第35話 許可がいるのに

 橋の建設は、流石に今までみたいに簡単にはいかないだろう、とテッツオは考えていた。両岸から島の大門までの距離はそれぞれ200メートルと160メートル、島の建物の何よりも大きな建造物だからである。

 だが、シュガーの指示に従って建造を始めると作業は驚くほど順調に進んだ。


「これだけ順調なら、雪解け水で水嵩が増す前に基礎工事が終わりそうだぞ」


 足場の上で西の石工の頭領ロコが石柱を切り落としているのを見て、シュガーが話しかけてきた。タクトの父親でもあるロコは、スイスイと足場を抜けていく。

 石柱を切り落とす工程は、ユーリに言わせると味噌汁の鍋に豆腐を切り入れる様子に似ているとの事だ。もちろんその石柱はテッツオが長さをいじり、一辺が50センチほどで長さが10メートル以上ある。それをユーリが軽くして、タクトとミアが柔らかくしている。

 味噌汁の鍋に例えられているのは、橋脚の外殻のことである。縦8メートル、横2メートル程の石膏の巨大な楕円形の筒を、テッツオの【竜殺し】を使って等間隔に川底に突き刺す。次に重さと硬さを加えたあと、水面から3メートルほどの高さに合わせて【固定】する。

 先程の石は、その筒の中に土砂と交互に切り入れていくのである。発泡スチロールで出来た作り物みたいに軽くて柔らかい石は、切り落とされた後に重さと硬さが復活する。筒の中が満たされて、強い水流にも流されない重さのある人工的な島ができていく。

 2月の半ばから3月の初めにかけての3週間で、ユールゴーデン側に9か所、モントローズ側に7か所の橋脚を作った。セントラスの建物建設より時間がかかるのは、水上な事、高所に足場を作った事、おまけに少人数の作業だったためである。


「ここに大工が櫓を建てて、その櫓同士を繋いで一本の長い橋にするのか」


 そう言うテッツオは、一番モントローズ寄りの橋脚の上でセントラスを眺めている。岸から点々と伸びる人工の島は、まっすぐセントラスの入り口【自由門】に向かっていて、出来上がりを想像するとワクワクが止まらない。


「テッツオさん、ちょっとよろしいですか」


 モントローズ側の土手からアンナが呼んでいる。神妙な顔をしたサリーもすぐ横にいて、只事ではなさそうだ。


「おーい、ちょっとみんな手を止めて」


 サリーの声に、作業する職人たちから戸惑いの声が起こった。

 恐る恐る足場を降りるテッツオとシュガーを、ひらりと足場までジャンプするユーリが追い抜いていく。


「何かあったの?」


 建設に深く関わってきたユーリも語気が荒い。

 サリーは難しい顔で口を開いた。


「橋の工事を一旦止めて欲しいんだわ。

 ねぇ考えてみて、橋の半分はカンバーランドの領内にあるでしょ。なのに届出も無く建設が始まって、完成も見えている。

 だから、勝手に道を伸ばし、橋を掛ける行為はカンバーランドの法律に反している。っていう文句が王都から来ちゃった」


 サリーの言い分に遅れて近づいてきたシュガーとテッツオも、あぁ〜と納得した。


「許可とか取ってなかったの?」


 振り向いたユーリに問い詰められて、シュガーとテッツオは何も言わず顔を逸らした。


「とりあえず他国と道が繋がるのに、国に報告しないというのは都合が悪いわ」


 普段は中央政府に批判的なサリーも、この件に関してはセントラス側に非があると思っている様だ。


「おまけに、橋が繋がると不利益を被る連中が騒ぎを大きくしているみたい」


 サリーの話を聞いて、テッツオはアーガイル内務大臣の顔を思い出した。

 内務大臣は、モントローズの南に隣接するアーガイル領の領主の弟にあたる。橋がつながって不利益を被るのを遅らせたい、という思惑が透けて見える。


「もしかして……?」


 というテッツオの呟きに


「あぁ、内務大臣ご本人が来てるよ」


 頷くサリーの言葉に、シュガーが大袈裟に頭を抱えた。




 会見の会場は、前回の会談と同じ侯爵館の天井が高い部屋である。アーガイル大臣は既に着席していて、その横にモントローズ侯爵夫妻とサリーが席についている。


「さて、橋について話をしましょうか」


 挨拶を終え、テッツオたちが席に着くや否や、アーガイル内務大臣はそう口を開いた。テーブルの上に組んだ手の人差し指が落ち着き無く揺れている。


「国境問題を解決した手腕は認める。だが、川を挟んだ二つの領域を自由に行き来できる状態は、あまりにも我が国の想定を超えている」


 大臣の抑えた声は、なおも室内に響く。


「このまま何の対策も無しに橋が完成してしまえば、双方の混乱は必至でしような」


 という大臣の嘆きに、シュガーがすかさず反論を始めた。


「具体的にどの様な混乱ですか?

