでしか、領主様を信頼できる人間なのか判断する基準がなかったのだ。

「それで君が安心できるなら。」

領主様はそれすらも、すんなりと了承した。そのことに少し驚きながらも、領主様がからかったり、遊び半分でこの話を持ってきたわけではないことは、はっきりした。それならば・・・・。

「もう一つだけ・・・・」

「まだあるのか?」

「これが最後です。何故私がそんな知識を持っているか、私から話すまで、探らないで欲しいのです。」

・・・・・・・

これには領主様も即答はしなかった。腕を組み、椅子の背もたれに寄りかかって、少しの間、考えているようだった。

私はその間、静かに答えを待つ。

「はぁぁぁ。良いだろう。本当はそれが知りたかったのだけどね。君が朱有に来る決心してくれるのなら、そうしよう。」

膝に手を移して前のめり気味で、その条件も飲んだ。

「それで、桜綾(オウリン)はどうしたい?」

後は私が返事をするだけで、この話は領主様が思っている通りに進んでいくだろう。

私が断るとは思っていない。

だがその通りだ。

人間扱いもされないこの家で、生きて行くことよりも、この知識をうまく利用して生きて行く方が、何倍も良い気がした。

しかも領主様はこちらの要求を全て飲むと言っている。

どちらにせよ、誰かに仕えるのなら、先がある方へ賭けてみたい。

ここで心を決めなくては、もう二度とこんな良い条件でここを出られる機会はないかもしれない。

「領主様・・・本当に、私をここから出してくださいますか?」

領主様をまっすぐ見据え返し、大真面目な顔で聞く。

「桜綾(オウリン)、辛かったね。よく頑張った。私は必ずここから君を出して朱有へ連れて行こう。約束だ。」

そう言って私の頭をそっと撫でた。撫でられるなんて久しぶりだ。そして人に頑張ったねと言われる事も。

何かが頬を流れる感覚にハッとする。

それから頬に触れると、涙が流れていることに気が付いた。

久しぶりに人の体温を感じたせいかもしれない。うれし涙だと思う。多分・・・

領主は私の涙が止まるまで、何も言わず、優しい顔でそっと私の頭をなで続けた。




領主様が胡家(こけ)を去ってすぐ、家職が再び私を呼びに来た。

通されたのは、またも客間だったが、座る位置は変わっていた。

上座には父と義母が座り、義母の隣には弟の文葉(ブンヨウ)が座っている。

私はといえば、両親の前に跪かされ、その口が開かれるのを待っている。

「領主様と長い間話していたようだが、何を話していた?」

父が口火を切った。

「変わったことは特に何も・・・特技や趣味について聞かれました。」

私は目を伏せたまま、嘘を答える。あらかじめ領主様から言われていた。きっと両親はこの後質問してくるだろうと。

その為の答えも領主様が用意してくれた物だ。

「まさか、普段の様子を話したりはしてはいないでしょうね?」

義母の睨むような視線を感じるが、話されると困る事を認識しているのだなと改めて思う。

「いいえ、話してはおりません。病弱なので特技などはなく、趣味は本を読むことぐらいだと、申し上げました。」

「言えない特技は沢山あるのに、惜しい事ね。領主様が使用人を探しているという話であれば、即、ここを追い出してやれた物を。」

そう言ってクスクス笑う義母を、珍しく父が窘める。

「春燕(シュンエン)、よさないか。もし、領主様に気に入って頂ければ、胡家(こけ)も貴族とのつながりがもっと持てるではないか。そうなれば、商売しやすくなる。」

父は私をかばったわけではなく、結局はお金になると考えたから、義母を窘めただけだ。

「でも、あの方は本当に領主様だったの?大体、そんな大物が親戚筋ごときの縁談をまとめに、ここに来ること自体、おかしな話だわ。」

悪知恵が働くだけあって鋭いが、ここに来た言い訳は苦しいとしても、れっきとした領主様なのは間違いない。

領主様の名で、もし他人がこんなことをすれば即処刑されるだろう。しかも、あの髪色は隠せない。日に当たる領主様の髪が朱色に輝いていたことに、気が付かなかったのか?例え1000歩譲って、偽物だとしても何の被害も出ていない。

まぁそんなことも分からない馬鹿親に、何も期待は出来ない。

「あなた・・・こんな子が領主様の目にとまるなんて、そもそもあり得ないわ。本物だったら、恥をかいたも同然よ。だいたい、領主様がいきなり来るなんて・・・こちらにも都合という物があるでしょう。時間があれば、桜綾(オウリン)の身代わりくらい用意出来たでしょうに。」

ひどい言い草だ。散々こき使っておいて、こんな状態にしたのは他でもないあんた達ではないか。

「姉さんばっかり領主様と話してずるい。僕も話したかったのに!」

文葉(ブンヨウ)はふくれ面で、文句を言っている。もう成人を迎えようかという歳なのに、まだ子供っぽいところがある。

この国では16歳で男子は元服、つまり成人と見なされる。女性は15歳から嫁に行く事が出来るが、私の記憶にある古代中国という国とは違い、恋愛して結婚することが普通だ。だから20過ぎて結婚することもざらにある。だが、中には家同士で結ぶ結婚もあり、所謂、政略結婚だ。弟は後者で、成人したら1つ下の許嫁と婚姻することになっている。

