第4話 アメプロの妙技を味わいやがれ!

 何年だったかは忘れたけれど、二千年代の初め、平日の午後つけっぱなしだったテレビのCS放送。

 なんとなくチャンネルを変えた先には現れました。

 超満員の会場アリーナ、応援ボードを掲げる観客オーディエンスたち、割れんばかりの溢れる歓声。

 皆の視線が集まる先にはリングがあり、リングの中では筋骨隆々な大男たちが戦っていた。

 ……あぁ、アメリカンプロレスか。

 画面を眺めて浮かんだ感想はその程度。

 当時の私の中ではアメプロなんて技術なんかない、ただ殴る蹴るオーバーアクションの

 そんなものでした。


 ただ、その時テレビに映し出されていたものは、私の中の常識とは違っていた。

 なんてことはない、コーナーポストに登ったはいいが何かする前に相手側に投げ飛ばされる、プロレス的におなじみの光景。

 だったはずなんだけど、高く大きく放り投げられた側が、それはそれは見事な受け身バンプをとったのだ。

 そしてすかさず、背中を打ってこれは効いたって、お約束のオーバーアクションをやってのけた。

 なに、今の?

 日本のジュニアヘビー級でもあれほど見事な受け身はなかなか見れないよ? どう見てもそいつヘビー級だろ? しかも絶対スーパーヘビー!

 たった一回の受け身に目を持っていかれ、そのままフラフラと見続けることに。

 どの試合もシンプルで、少ない技、技とも言えない殴る蹴るの繰り返し。

 何度か入れ替わる攻守、そしてどちらかの決め技が炸裂して終了。と、こんな感じ。

 息つく暇もなく次から次へと技を繰り出し、危険極まりない頭部へ集中した攻撃とか、ひたすら繰り返されるカウント2でのキックアウトや、リング外での投げ技やらを当たり前のようにやっている、日本のプロレスを見続けてきた目には、どんくさい田舎芝居くらいにしか感じられないはず。

 なのになのに、何かとんでもないものを見たような気持ちにさせられた。


 その感覚が本物か一時の気の迷いかを確かめるために、翌週再度チャンネルを合わせた。

 番組の頭からの視聴は、私のプロレス観を見事に打ち砕く。

 

 試合以外のところに、なんでこんなに引き込まれる、惹きつけられる?

 なによりも魅せられた。

 番組のパッケージングに、ストーリーラインに、入場演出に。レスラー、いやたちそのものに。

 己に与えられた役割ギミックをこれ以上ないくらいに演じて見せる、そのプロフェッショナリズムに。

 まさに、ショー。

 そこで繰り広げられていたのはではなく、だった。

 彼らは全員がプロ。プロフェッショナルとして立ち振る舞う。

 マイクを持てば、そこいらの役者よりも巧みに饒舌に言葉を操る。相手をあおり観客を沸かせる。

 しゃべくりだけで試合をやってのけるような剛の者が、当時の日本プロレス界に居たか?

 また彼らは口だけではなく、普通に試合をしても魅せてしまう。

 観客が余所見をすることを許さない、させない。

 リングに立つ自分の一挙手一投足にくぎ付けにさせてしまう。

 レスラーにギミックを与え、プロデュースし、スーパースターを作り上げる。

 なんというシステム、そしてそれに応えられるタレントレスラーの能力の高さよ。


 会場アリーナに足を運んだ観客に、テレビの前にいる視聴者に、絶対の満足を与えるためにベストを尽くす、プロフェッショナルの集団がそこにはあった。

 飛んだり跳ねたり、徹底的な頭部へのダメージの与えあい、語彙少なく汚い言葉で罵るだけのマイク、客をないがしろにした態度。

 そんなのが横行していた日本のプロレスと、カスタマーファーストのアメプロの団体、いや業界としての差。

 圧倒的でしたね。


 たぶん、当時の私は心身ともに疲れていたのだと思う。

 勝利至上主義の日本のプロレスは殺伐としていて、しんどかった。

 けれどアメリカンプロレスは楽しかった。

 幸せな気持ちで見ていられたのだ。次週が待ち遠しかった、ワクワクしながら待ていられた。


 あとね、とにもかくにもスーパースターズですよ。

 ひとりひとりの個性が際立ってた。

 フィニッシュムーブ決め技が重ならないというのも、美しい伝統だと思う。

 同じような技でも名称は変えるし、あるいはどちらが上かを戦って決めたりもする。

 エディ・ゲレロがフロッグスプラッシュなら、ロブ・ヴァン・ダムRVDのはファイブスタースプラッシュ。

 ロックさまのロックボトムに対し、ブッカーТはブックエンド!

 エッジはスピアー、ライノはゴア!ゴア!ゴア!

 その技が出たならば、確実に試合が決まるという不文律。実に素敵だ。

 全盛期のトリプルHハンター・ハースト・ヘルムスリーの、アンダーテイカーの入場シーンを見よ! 

 アレにアメプロとは何かが凝縮されていると断言できる。

 スーパースターが粒ぞろいで、団体の人気も最高潮だった二〇〇四年の第二十回レッスルマニア。

 WWEヘビー級と世界ヘビー級、団体が誇るふたつのベルトをそれぞれ獲った、エディ・ゲレロとクリス・ベノワが泣きながら抱き合う光景は、絶対に忘れることはないでしょう。

 新日本ジュニアからの両者の経歴を知っていただけに、感動もひとしおでした。

 悲しいことにエディは翌年、ベノワは三年後鬼籍に入ってしまいましたが……。


 エディが逝った辺りから、見始めたころに活躍していたスーパースターズが少しずつ番組からいなくなっていく。

 ある者はコンプライアンス的な問題を起こし契約を解除され、ある者は境遇に不満を感じて自ら去っていったり。

 競合相手だったWCWやECWがあったころから、移籍やら引き抜きやらで選手の出入りは激しかったところがあったんですが、WCW・ECWどちらもつぶれてWWE一強になってから顕著に感じ出しました。

 一番面白い時期に見始め一番面白かった面子が居なくなり、新しい看板選手や会社の方針に魅力を感じられなくなって、いつの間にか番組を見なくなるように。

 放送していたCSでチャンネル編成が行われ、それまで基本パックに入っていれば見れていたチャンネルからWWEの番組が外れたことをきっかけにアメプロから離れました。


 私が熱中していて見ていたのは十年に満たない年月でしたけれど、とても濃密な時間でした。

 今でも、アメプロには、WWEには感謝の念しかありません。

 本当にいいもの観させてもらいました。


 次回、最終話。

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