 例えば、人口が増えすぎて犯罪率が上がるとか、住む場所を持たない貧困層が国中から集まるとか、そんな感じですか?」


 大臣は少しだけ後退りしながらも「まぁそんなところだ」と返した。


「なら大丈夫。モントローズには仕事が溢れています。例えば、街の南側にある古い漁村周辺には、新しく物流拠点が出来つつあります。職場はもちろん、一時的に移民を受け入れる集合住宅も建設の準備は進んでいるはずです」


 というシュガーの反論も


「しかし、対岸の異端者たちが何をしでかすかわからないではないか」


 大臣は勝ち誇ったように腕を組む。


「それはそちらの問題でしょう。我々は島の出入りについてキチンと管理をしています。門や船着き場以外からの出入りは不可能だし、手首に巻く入国の証に不正を働いた人間はいまだにいません」


 シュガーの反論は隙を与えずまだ続く。


「出入国を厳格にしたいのなら、警備を増やせば良いだけな話です。この街には、十分にその余裕があるでしょう?」


 モントローズ侯爵が遠慮がちに小さく頷いたのを見て、さらにシュガーは話し続ける。


「橋が出来るということは、モントローズ、セントラス、ユールゴーデンでひとつの大きな経済圏が出来るということです。ダンジョンを中心とした巨大な経済圏にヒト、モノ、カネが集まり続けます。

 何度も繰り返すけど、これはカンバーランドにとっても大変有益な事なんです」


 シュガーの言い分に、大臣は尚も反論する。


「急激な変革は周辺地域にも動揺が広がる。現に我が故郷のアーガイル領も冒険者が減り、害獣の対策が遅れる可能性も出てきている」


 大臣の反論も鼻で笑うシュガーは


「それは害獣の処理を民間に委託し続けた領主のミスでしょう。

 大臣に訊きたい。国の大臣であるあなたは、故郷に不利益があったとしても国の利益を第一に考えるべきだと考えるんですけど、どうなんですか?」


 と質問した。

 アーガイル内務大臣は狼狽えて、小声で「時と場合によるのでは……」などとボヤくので、


「つまり、国益よりも別の物を優先する時と場合があるという事ですか?」


 と、すかさず王族のサリーが横から口を挟んだ。大臣は口をつぐんだが、奇妙な唸り声が漏れ出している。


「だいたいモントローズとユールゴーデンの実質的な貿易は既に始まってるのに、アーガイル領からモントローズへの農作物の輸出は減ってないんだろう?

 両方の国中から冒険者が集まり始めてるから当然と言えるんだろうけど、その辺を見ないふりして周辺地域が困ってるって話だけをされてもこっちが困るんだよ」


 シュガーから敬語が消えた。


「しかもモントローズとユールゴーデンの上下流の地域で、船による定期便の就航の話も出てる。橋が繋がるかどうかよりもっとデカい話になってるってのに、いつまでちっちゃい事にこだわっているんだ?」


 シュガーの問いかけに、大臣は顔を赤くして反論する。


「しかし、橋の建設には中央の許可が要る。その許可もないままでの建設は許されない!」


 アーガイル内務大臣はそう言った後、大きく息を吐いた。

 沈黙が流れる。最初から橋の建設を見越して設計された島の計画が止まるのだ。

 その計画には、モントローズ侯爵家や各種ギルドも計画の段階から関わっている。中央政府の横槍で中断することに、皆が憤りを感じていた。


「ならば……」


 沈黙を破ったのはテッツオだった。


「ならば、我々セントラス共和国は、カンバーランド王国に対して【許可】を出します。

 どうぞ、我が国に繋がる橋を掛けてください。モントローズの河川敷に大まかな建材は用意してあります。橋の設計図もあります。

 あとはカンバーランドの皆さんが職人を雇って建設すれば簡単に橋は掛かります」


 いつもならにこやかに微笑みを浮かべるテッツオが、真顔で言葉を紡ぐ。顔の造りが整っているせいなのか、周りの緊張が手に取るようにわかる。

 それにシュガーが乗っかって


「許可は書面にした方がいいのかな。一応言っとくと、テッツオとユーリが居ないと建設の日程はものすごく伸びるぞ。そちらがちんたら建設しているうちに、向こう岸の橋は先に出来上がるからな」


 シュガーがそう言うと、席から立ち上がって入り口へと進もうとする。


「ついでに言っておく。俺たちは両方の橋が同じ時期に完成する様に努力した。

 橋の完成は、富や経済への影響だけじゃないからね。ダンジョンからの素材があちら側だけに輸出される事になっても、そうなった責任は工事を止めた大臣にあるからね」


 振り返るシュガーの視線にアーガイル内務大臣は顔を青くしている。

 セントラスでは、ダンジョン素材の売買や、素材を製品化される工房も盛んになっている。もし、橋が片方にしか掛かっていなかったら、素材や製品はこちらに入って来ない可能性が高い。

 貿易の問題だけで無く、国防にも関わってくる。


「待てっ、それは不味い」


 大臣も立ち上がって叫ぶ。


「っ、じゃぁブルーニュスは許可を取っているのか?」


 大臣の苦し紛れの問いかけに


「あちらは全権委任された王子がいます。この前なんか建設現場に差し入れを持ってきたついでに、興味深そうに見学して帰りましたよ」


 そう言ってテッツオも席を立つ。

 呆然と立ち尽くすアーガイル内務大臣に


「こういう時は素直に謝った方がいいと思うよ」


 微笑みかけるユーリの言葉に大臣の周りからも同意の声が出て、大臣は仕方なく謝罪した。

 結局、許可は橋の建設後に取る事となり、またサリーにもナパと同様の全権を任せては、という提案を中央に持ち帰る事になった。


 橋の完成は近い。

  



 

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