第3話 2
真っ先に応えたのはアリアだ。
「――お任せ頂けるのでしたら、私がアーガス王ガルシアの首を取って参りますが?」
と、アリアはシニヨンにしとった髪をほどき、抜き取った髪留めから大振りの光刃を迸らせながら静かに告げる。
「いや、陛下、禁軍を動かすご許可を。山越え含めて一月もあれば、城崩しをしてみせるぜ」
ハヤセも拳を鳴らしてノリノリのようだ。
「いやいや、ここは経済制裁で締め上げるのが常套手段でしょう?
そもそもアーガス王国が陛下を魔王としたのも、この国の魔道器利権を欲してのもの。手始めに魔道器の輸出を禁止。あとは
ヤシマも自身の得意分野で、妾の意思を果たそうとしてくれとる。
ありがたいと思いつつも腹心達の血の気の多さに、妾ちょっぴりドン引き。
特にヤシマだ。
この短時間で、よくそんなのポンポン思いつくよね!?
育て方をどっか間違えてしまったのだろうか?
……まあ、それは置いといて。
妾は口々に報復案を挙げて行く腹心達に、ゆっくりと首を振る。
「あー、そなたらの気持ちは嬉しいんだがな」
そう前置きをして、アリアを見る。
「今回の勇者派遣は、アーガス王国上層部の総意だ。
いまさらガルシアの首を取った所で、別の王を立て、報復とばかりにもうひとりの勇者を送り込んでくるだろう」
案を却下され、アリアはしょんぼりと肩を落とす。
「次にハヤセの禁軍を動かす案だが――」
「おう! いつでも行けるぜっ!」
手の平に拳を打ち付けるハヤセ。
だが妾は首を振る。
「時期尚早だ。
確かにそなたらならば、天間山脈を越えアーガス王都を落とすなど、一月もあれば容易いだろうよ。
だが、考えてもみよ。
――その地には、無辜の民が……ミィナが家族と慕う者達もまたおるのだぞ?
さしものそなたであっても、民を傷つけずに王城のみを落とすのは難しかろう?」
「ぐっ……ああ……」
と、ハヤセは悔しげに歯噛みして、髪を掻きむしる。
「同じ理由で、ヤシマの案も却下だ。
経済を圧迫させたところで、彼の国の貴族は庶民を食い物にして生き延びようとするだろうよ。結局、割を食うのは庶民よ」
「――申し訳ありません。彼らの未熟な人格までは考慮できてませんでした」
頭を下げるヤシマに、妾は鷹揚に頷いて見せる。
「――だが陛下よう、じゃあどうするっていうんだ?」
「そうです! 暗殺も軍も経済さえも使わないなんて、他にどんな手があるのです?」
ハヤセとアリアが不満げに言い募る。
そこに――
『……ああ、そういう事ですか』
ポンと効果音付きで手を打ち合わせて、ケイが妾を横目で見据えて笑みを浮かべた。
『皆、安心すると良い。そして思い出せ。
――この件で一番ムカついてるのが誰なのかを……』
さすがに付き合いの長いケイは、妾の腹積もりを理解したか。
腹心三人は顔を見合わせ。
「――あーっ!!」
声を揃えて、妾を指さしおった。
「ずっり、ずっりい! あれこれ屁理屈捏ねて、結局自分がやりてえだけじゃねえかっ!」
「――陛下のお手を煩わせるくらいなら、やっぱり私が!」
「そもそもヒト属の庶民など気にする必要があるのですか? 貴族に虐げられたら庶民だってバカじゃないんです。耐えかねて革命に蜂起するかもしれませんよ? むしろそうなるように誘導しませんか?」
などと、口々にさえずりおる。
妾は両手を打ち鳴らして、三人を黙らせた。
「――ぃやっかましいわっ!
おまえらがどんだけ騒ごうと、こればっかしは譲らんからなっ!?
なんせ命を狙われたのは妾だぞ!?
――聖剣抜いた時のミィナ、マジ怖かったんだからねっ!?
この恨み、晴らさずにいられるものかってーのっ!」
『主、口調口調……あと本音もポロリしてる』
ケイになだめられて、妾は咳払いをひとつ。
「んっんん! とにかくこれは決定事項だ!」
「とはいうが、陛下、なにするつもりだよ?」
ハヤセが首を捻る。
「まあ、見ておれ。城下に出した戒厳令を解除しとらん今だからこそ、都合が良いのよ」
妾の言葉に、アリアが顔を引きつらせた。
「ま、まさか……動かすおつもりですか?」
「ハッハ――! そのまさかだっ!
――ケイ、
『――承りました』
妾の目の前の空間が揺らぎ、位相空間に隠されたそれは姿を現す。
先端に銀虹色にきらめく宝珠を頂いた錫杖。
妾は左手でそれを握り込み、さらにケイに指示を飛ばす。
「――ウツロに繋げ!」
それは我が国の諜報組織<影>の長を指す名前だ。
妾の前にホロウィンドウが開き、ひとりの男が映し出される。
茶髪に茶色い目の、どこにでも居そうなメガネ顔の男。
中肉中背にローブを羽織ったそやつは、通信が繋がるなりメガネを押し上げ薄く笑った。
『――陛下、拙者の事はシャドウと呼んで欲しいと、いつも申し上げておりますよね?』
広げた左手の中指でメガネのブリッジを支えた無表情のままで、ヤツは開口一番、そう言ってきおる。
「なぁにがシャドウだ、万年厨二病が!
良いから、アーガス王都に潜伏中の全諜報員を用いて、王都に妾の言を伝えよ!」
『む、というと、ひょっとして此度の勇者派遣についてですか?』
「ああ。ちょびっとばかしアーガスの連中の肝を冷やしてやろうと思ってな!」
そう告げると、ウツロは珍しく口元に笑みを浮かべた。
『畏まりました。
――各員に告ぐ。これから中継する陛下のお言葉を、各員上空に投影せよ!』
ウツロの指示への応答は、ヤツの背後に映る光景で示された。
アーガス王都上空に、無数に開いたホロウィンドウ。
そこに映るのは当然、妾だ!
「ハ――ハッハッハ!」
高笑いをあげて、妾はアーガス王都を見回す。
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