第6話 10

「あの子もすごく思い通りに動いてくれて、わたし、だんだん楽しくなっちゃって――だからごめんなさい! 本当に本当にごめんなさい!」


 地面に頭を擦りつけるミィナに、ダリオをはじめ兵達は戸惑ったように顔を見合わせる。


 あれほど完膚なきまでに叩き潰しといて、まさか謝罪してくるとは思ってなかったんだろうな。


「――ダリオよ」


 妾は苦笑を浮かべつつ、そう声をかける。


「貴様が禁軍の部隊長として、勇者来襲時に妾を守ろうとしてくれた事はハヤセから聞いておる。そしてそれを却下されて不満に思っとった事もな」


 ダリオだけではなく、ヤツの隊の者は皆、同じ気持ちだったろう。


「だが、ミィナは――勇者とは、見ての通り慮外の存在なのよ。妾だってガチでミィナとやりあったら、どうなるかわからん」


 そもそも狂化機獣バーサーカーや侵災を、生身でどうにかしちゃうような者相手に兵達をぶつけたところで犬死ににしかならんから、妾はミィナと直接対峙する事を選んだのだ。


 妾の言葉に、ダリオが首を傾げる。


「で、でも、陛下は勇者に勝ったんすよね? 勇者は負けて大泣きしながら命乞いしたとか……」


「……おい、ハヤセ? さっきお前もそんな事ゆーとったな?

 そもそもなんでそんな話になっとる?」


 妾は視線をあげてハヤセを見上げる。


 ヤツは苦笑しながら頭を掻いた。


「俺もさっき聞かされたんでさぁ。どうも噂に尾ヒレ胸ビレが生えちまったようで……」


「そういうのをしっかり統制するのが長の役割だろうに……おまえはホンットに!」


 妾は手で顔を覆って深い溜息を吐いた。


「どうせ言っても信じねえと思ったんだよ! だから調子に乗ってるコイツらの鼻っ柱を折るのに丁度良いと思って、ミィナとの対戦を認めたんでさぁ」


 まあ確かにな?


 勇者が実は虐げられとって、妾の言葉に優しさを感じて大泣きしたとか、誰も信じないだろうよ。


 脳筋連中には下手に言葉で伝えるより、物理的にわからせた方が早いってのもわかる。


 しかし、兵達がここまで妾を盲信しとるのも、それはそれで問題だと思うのよ。


 ……長く玉座に収まり続けた弊害かのぅ。


 これからの課題のひとつか。


 妾は腕を組んで、ダリオ達を見やる。


「この際だから言っとくが、妾はミィナと戦っておらん! その前に和解したからな!」


 途端、兵達が驚きを浮かべた。


「へ? 和解?」


「おうよ。今のミィナは妾の客人――いや、一緒に飯食って、風呂にも入ったから親友マブダチと言っても良いだろう」


 妾が胸を張って見せると、それまで地面に頭を擦りつけていたミィナが、ぽかんとした顔で妾を見上げとった。


「……わたしなんかが?」


「ああ。妾はとっくにそのつもりでおったんだがの。

 ミィナはイヤなのか?」


「そ、そんな! むしろ恐れ多いというか……」


「親友にそんな事感じる必要はない!」


 きっぱりとそう告げて、妾はミィナの手を取って立ち上がらせる。


「なんなら敬語じゃなくても良いんだぞ?」


「さ、さすがにそこまでは……」


 恐縮して身を小さくするミィナに、妾は思わず苦笑してしまう。


 それから妾は兵達に視線を戻す。


「この通り、ミィナは変に律儀なやつでな。此度の訓練にも、妾に恩義を感じて参加してくれたのよ。

 ……そなたらが慢心しとると聞いたもんでな」


 目を細めてそう告げると、兵達は顔を青くして背筋を伸ばした。


「ダリオよ。ミィナと戦ってみて、どうだった?」


 妾の問いかけに、ダリオは悔しげに目を伏せて首を振る。


「正直、なにをされたのかまるでわからねえです……

 わかるのは……俺達が全力でやっても、まるでかなわねえって事ですかね……」


 それからヤツは、ミィナへと歩み寄って盛大に頭を下げる。


「勇者……いや、姐さん! ナメた口叩いてすいやせんでしたっ!

