第34話 エゲン安ポンドル高
セントラスの商人たちは、朝一番に為替相場を確認するのが習慣になった様だ。街の中心【ともだち広場】の東西にある両替所は、集会場の朝の鐘の音に合わせてその日の為替相場を掲示する。
相場を確認しに来た者は書き留めたそれを自分の職場に持ち帰り、両替が必要な者はレートが得な方に並ぶ。
「だからこんなに暇なワケね」
ミア•フレールンはカウンターの奥にいる店主に声をかけた。店主の名はリオネル•ガーフィールド、ガーフィールド商会の三男坊にして、先月までモントローズ騎士団員だった男だ。
店には防犯の為の格子がついた長いカウンターがあり、窓口は3ヶ所あるが今はひとつしか開いていない。ティーセットを持ってカウンターから出て来たリオネルは、店頭のベンチにミアと並んで座った。
「そう、みんながポンドルを欲しい時にエゲンで高い値段をつけると、こういう事が起こる」
平気そうな顔でお茶を飲むリオネルの顔は、少しだけやつれた様にも見える。
「まぁ、モントローズに帰る人たちがエゲンに両替する為に、どんなに暇でも開けとかなきゃいけないんだけどね」
そう自虐的に笑うリオネルが淹れてくれた紅茶は、獣人向けなのか香りが抑えられていて飲みやすい。
「オレたち一般市民は、この国に居座る変人たちに振り回されてる。
それは面白くもあるが…」
「その数倍、疲れる」
ミアが笑いながら付け加えた。
【定着】の特技で物作りに革命をもたらしたテッツオ。いつの間にか誰とでも仲良くなるユーリ。突拍子もない方法で無理な事を現実にするシュガー。
異界人だけでなく、ナパ、サリー、ギルド長のフランツ、そして彼の父ロナルド•ガーフィールド、リオネルを振り回し悩ます変人は数多い。
「知ってるか?冒険者ギルドで支払われる通貨は、日付けが奇数の日はエゲンで、偶数の日はポンドルなんだってよ」
両岸の通貨を使える様にすると決めたシュガーの方針に、一番面白がっているのが鬼才フランツ•フォレストなのだろう。
ついさっき、この2人とアンナが、モントローズ行きの船着き場に向かって歩いていたけれど、また何か面白いことでもするのだろうか。
「そのせいで、成果報告を一日遅らせる冒険者もいるみたいだぞ」
そう言うリオネルの話を聞きながら、ミアは店内の壁に貼ってある折れ線グラフを見ている。
ここ3週ほどポンドルは高くなり続け、エゲンの価値は低くなり続けている。ダンジョンから魔石が搬出される様になり、モントローズの鉱石の需要が減った事が原因だろうと思われている。
両岸の冒険者のために2種類の通貨の報酬を用意した親切な依頼者が割をくっているという話も聞く。
「この前、親父に相談したんだ。エゲンが安くなりすぎるのは良くないんじゃないかって」
やはり、モントローズ出身だから地元のことが気になるかもしれない。同じ物を買う時、通貨が安いとより多い額を払わなければならない。
「ほっておけって言われたんでしょ」
ミアは笑って答えた。
オークションでミアと顔見知りになったロナルドは、ユールゴーデンの要人と繋ぎをつけたい時に彼女を使う時がある。
その事を彼の息子は知らない。
リオネルの生活がガラリと一転した様に、ミアの仕事の質も大きく変わっているのに…。
「今では当たり前になってるユールゴーデンからの食糧の輸入も、2ヶ月前みたいにアーガイルからに戻せば良いって思ってるみたいだし…」
ミアの言葉に、リオネルは何で知ってるのって顔で目を見開いた。
だが、ミアはまだ内緒にしている事がある。ロナルドが、アーガイルで穀物を密かに買い進めている事だ。そしてこのままエゲン安が続いた後、セントラスの商人に大量の穀物をポンドルで売る。商人たちは割安な穀物に飛びつくだろう。
すぐさま大量のポンドルをエゲンに替えるとしたら、穀物と為替で二重に利益をあげられる。
『その時、リオネルはどうするかな?』
そう言って不敵に微笑む父親の顔を思い出して、ミアはカップに残った紅茶を飲み干した。
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