第31話 脚の速さに自信はあるが

 ガーフィールドとハンマルビーの両商会が、ダンジョンのワープ装置の起動に賞金を懸けてからひと月が経った。だが、ダンジョンの攻略は思うように進んでいない。

 何故なら、ダンジョンの6層目が魔石を採掘できる洞穴層だった為だ。そのため、多くの冒険者がこの層に留まり続けてることとなった。

 ワープ装置を起動したとして、その賞金はまだ銀貨30枚ほどである。ならば、魔石を採掘して売りに戻った方が相当に利益率が高いのである。

 そこで、冒険者ギルドは『装置を起動した後の10年間、ワープ装置を利用する冒険者が払う使用料の一割を、起動したパーティに支払う』という追加の賞金を発表した。ギルドとしても、ダンジョンの情報が更新されない事に焦りを感じたのだろう。

 ピッケルやツルハシを手にダンジョンに潜っていた冒険者たちは、この発表に沸き立った。


 ユールゴーデンの山猫の獣人、ミトとキイの兄弟がその老人と初めて会ったのはそんな時だった。

 ともにスチール級の冒険者で、兄のミトは短剣使い、弟のキイは短い槍を使う前衛タイプである。声をかけてきたのは魔術師らしい大きめの杖を持つ老人で、回復役の白魔導士の若い女、そして老人の3倍ほどの大男を連れている。


「あんたら、脚は速いほうかな?」


 冒険者ギルドの掲示板の前で、老人は兄弟にそう声をかけた。


「あぁ、速いよ」


 兄より先にキイが答える。ユールゴーデンの丘陵地に育った兄弟は足の速さと持久力には自信がある。


「ワシらは【紫の炎】という冒険者パーティなのだが、前衛が抜けててな。よかったら一緒に11階まで行かんかね」


【紫の炎】といえばそこそこ名の知れたパーティである。そのパーティにワープ装置の攻略に誘われたのだ。


「やる!」


 キイが考えなしに答えて、兄のミトは焦った顔をした。ミトには少しだけ慎重なところがある。


「キイ、こんな時は慎重に判断したほうがいい」


 ミトは弟を諭す。

 老人はふふっと微笑んで


「ワシの名前はカノン、見ての通り魔術師だ。彼女は回復役のチャナ、あの大男は荷物持ちのブッチだ」


 3人は兄弟とにこやかに握手を交わす。


「本当は前衛がもう一人いるんだが、足が遅いから今回は休みにした」


 カノンは何気なく言う。


「足が速けりゃ誰でもいいのか?」


 ミトにはまだ疑わしさが抜け切らないのだろう。足が遅けりゃ仲間を置いて行く?そんな事ってあるのか?って考えてそうだ。


「もちろん、最低限の技術は要る。弱い魔物は任せるつもりだし、魔物からの攻撃は自分で防いでほしい」


 カノンがそう言うと、隣にいた白魔導士のチャナが難しい顔をして


「言いにくいんだけど、もし私たちで装置を起動した場合には、報酬は留守番の前衛の彼も含めて等分してほしいの…」


 なるほど、こんな事言われたら、上位ランクの冒険者には断られるわ、とキイは納得できた。

 だが、キイは俄然やる気になった。


「どうせ俺らだけで起動なんて無理なんだから、参加しようぜ。5分の1が6分の1になったってそこまで変わらないだろ?」


 キイの言葉に兄は渋々頷いた。

 冒険者の報酬は、探索で得られたものを参加者数で分割するのが原則となっていて、それができないパーティは長続きしない、とまでいわれている。


「上位の探索に参加できるのは、貴重な機会だからな」


 キイは渋々納得する兄の肩にポンと手を置いた。


 その日はダンジョンに潜るための準備を整えて、翌日の早朝にダンジョンへと出発した。ミトたち兄弟が先に進み、後ろから3人がついてくる。道案内を細かく指示するのは荷物持ちのブッチで、ギルドの地図に載ってないような近道を進み1日で5層を抜けた。

