第33話 ギルド職員は楽をしている訳ではない
「だいたい、みんな文句言い過ぎなんだよ」
ケケの声は大きい。緑色の髪で白い肌、すらりとした身体は見るからに不健康そうなのに、近くで作業をするウェルは何度か耳を塞ぎたくなるほどの声の大きさだった。
彼はセントラスの冒険者ギルドの3人いる副ギルド長の一人で、査定を含めたダンジョンの素材管理部門の責任者である。
ブルーニュス北部にあるダンジョンの街クルムでギルド職員をしていたが、人事交流でこの国で働く事になった。ここに滞在するナパとは遠い親戚で本人曰く【腹違いの叔父】らしい。
「冒険者は皆『下取りの額が安い』と文句を言うワケよ。俺たちの苦労も知らないで」
そう言うケケは、ツノコウモリの羽根を大きさと品質で5段階に仕分けている。冒険者の肩書きを持つウェルは曖昧に頷きながら、50枚ずつ重ねて紐で束ねた。
「あいつらはコウモリの羽根を一枚ずつ陰干しする手間を知らない。こうやってサイズごとに分けて束ねる手間もだ。それに束ねるための紐やツノをまとめて入れておく麻袋に金がかかるとは思っちゃいない」
文句が多いと言う本人の文句を聞きながら、ウェルは素材を並べていく。
窓の外は2月末なのに暖かい日差しがさしている。アプラス川を挟んで対岸のモントローズの土手では、橋脚を造る準備が着々と続いている。
「そもそもの話、我々ギルド職員が働きすぎなんだ。素材なんかお抱えの工房にチャッチャと卸せばいいんだよ」
ケケは手際良く次の魔物の選別に移っている。
冒険者ギルドには様々な素材がダンジョンからもたらされる。それを街に住む商人や職人に卸すのがケケの主な仕事だ。
月水金が薬草や魔物の肉、キノコなどの食品を扱う曜日で、春からは氷も扱う予定だ。
火曜と土曜は食べられない品、魔物の毛皮やツノや骨に加え、魔石もここで扱われる。
その食べられない素材の競りを明日に控えて、ウェルは商品を並べる作業を手伝っている。
ダンジョンの階層が浅い物は入り口近くにあって、深いところの物は奥まった場所に陳列されている。魔石など高価な物は明日の朝並べられる予定だ。
並べ終わったあと全てに最低価格をつけて、明日の午前中に近隣の業者で競りをする。
「こんにちは」
ふらりと鍛治職人のジルが部屋に入って来た。こうやって明日の商品を下見に来る職人も少なくない。
「お久しぶりです」
ウェルが手を止めて挨拶する。
オークションで審査員を共にしたことから、良くしてもらっている。この前はウェルが掘り出した魔石を使ってナイフを作ってもらった。
「あれ?今日はダンジョンには入んないの?」
ジルが聞いてくる。ウェルは普段はナパやサリーが潜る時に付いていく事が多い。こうやって誰かの仕事を手伝う姿は珍しいのだろう。
「最近は、お二方とも学校の準備が忙しいみたいで潜る回数が減ってるんです」
答えを聞いて、なるほどとジルは頷いた。
「学校…あぁその準備もあった」
話を聞いていたケケが、天を見上げる。
「ウチのギルド長、その学校で『ギルド職員養成講座をやりたい』なんてぬかしやがったんだ。それで、仕事の合間にテキスト作んなきゃいけないんだとよ。
なぁジル、俺の仕事にいつ合間があるんだ?」
ケケとジルはクルム時代からの顔見知りらしく、普段から軽口を叩いている。
「ギルド職員は現在20人、対してダンジョンに潜ってる冒険者パーティは40組を超えてる。宿の盛況ぶりを見るに、まだ増えそうだし…。
しかもだ。仕事の他に、ブルーニュスの本部にレポートも送んなきゃなんない。
鬼才フランツ•フォレストの作り上げたギルドのシステムは、ブルーニュスの3歩先を行ってるからな」
忙しそうに瞬きするケケは額に手を当てた。
大袈裟な動きに笑いを堪えるジルは
「なぁ、次からコウモリの羽根は臭い消しの処理までしてくれないかな?」
と言ってケケの気持ちを逆撫でした。ケケが殴りかかるフリをして、3人は笑い合った。
ジルは窓の外を見る。
「ギルド長は今日何してんの?」
と問うジルの視線はまだ外を向いている。
「新種の魔物が出たんで絵が上手い奴を探しに行ったよ」
とケケが返した。
ギルド長のフランツはフットワークが軽い。サボっている様に見えて、そのあと依頼を受けて来たりするから余計にタチが悪いのだ。
「オタクの鬼才、川原で石投げて遊んでるぞ」
ジルが笑いながら指差した先にモントローズの土手が見える。シュガーたち3人と建設作業員に混ざって、フランツが石を投げて歓声をあげていた。
地面スレスレから投げられた石は、水面で4回跳ねた。
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