私の母と父も政略結婚だった。許嫁として幼い頃から結婚を決められ、琳家が出世したことで、この家は更に大きくなった。

文葉(ブンヨウ)が後2,3年で夫として、跡継ぎとして成長するかは分からないが、このままでは相手が苦労しそうだ。

しかし、胡家(こけ)には膨大な資産がある。金目当てであれば、こんな感じの方が扱いやすいか・・・

「文葉(ブンヨウ)、仕方なかったのよ。ごめんなさいね。本物だったら次来られたときは、母様がちゃんと紹介してあげるから。」

私にはきつい義母も、自分の子になると甘い。悪態をつきたくなるほどの甘ったるい声が耳障りだ。

「桜綾(オウリン)、それで領主様はお前を気に入ったのか?そんな話はしなかったのか?」

父にとって今は文葉(ブンヨウ)の話など、どうでも良いらしい。義母が文葉(ブンヨウ)をなだめる横で、私と領主様との会話の方が重要と判断したのだろう。この様子だと、父は本物だと思っている様だ。

「そのような話は何も。他の方も吟味された後で、後日、連絡があるそうです。」

父は少し肩を落したようだったが、義母はそれ見たことかと、ここぞとばかりに私をこき下ろす。

「ほらね。即決されないあたり、この娘に価値がない証拠。もしくは偽物ね。本物なら残念ながら候補にすらなれなかったというところかしら。きっと届くのは断りの手紙でしょうね。所詮は没落するような家の娘が産んだ子よ。恨むならお前の母を恨めば良い。」

膝に当てた私の拳にギュッと力が入る。歯がギシッと言う程かみしめる。

「母が母なら子も子。結局は何の役にも立たない。お前のような子を残して、さっさとあの世へ言ったのだから。だいたいお前の母親が胡家(こけ)に嫁いだ事自体、間違っていたのだ。お前の母さえいなければ、私が惨めな思いもしなくて・・・」

ブチっと私の心の中で何かが切れる音がする。と同時に声を発していた。

「今・・・・何かおっしゃいましたか?義母様。私の母を馬鹿に・・・したのですか?」

跪いた状態から一気に立ち上がり、義母の目の前まで顔を近づける。

怒りで震える拳を押さえつけて、その手が義母に伸びない様に必死に耐える。

「な、なに・・・よ?本当のことを言っただけでしょう。この私に、近づかないで!」

私の肩をドンッとついて自分から引き離そうとする。

しかし私はびくともしない。いかに細かろうと、日頃の重労働で鍛えた足腰はそんなもんじゃ動かない。

「もういっぺん言ってみろ・・・・・私の母がなんだって?」

「桜綾(オウリン)、止めないか!」

「姉さん、母上から離れろ!」

立ち上がった父や弟の止める声は耳に入ってはいるが、止める気はない。

「うるさい!黙れ!私は今、この義母様と話してるんだよ!お前らはすっこんどけ!」

私の豹変ぶりに、周りも固まってしまっている。

私自身もこんな汚い言葉を家族に向けて言い放っていることに驚いてはいるが、もう止まらない。

「私をいたぶろうと、罵ろうと好きにすればいい。でも、死んだ人間は、お前らに文句すら言えないんだよ。それを良いことに、好きな事言っていいもんじゃないだろ?仮にも名家の論家(ろんけ)から嫁いできたんだろ?品だの価値だの言うが、義母様にどれだけの価値があるんだろうね?」

勢い余って義母の胸ぐらを掴もうとした寸前で、私の頬に拳が飛んだ。

痛みは感じないが、体は吹っ飛んだ。

一瞬、何が起ったのか分からなかったが、父が見かねて私を殴ったのだ。伸ばされた拳はまだ震えている。

それを見た瞬間、周りの者達が私を取り押さえる。

「離せ!」

抵抗してみるものの、男4人に掴まれては身動きすら取れない。

「なぜ、お前ごときに私が怒鳴られなければならない!お前ごときが、私に近寄るなど・・・・!!!」

義母は顔を真っ赤にして、握りしめた拳を振るわせている。

弟は何も出来ず、ただオロオロするばかり。

「桜綾(オウリン)!母親に向かってなんて言い草をする。それでも胡家(こけ)の娘か!」

胡家(こけ)の娘?そんなもん、とうに忘れていたくせに、この父という生き物は、都合の良いときだけその言葉を使うのか。しかもその娘を、平手ではなく拳で殴った事は忘れているのだろう。

本当に娘だと思っているなら、顔に傷や痣が出来るようなことは避けるはずだ。

「こやつを死なない程度まで痛めつけなさい!桜綾(オウリン)、覚悟するが良い。私を怒らせたことをな!」

義母はそう言いつけると、椅子に深く座り直す。弟を小脇に抱え、義母に逆らえない父もそれを黙認する。

領主様が迎えに来るまで、生きていられるかな・・・・

そう思いながらも、母を侮辱される事だけは許せなかった。私ですら知らない母の事を他人の解釈で語られたくない。

男4人がかりで私はもみくちゃに殴られ、蹴られ・・・頭を守る事が精一杯で、後はされるがままだ。

暴行を加えている4人の顔には何の表情もない。言われたままに仕事をしているだけという感じだ。

「謝れば、手を抜いてやらんこともない。」

義母はそう私に笑いかけるが、謝る気はない。

「お前は、母親に良く似ておる。頑固で、融通の利かないところが・・・な。あのような女子がここに嫁げたのは、実家の力があったからこそ。それも無くなれば、何の価値もない。今のお前と何も変わらぬ。」

まだ悪態をつく義母に言い返してやりたいが、口からは血が吐き出るだけだった。

その代わりに、義母や父を睨見つける。

それだけは止めなかった。

そのうち、意識がなくなって水をかけられても、目が覚めなくなったとき、私に平安が訪れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る