第28話 審査員たち

 集会場の内部を初めて目にした時、テッツオはしばらく言葉を失った。

 高い天井と、それを支える太い柱。正面のステージの背後には、何のメッセージ性もない幾何学模様のステンドグラスが煌めいている。よく見ると、柱や壁には細かい細工が施されていて、ドアノブや窓枠も凝った細工がしてある。

 テッツオにしてみれば、なんとなく伸ばした事のある素材がそこらじゅうにあって、組み合わさった結果、この大きな建物になったというのは何とも感慨深い。

 しかも、建設期間はわずか一月半である。無限に沸き続ける素材、片手で持ち上がる巨大な建材、ノコギリやノミを使わずにできる加工。この集会場は、建設業界に起きた技術革命の、最初の集大成かもしれない。


「てっちゃん、こっちだよ」


 シュガーが大きく手を振ってテッツオを呼んだ。昨年の大晦日に、侯爵夫人のナオミとシュガーの抱擁現場をテッツオが目撃した後も、彼は何事も無かったかの様に接してくる。だからテッツオも何もなかった事にして、誰にも漏らしていない。


 まだ開場前という事で建設に関わった職人達が細かい調整をしている。なので会場には人はまばらだ。

 だが、ステージの前にいるシュガーの横にはユーリとミア、それに冒険者のウェルがいて楽しそうに話をしている。その横に男が2人、1人は若者で、もう1人は杖を持ち椅子に座っている。


「テッツオです。はじめまして」


 若い方の男と硬く握手をする。


「ジルです。鍛治職人です」


 握手する手は硬くカサついて暖かい。あぁ彼がユールゴーデンの眉間王子か。

 テッツオの視線に気づいたのか


「私の異名を知っている人は皆、私の眉間に皺がよっていない事に不思議そうな顔をするんです」


 ジルはそう言って笑った。

 もう1人の老人も立ち上がって、テッツオと握手を交わす。


「ロナルド•ガーフィールドだ。会えて嬉しいよ」


 仕立ての良いジャケットの生地の擦れる音がする。穏和な老人は、あちらの世界に残してきた母方の祖父と同じ匂いがして、テッツオは少しだけ切なくなった。


「いつも息子がお世話になっているそうで……」


 にこやかに語るロナルドはモントローズ一番の商会の会頭であり、リオネル•ガーフィールドの父親でもある。鼻筋や広い肩幅に遺伝子の強さを感じさせた。


「いえいえ、こちらで楽しく過ごせてるのはリオネルのおかげです」


 そうテッツオが返すと、ユーリとシュガーも大きく頷いた。

 大商会のトップならもう少しギラついていそうなのに、ジルやウェルとも親しげに話すところを見ると、人懐っこさはモントローズの人々の気風なのかも、と再確認できた。

 挨拶も落ち着いたあと、咳払いをしてシュガーが話し始めた。


「全員揃ったようなので、さっそくですが今日の皆さんの役割を申し上げます」


 また変なことを語りだした。と、周りで聞いているテッツオたちがニヤケだした。


「皆さんには審査員をしてもらいます。命名権を落札した人に【支払い能力】があるかの判定をしてください」


 モントローズの商人に顔が広いロナルドと【用心深さ】のウェル、たぶん鍛治師のジルにも何かあるのだろう。


「ちょっと待って、わたしが呼ばれた理由って何?」


 ミアがシュガーに尋ねた。


「ハンマルビーの会長に断られたんだ。だから、その代わり」


 シュガーがそっけなく答える。


「この前会った時、船酔いがキツそうだったからな」


 ロナルドがそう付け加えた。

 風魔法で水上を滑るように進む船はセントラスを挟む両岸で名物になりつつある。この時代にはありえない速さであり、乗る人を選ぶ乗り物でもある。

 たぶん島と両岸を結ぶ橋が掛かった後もアトラクションとして残りそうだ。


「ところで審査員って何をするんだ?」


 と、ジルが問いかけると、待ってましたとばかりにシュガーが話しだした。


「普通のオークションって一品ずつ出品して、値段を釣り上げあうイメージだけど、それって釣り上げる人がいてこそ盛り上がるものなんだよ」


 視線を向けられた当事者のロナルドが素知らぬ顔で目を逸らした。オークションに参加するだろうといわれていたガーフィールド商会は、先日撤退を表明している。


「だから、今回は逆の事をする」


 今回もだろ?ってテッツオは思ったが黙って続きを聞く。


「まず見てくれ」


 シュガーが指刺したのは、正面の舞台にあるセントラスの大きな地図だった。そこには所々に紙がピンで留めてある。紙が貼ってある場所は今回命名権を販売している場所だった。