 層と層の間の階段は絶好の宿泊場所である。踊り場には既に先客がいて、キイたちは毛布に包まって階段に腰掛けて寝た。踊り場の大柄な冒険者のいびきがうるさかった。


 2日目も朝早く起きた。カノンは起きたばかりの踊り場の冒険者たちと楽しげに話したあと、一番最後に6層目に姿を現した。


 この日のキイたちは前日とは違いのんびりと進む。相変わらずブッチの指示は的確で、戦闘に参加しない荷物持ちなのに、このパーティに組み込まれているのも納得がいった。

 7層に入ると、魔物は強く硬くなっていく。ミトとキイの兄弟はこの辺りになると、魔物を倒すのではなくて、動きを止める事に専念するようになってきた。

 チャナが弱体化させた後、カノンが魔法で仕留める。そもそもブッチの道案内は、魔物に鉢合う機会が普段より少ない様な気がする。キイは、チャナとカノンの僅かな詠唱時間だけ頑張れば良いのである。まったく、こんなバケモノでもシルバー級なのだから、冒険者の道は果てしない。

 8層目を抜けた所で2日目の寝床とする。昨夜と違い平らな踊り場が空いていたので、5人はゆっくりと休む事ができた。


「おや、こんばんは」


 食後に明日の計画を話し合っていると、昨日のいびきがうるさい冒険者のパーティが階段を降りてきた。

 キイたちも挨拶を交わす。

 前衛の盾役と剣士、魔術師、弓使い、白魔導士の5人組で、いびきがうるさいのは一番イケメン風の剣士だった。

 魔導士と盾役が9層がどんな層なのか覗きに行って帰ってきた。


「砂漠だったわ〜」


 明らかにめんどくさそうな声で魔導士が帰ってきて、


「ウチの魔導士も同じ反応でしたよ」


 とチャナがカノンを指差して、階段にいる2つのパーティが皆笑った。

 11層のワープ装置の鍵は、10層目のフロアボスを倒した先で手に入ると推測されている。つまり、ここにいる2組のうち、どちらかが倒す可能性が高い。しかも、順調にいけばそれは明日だ。

