第6話 9

 <舞刃闘騎アーク・ブレイド>の胸部の結晶を中心に、陽炎のようなが膨れ上がり、二騎の騎体を包み込んで半球状のドームを形成する。


「――ロジカル・ウェポンが搭乗者の性能を拡張するとは、こういう事か……」


 ミィナの魔道器官が放つ波動を騎体が増幅して、事象――世界に干渉しておる。


「なあ、陛下……あのもやみてーのはなんだ?」


 ハヤセが息を呑みながら訊ねてきた。


 戦闘勘に優れるこやつは、あれがなんなのか理解できないまでも、脅威なのは感じ取っているらしい。


「魔道研究の第一人者、ドクターマツドが言うにはな……」


 妾は遥か遠い過去に別れたきりの親友の言葉を思い出しながら、ハヤセに説明する。


「魔道器官というのは本来、最小規模の願望器――事象改変端末だというのよ」


「ああ、その辺は魔法ソーサル・テクニックの座学講習で習ったな。

 ただ、人の意思は大規模改変を行えるほど強くねえから、<三女神トリニティ>の補助が必要で、定義されたコマンドを唄う事で定められた小規模事象改変――つまり魔法が喚起される、だったか?」


「そうだ。要するに魔法ってのは、<世界の法則ワールド・オーダー>に記載されたルールを、<三女神トリニティ>という補助具を使って、誰しもが扱えるようにした事象改変のひとつの形なのよ」


 だからこそ人類は光速を克服し、崩壊するホームから脱出するという手段を取る事ができた。


「それがアレとなんか関係あるのか?」


 ハヤセがアゴをしゃくって<舞刃闘騎アーク・ブレイド>を示す。


 妾も酒の席の与太話と思っておったのだがの。


「かつてドクターマツドは言うとったよ。

 いずれ<三女神トリニティ>の補助なしに、事象改変を行える者が現れるはずだ、とな。

 その時、その者はまるで舞台役者のように世界に愛され、世界はその者の望むがままに振る舞う……」


 故にマツドの奴は、その事象干渉領域にひとつの名を与えておった。


「――ステージと呼ぶらしい。

 あのの内部においては、ミィナの意思こそ世界の法則となる」


 そうして、ミィナを主役とした舞台が幕開く。


 右足を引いた半身で、肩がけに長剣を構えた<舞刃闘騎アーク・ブレイド>がひどく無造作に引いていた右足を踏み込んだ。


『――フッ!!』


 ミィナの鋭い呼気。


 運足に連動するように右腕が動いて、長剣の切っ先が突き込まれる。


 <満潮>が反応して大槍を合わせたが――


『――――ッ!?』


 ダリオが息を呑んだ。


 まるで狙っていたかのように、<満潮>の大槍の穂先に<舞刃闘騎アーク・ブレイド>の長剣が吸い込まれ――澄んだ乾いた音が辺りに響き渡った。


 次の瞬間、大槍の穂先が砕け散り、さらに柄までもが破裂するように裂けめくれる。


『――クソがぁッ!!』


 ダリオが叫び、<満潮>は不格好な花のようになった大槍をそれでも手放さず、横薙ぎに振るった。


 <舞刃闘騎アーク・ブレイド>は両腕をひねって刃を下に構え、それを真っ向から迎え撃つ。


 裂けた大槍の柄先が長剣の刃に断ち切られ、その破片がバラバラと宙に舞い飛んだ。


「わわわわっ!!」


 腕くらいある破片がこちらにも飛んで来て、リーシャが頭を庇って悲鳴をあげた。


 兵騎のサイズならば破片サイズでも、妾達にしてみれば腕くらいある危険な金属塊だ。


 妾は指を鳴らして、周囲に結界を張る。


 虹色の結晶体が妾達の周囲にドーム状に展開されて、そこに破片が降り注いだ。


 そうしている間にも、<舞刃闘騎アーク・ブレイド>は下に向けていた切っ先をくるりと回し、大槍を振るった事で上体を左に泳がせている<満潮>の両腕目掛けて、上段から刃を振り下ろす。


 音もなく、手甲に覆われた<満潮>の両腕がずり落ちた。


『ガアアアアアァァァァ――――ッ!?』


 騎体に合一すると、損傷は痛みとして搭乗者に伝わる。


 今、ダリオは両腕を断ち斬られたのと同じ痛みを感じているだろう。


 <満潮>の残った肘先から、白い鮮血が噴き出す。


 <舞刃闘騎アーク・ブレイド>は長剣を振り下ろした体勢から上体をひねり、すくい上げるように刃を返す。


 騎体の重さをまるで感じさせない――いや事実、事象改変によって騎体重量が無効化されとるのかもしれんが――流れるような、舞いにさえ見える美しい動作。


『――あっ!?』


 ダリオがそんな間の抜けた声をあげた瞬間――<満潮>の腰から上が宙を飛んだ。


 重厚な音を立てて<満潮>の上半身が地面に落ちる。


「……勝負あり、だな」


 ハヤセはアゴを撫でながら呟くと、注目を集めるように右手を挙げた。


「――終了だ! 参加者は集合しろ!」


 よく通るハヤセの声に、兵達が動き始めた。


 トロール達は化生を解くと、<満潮>や兵騎に向かい、胸部装甲を押し開いて搭乗者を鞍房から引っ張り出した。


 兵騎と合一しとったダリオ達三人は、死を疑似体験して呆然としとるの。


 <舞刃闘騎アーク・ブレイド>が跪いて、鞍房からミィナが這い出して来る。


 あやつは駆け足でこちらまでやって来ると、ハヤセの前に集まったダリオ達の前で流れるように膝を折り――


「――す、すみませんでしたぁっ!!」


 それはそれは綺麗で見事な土下座を決めよった!


「お、おい!?」


 あれほどイキっとったダリオがたじろぐほど、それは衝撃的な行動だった。


「ごめんなさいごめんなさい。あそこまでするつもりはなかったんです!

 でも、あのままだとみなさん、勇者をナメ過ぎてて危ないから、ちょっと本気を出しちゃったっていうか……」


 お、おぅ……めっちゃ早口でまくしたてるじゃん……


 ミィナの突然の行動に、その場の皆が唖然として、ドゲったミィナを見下ろしとった……

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