「なんか、冒険者ギルドの掲示板みたいだな」


 ウェルがグッと覗き込む。

 その横には、テッツオたち異界人には馴染みのある形のものが置いてある。


「体育館の得点をめくるやつ!」


 ユーリがそう言って懐かしむ。幅2メートルほどの木材の枠に、7〜8枚の数字が書いてある布が何枚か暖簾のように吊り下げてある。


「正確にはスコアボードな。アレに金額を表示する。最初に高い金額を表示していて、少しずつ値段を下げていく。そして買いたい場所の紙を剥がした瞬間の、スコアボードの金額がそこの命名権の買い値になる」


 シュガーが誇らしげに鼻の穴を膨らます。


「落札者がその金額を支払う事ができるかを私たちが判定する訳か」


 ロナルドが胸の前で腕を組んで唸る。


「客席最前列の審査員のテーブルには、いくつかの赤と白の玉を置いてます。そして、それを転がすレーンがテーブルの前に目隠し付きで設けてあります」


 客席の最前列に設けられた審査員席で、実物を見ながらシュガーが説明する。ピンポン玉を少し大きくした様な玉が並んでいた。


「落札者には、紙を取った後に落札した理由と付けたい名前を話してもらいます。皆さんはそれを聞いたあと、命名権をあげていいと思ったら赤、ダメなら白の玉をレーンに転がして下さい」


 レーンの最後は大きめなろうとの様な造りになっていて、穴から出てくる赤と白の玉が下で待つガラスの皿に一つずつ落ちてくる仕組みか…。

 ウェルが玉をいくつか転がして、ぽとりぽとりと落ちる玉を眺めて感嘆の声を上げた。


「石工のタクトに手伝ってもらって、ちょうど良い穴の大きさに調整したんだぞ」


 魔法詞が【硬さ】の少年タクトは、セントラスの方々の建設現場で引っ張りだこの人気者である。彼は何に使うと思って、この陶器製のろうとの出口部分を柔らかくしたのだろう。

 テッツオは、せっかくならEテレのあの番組みたいに、合格の時に旗が揚がる仕組みに出来ないかと考えたが、めんどくさくなってやめた。


「落札の理由と付けたい名称を発表か。手を引いてて良かったよ」


 そう言って、ロナルドが審査員席の端の席に座った。続けて語る。


「しかし、モントローズからは私一人で良いのか?」


 ロナルドの横に続々と席に着いてステージを眺める審査員たち。確かに異界人2人と、ユールゴーデン出身3人に対して、モントローズ出身はロナルド1人である。


「大丈夫。審査員の振り分けは、異界人2人、両岸に知り合いが多い人1人ずつ、それと鼻が効く人2人っていう内訳ですよ。人選に文句を言う奴には遠慮なく白玉流しちゃってください」


 そうシュガーに言われたロナルドが平然としているのを見て、テッツオは少しホッとした。息子のリオネルと同じで、彼も出自とか気にしないタイプかもしれない。


「一応、僕らは冒険者ギルドと鉱工業ギルドの推薦って事になってますから」


 ウェルがジルの方を見ながらそうフォローした。


「で、いくらからスタートするの?」


 ユーリがテーブルの上で指を組んで、ステージに立つシュガーに向かって問いかける。話し方が海外のオーディション番組っぽい。


「ナイス!それを会頭に聞きたかったんだ」


 舞台の上だからかシュガーも動きが大きい。


「あぁ、高い値ならだいたい150万位だと踏んでいたよ」


 ロナルドの発言に隣のミアが少し後退りした。

 1エゲンも1ポンドルもだいたい10円ぐらいの価値がある。150万なら1500万円ってことか。それをいくつも落札しようとしてたなんて……テッツオは小さい悲鳴を漏らした。


「ならば、180万から始めましょう。支払いはどっちの通貨でも良しって事で……これで大丈夫かな?」


 シュガーはロナルドが頷くのを見て、スコアボードの布をめくってみせた。

 それを初めて見る4人が、おぉっと声を漏らした。



 

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