 キイは眠れずに寝袋の中で何度か寝返りをしたが、身体は疲れていたのかいつの間に意識を失っていた。


「起きろキイ!」


 翌朝キイが目を覚ますと、もう一つのパーティは消えていた。


「やられたよ、昨夜ワシらは何か薬を盛られたようだ」


 そう言いながらも、カノンには焦りを感じない。ゆっくりと砂漠を進む準備をする皆に教えられ、ミトとキイも砂漠対策をする。

 強烈な日差しを避けるベールや、ブーツに砂が入らないようにふくらはぎに巻く布など、ブッチのバックパックから差し出されたアイテムを見よう見まねで装備していく。

 しかし、ブッチという男はなんでも持っている。チャナの無茶振りとも言える注文にも軽々と応えていて、キイは何度も驚かされた。


「さて、参りましょうか」


 カノンが明るく言って9層を進んで行った。

 一面に広がる砂と、青く澄んだ空、時折現れる赤茶色の大きな岩に濃い影を作る強烈な日差しが5人の体力を奪っていく。


「実は我々は、10層目のボス部屋の前まで行っているんだ」


 岩場で休息をとっていると、カノンがそう告白してきた。


「前回はこの9層目のボス部屋でウチの前衛が怪我を負ってね…。全力で走れない状態になった。

 その状態で10層目を進んだが、結局ボス部屋の前で引き返す事にした」


 カノンの目に無念の色が浮かんでいる。

 だが、この老魔術師は焦る事はない。のんびりと休息を終えて、歩みを再開した。


 9層のボス部屋の前には、既に彼らがいた。


「遅かったっすね。寝坊ですか?」


 ケタケタと笑いながら剣士がボス部屋の扉に手をかけようとしている。

 ボス部屋に入れるのは一つのパーティのみ。遅れた者は扉の前で順番を待つ事になる。


「9層のボスは【レッドキャンサー】だ。毒と火魔法に気をつけろよ」


 カノンが能天気にアドバイスして、最後尾に居た弓使いの肩をポンと叩いた。

 先を争うライバルからのアドバイスに、先を行く一行は訝しげな顔をしながらもボス部屋へ入って行った。


「何故、教えたんですか?」


 いつもは冷静な兄のミトも不服そうに声をあげる。キイも同感だった。同じ冒険者だからって彼らに手を貸す事はないんじゃないか。


「若い冒険者にはボス部屋の原則を知らない奴が多い。

 各層にフロアボスは必ず居る。

 フロアボスは倒された後、すぐにまた生まれる。

 すぐに生まれた個体は直前に倒されたボスよりも弱い。

 以上、3つの原則は覚えておいた方が良い」


 老魔術師は悪そうな顔でニヤリと笑った。


「しかも次の10層目は、このダンジョンの入り口のような造りで、降りた瞬間に突き当たりにボス部屋のドアが見えるの」


 そう言うチャナも悪そうな顔をしている。

 巨大なサソリを倒した後、後続がせっついている状態で再びすぐにボス部屋に入らねばならない。さすがシルバー級、いやらしい性格だ。


「でも、彼らが10層目のボスも倒したらどうなるんです?」


 ミトが心配そうに呟いた。

 ベテラン勢が鼻で笑った後、カノンは兄弟の手をぎゅっと握った。

 その瞬間、キイの意識に誰かの見ている風景が流れ込んできた。


「サソリ⁉︎」


 ミトから驚きの声が漏れる。


「弓使いが見てる景色だよ」


 そういえば、アドバイスした時、彼の肩を叩いていた。

 あの時に何か仕込んだのか。


「賞金が貰えるのは最初に10層目のボスを倒した奴じゃない」


 そう言った後、中の様子を伺うシルバー級の魔術師は呪文を唱え始めた。長い呪文を唱えるほど魔法の威力は上がる。

 意識の向こうで、先行のパーティが息を切らしながら10層への階段へ姿を消した時、ブッチが扉を押す手に力をかけ始めた。開いた扉の先に大きな赤いサソリがいて、その足元にはまだボスの再生に使われたであろう魔法陣の名残りが残っている。

 次の瞬間、音もせずサソリの頭部が地面に落ちていた。キイはカノンが魔法を発したのさえ感じる事が出来なかった。


「このまま待機な」


 湯気をたてながら消えていくレッドスコーピオンの死体のすぐそばで、カノンは腕を組んでいる。

 その横でブッチはバックパックを下ろし、荷物を整理し始めた。


「帰る準備をしましょう」


 チャナの言葉にミトが戸惑いの声を漏らす。


「いい?今と同じやり方でカノンが次のボスを殺る。装置の鍵を手に入れた瞬間からあなた達は走り始めるからね。水筒以外の荷物はブッチに預けなさい」


 キイはブッチに荷物を預けて、靴紐を結び直した。

 ミトはカノンの肩に手を置いて、先行パーティの様子を伺っている。


「おれもいつか自分のパーティでここまで来れるでしょうか?」


 ミトの問いに、カノンは無言で微笑んだだけだった。


 その後10層目のボスを倒した満身創痍の先行パーティを、カノンは扉の前で大袈裟に讃えて迎え入れた。ベテランの上級者に祝福されて嬉しそうだ。

 そして、怪我を抱えて家路を急ぐ彼らを見送ったわずか10分後には、老魔道士は鍵となる魔硝石を手に入れていたのだった。


 9層目のボス部屋に戻って来たカノンは、チャナとともに大男ブッチのバックパックに入り込み、すっぽりと収まった。


「では最短ルートで帰りましょうか」


 と明るく掛け声をかけた。


 その後の事をキイはあまり覚えていない。

 覚えているのは前を走るブッチの背中だけだ。そこにはバッグから半身を出したチャナがいる。ついていくのが遅れたならば筋力強化の魔法をかけられ、疲れたならば回復の魔法をかけられる。行手を遮る魔物はカノンが消す。

 3人は1日半走り通し、1層目の安全地帯の11層目へのワープ装置にたどり着いた。


「少年よ、あの冒険者達に悪いことしたと思ってないか?」


 ギルド職員に石を渡したカノンが、そう兄弟に問うてきた。

 遠慮がちに頷く兄と、まだ答えに至らないキイ。


「アイツらは踊り場でワシらを熟睡させただけじゃないぞ。2日目の6、7、8層目はアイツらに尾行されていた」


 あぁ、そういえば帰り道は全然違う道だったかもしれない。


「じゃあ1日目の夜からこの計画を立てていたんですか?」


 というミトの問いに


「いや、足が速い前衛を見つけられた時からだよ」


 と老魔術師は笑って答えた。それを聞いて、兄弟はますます自信をなくすのだった。

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る