 姐さんは決して大口を叩いてたわけじゃねえって、骨身に染みやした!」


「わわわ、わたしこそ! 駄犬とか言っちゃってごめんなさい!

 本気で言ったわけじゃなく、みんなに全力を出して欲しくて煽る為に言ったの!」


 ミィナはわたわたと両手を振りたくってダリオに説明する。


「アーガス王国にはもうひとり勇者がいるから、気をつけて欲しくて……

 でも、駄犬は言い過ぎでした。ごめんなさい!」


「いや、姐さんになら、ポチでもジョンでも好きに呼ばれて構わねえ!

 ――本当にすいやせんでした!」


 ダリオに倣ってか、ヤツの部下達も同じように頭を下げた。


「…………」


 妾は無言でハヤセを見上げ、ダリオ達を指差す。


「俺らにとっちゃ、強さこそ正義ですから。

 ましてミィナは連中の為を思って、その力を見せつけたんだ。惚れねえわけがねえ」


 ハヤセのその言葉に、色めき立ったのはリーシャだ。


「――ちょっ!? ダリオ! ミィナ様に惚れるとか、あーし許さねーっスよ!?」


 腕まくりして詰め寄るリーシャに、ダリオは下げていた頭を跳ね上げた。


「惚れっ!? ばっ!? オレはそんな邪な気持ちじゃなく、姐さんの純粋な強さにだなっ!!」


 言い合いを始めるふたりに、すぐそばでミィナが慌てるミィナ。


 その光景がおかしくて、妾は思わず噴き出した。


「さて、うまくまとまった所で、おまえらお待ちかねの酒盛りだ!

 ちゃっちゃと後片付けして、食堂に行くぞ!」


 ハヤセが手を叩いてそうまとめる。


 兵達が歓声をあげて、ミィナが割ったグラウンドの整備やら破壊された兵騎の撤去やらに取り掛かった。


「ん? そういえばミィナよ。ケイの奴はどうした?」


 いつものあやつなら、真っ先に妾に自慢しに来ると思っとったんだが……


「あ、はい。今回の稼働データでさらに騎体を改修するって言ってました。

 そうそう、騎体を封印庫? に戻しておいて欲しいってヒノエ様に伝えてくれって……」


 あれだけの騎動を見せる<舞刃闘騎アーク・ブレイド>をさらに改修だと?


 ケイめ、なにを考えておる。


「さあさ、ミィナ様。動いて汗をかかれたでしょう? 宴の前に一度、お風呂に入っちゃいましょ!」


 と、リーシャがミィナにそう声をかけて、背中を押す。


「ちょっ、リーシャ!?

 えと、ヒノエ様、一度戻って良いですか?」


 律儀に訊ねてくるミィナに、妾はうなずきで応えた。


「ああ。どのみち片付けで宴まで時間がかかる。バカ犬どもに魅せつける為にしっかりめかしこんで来い」


「ドレスアップはあーしにおまかせっス!」


 そうしてミィナはリーシャと共に訓練所を後にする。


「ハヤセよ。今の対戦映像は後で共有スフィアに上げとくから、兵共に閲覧させて訓練に役立てよ」


「了解しやした」


 客観的な映像は、ダリオ達の成長に役立つことだろう。


 もちろん、来るアーガス戦における、セイヤとの戦いにも。


 会釈するハヤセを後に残し、妾は<舞刃闘騎アーク・ブレイド>に触れて転移魔法を喚起する。


「妾も宴には顔を出すから、酒は残しておけよ!」


 しっかりとそう申し付けて、妾は<舞刃闘騎アーク・ブレイド>ごと転移した。

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