第30話 弘兼漫画によくある会食中に状況を整理する回
カンバーランド王国はジョナという名前の大陸にある。そしてジョナ大陸には、他にユールゴーデンが属するブルーニュス王国、そして人間至上主義の帝国、チャハール帝国という大国が存在する。
3つの国は丸い大陸を単純に3分割している訳ではない。国境となる3本の大河を遡った源流域には、人類が踏み入れる事ができない【大森林】があるからだ。
大陸の中心、霊山メガルの裾野に広がる【大森林】は多くの魔物を伴い、人が多く住む大陸の周縁部に向かって侵食を続けている。
カンバーランドに国軍があるのはこれを食い止める為であり、【大森林】に接しない地域には金銭や物資、人材の供出が国から義務付けられている。
「つまり、セントラスからの上納金が、両方の地域を楽にさせたワケね」
そう言いながらもユーリは食べるのを止めない。
テッツオたち3人とアンナは、エバン•パセリの招待を受けて【ともだち広場】の南に接する【川猫亭】という名前のレストランにて晩ごはんを食べている。ダンジョン2層目に生息する叫びウサギのソテーは、肉の味とスパイスの風味が絶妙だ。ユーリの事を行儀悪いと思いつつも、テッツオはこの美味さなら仕方ないとも思える。
『食べ物屋に動物の名前が入ると潰れる』という迷信を信じるシュガーが、店主に店名の変更を必死に勧めたほどだった。
あのオークションの日から2週間ほど、街の建物の建設はほぼ終わり、ここに住居を持つ人間は続々と入居を始めている。正確にはこの島に住んでいる人間はテッツオたち3人だけという事になっている。なので言い直すと、この島に仮の住処を持っている仮の住民は、もうすぐ2000人を越えようとしている。
今日の話題は、エバン•パセリに約束した島に招待する研究者の人選である。食卓を囲んで回し読みしているのは、エバンが持ってきた変わり種の研究者のリストで、そこにはブルーニュスだけでなく、カンバーランドの研究者の名前も載っている。
シュガーは、研究の合間に街に住む子供たちに読み書き等を教えてもらいたいらしく、研究者の人となりを詳しく質問していた。
その過程でユーリから出た何気ない質問
「そもそもなんで軍事転用される学問だけが幅を利かせるの?」
に答える様に、エバンの即席の世界情勢講座が始まって、前述の【大森林】の話になったのだ。
「3カ国以外に国は無いんですか?」
テッツオにそう聞かれてエバンが答える。
「ここ、セントラス以外はありません。国に属しない流浪の民などはいますが、とても少数です」
「海の外には?」
シュガーの質問には
「さぁ、わかりません。誰も行った事がありませんから」
エバンは素っ気なく言った後、ワインを口にした。
もしセントラスで出来上がった革新的な建設技術で、大海を進める巨大な船を造れたならば、それを操れる航海術を持つ人はいるのだろうか?海で出た魔物に対処出来るのだろうか?
「我々が前にいた世界でいえば、宇宙人はいるか?って話だな」
シュガーはそう言ったが、テッツオからすると、彼も海の外にも行きたそうな顔にも見える。
「さて、名簿に戻りましょう」
ユーリはウキウキでページをめくり、変わり種の研究について質問していく。
対してシュガーは、研究内容よりも人柄を気にしていて、その辺りを詳しく聞いているところが面白い。
睡眠魔法と寝具、野菜で作る代替ポーション、馬車の車幅と車輪間隔、石灰と強化レンガ、衣服と民族衣装、鉱山の採掘史、遡上する魚の生態などなど。
「強化レンガの人は決定だな。ダンジョンの遺跡もどきを見せたい」
シュガーが嬉しそうに言う。建築を学ぶ人があの建物を見たらどういう反応をするのだろう。
「でも、ダンジョン自体を研究する人っていないの?」
と、ユーリがまた疑問を口にする
「ナパ様はその分野の第一人者ですよ。現王のご子息の中でも、学術に明るいひとりですから」
エバンの答えを聞いて、ユーリが椅子から転げそうになった。
「ナパって王子様なの?」
「ガラ•ブルーニュス王の35番目のお子様で、王位継承権はありませんが、一応王子ではあらせられます。レグザンド家という古い家名を継いでらっしゃいます」
エバンの説明を聞いても驚かないシュガーは、それを知っていたみたいだ。
「150年前の会談の事を聞きたいから、なんとか王様に会わせてほしいってお願いしたんだけど、断られたよ」
と、シュガーが笑って
「そりゃあダメでしょうね」
と、エバンも笑った。
前体制を倒し、大陸を3分割する事が決まった会談に参加していた3人のうちの1人がまだ生きている。それを知ったテッツオとユーリはまた言葉を失っている。
確かに【ガラ】という長さの単位は、王様の名前から取ったって聞いていたけど……。
「全ての生き物は短命な種族ほど繁殖力が強いんです。
逆に長命なエルフ族は滅多に妊娠しません。しかしガラ様は魔法詞が【見境なさ】ですから、常に周りにそれ用の女性が準備されていました。子を作りすぎた現在は王の周りには男性しか近付けないそうですが……」
エバンの話を聞いて、ユーリは露骨に嫌な顔をした。
「なるほど、それで東側の門の名前が【規律門】なのか」
と、シュガーが腑に落ちたという表情を見せている。
絶対的な王と、その一族が治める国。統治者が有能な場合、たいてい法の整備は遅れる。【規律門】とはそういう国に対する皮肉かもしれない。
さらに法や前例に囚われすぎるカンバーランド側には【自由門】と名付けたエバンのセンスに、テッツオは重ねて感心した。
「さて、採用方針は何となくわかりましたので、こちらで採用をしておきます。
学園長はユールゴーデンのグラン•フレールン氏、副学長はモントローズのミランダ•ローガン様にお願いする方向で進めます。
あと、ナパ様とサリー様も授業を持ちたいとおっしゃっています」
いつも暇そうにしている2人が様々な研究者に絡んでいる様が容易に想像できる。
シュガーが望んだ教育機関と、エバンが望んだ研究機関。学問に貪欲な人を巻き込んで、大きく形になっていく。
セントラスで最初の学校は4月に開校予定だ。
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