第27話 斜め後ろにいる

 ナイジェル•ジャービスは今日もサリー•サーマックの斜め後ろに立っている。

 サリーは、王位継承権は無いが王族の一員であり、カンバーランドの錬金ギルド第四席という身分である。だが警備担当のナイジェルを信用しているのか、あるいは楽天的な性格なのか、こうやって他の冒険者との会話に加わっている。


「呪いだね、これは。冗談でも壊そうとしたら、大変な事になるよ」


 彼女が指さしたのは巨大な5つの貯金箱。ガラス製の貯金箱は、高さはナイジェルのヘソあたりまで、太さは大人の腰回りほどある。盗難防止のためか、細かい文字が記された帯状の布が巻き付けられていて、迂闊に触れ辛い雰囲気がある。


「しかし、銀貨7枚ってケチ臭いな。700エゲンなんて、その辺の宿一泊分だぞ」


 一緒に眺めていた冒険者のひとりが呟いた。

 彼らの視線の先、セントラスの冒険者ギルドの掲示板に最初に貼られた依頼は、川を挟んだ両岸のそれぞれ一番の商会、ガーフィールドとハンマルビーの両商会連名で出されたものだった。

 依頼内容は、転送装置の起動とその使用権を冒険者ギルドへ譲渡すること。

 報酬は、1日銀貨7枚。


「わかってないなぁ、両商会が1日おきに貯金箱に7枚銀貨を入れるんだよ。それぞれに1枚づつ、最後の【61層】には3枚、毎日賞金が増え続けるって、相当面白いと思うけど…」


 サリーの言葉に周りの男たちが、なるほどと頷く。


「さらに面白いのは、起動した層の賞金はそのあとは次の層に上乗せされるってトコだよ」


 依頼掲示板にただ一枚貼られた依頼の前でサリーの熱弁は続く。


「【11】の層が起動した翌日から【23】の貯金箱には銀貨が2枚ずつ入れられて【23】の層が起動した後は【37】の貯金箱に毎日3枚ずつ入れられる。

 中身の見える貯金箱に銀貨が溜まっていくのを見ると気分が上がらない冒険者なんていないでしょ」


 ナイジェルは熱く語るサリーを見ながら、仲良くしているナパの影響をひしひしと感じた。

 しかし、ナイジェルはこの依頼のポイントは別にあると思っている。そして、サリーはたぶんそれに気づいていて、わざと触れていない。


「しかも、チャレンジ中にパーティから死者が出た場合、賞金が半額になるってペナルティがついてる。加熱しろなのか、冷静になれなのか、コイツらはどんな立場だよ」


 冒険者たちと一緒にサリーは大声で笑った。

 王族や貴族といえば偉そうに踏ん反り返る人物が多い中、彼女やブルーニュスのナパの様な人当たりの良い人物が【人質】で本当に良かったと、ナイジェルは改めて思った。


 ふと横を見ると鍛冶師のジルとキャロが二人揃って2階から降りてきた。


「サリーちゃん、久しぶり〜」


 サリーにちゃん付けした上で肩を組むキャロという鍛治師は、サリーの錬金工房の2件隣に店を構えている。

 あっけらかんとした性格で、サリーの人格に影響を与えているひとりだ。


「あら、二人揃って何のご用かしら?」


 サリーが最近のお気に入り【貴族口調】ですまし顔をすると、周りがわっと吹き出した。


「鉈の納品よ。ついでに、3層目の情報収集」


 3層目には草原地帯が広がっていて、巨大な牛や羊がいる事は知っているが、下層の入り口やフロアボスはまだ確認されていない。


「それより、ガーフィールドとハンマルビーがオークションに参加しないって噂は本当なの?」


 キャロは興奮気味に問うてきた。


「本当よ。そのせいでうちらの役人も大慌てらしいわ」


 とサリーが笑った。

 役人たちが慌てる理由は門の名前である。

 通りや広場と違って、門にはくぐるという行為が伴う。もし遠い将来、王族や貴族がこの国を訪れる事があるかもしれない。その時、彼らがくぐる門に不敬な名前が付けられたらどうなってしまうのか、などと心配しているのである。

 元々はオークションといいつつ全ての命名権は、ガーフィールドとハンマルビーの両商会が落札し合うと思われていた。そしてカンバーランドとブルーニュスの両政府は、空気の読める両商会が一番大きな門の命名権を王家に寄贈するだろう、との甘い考えを持っていたのだ。

 だが、ここにきての撤退。誰が命名権を落札するか混迷を極めている。


「時間的に中央にお伺いを立てるわけにもいかないし、役人たちの手持ちの予算も限られてるしね」


 自分も王族のくせに、サリーはお付きの官僚たちの手詰まりっぷりを面白がっている。


「それにオークションの方法がまだ発表されてないんでしょ?」


 キャロも楽しそうだ。


「あのシュガーがまともなオークションをするわけないからな…」


 隣にいたジルが口を挟んで、周りの人間は皆深く頷いた。


 オークションは3日後、中央の広場の北側にある集会場の完成祝いも兼ねて行われる。場所と時間以外の事柄は今もまだ隠されたままで、責任者のシュガーに近しい人間には探りを入れる問いかけが後を絶たない。


「行くのなら一緒に見物しましょうよ」


 と誘うサリーに


「あなたは貴賓席でしょ」


 とキャロが笑う。


 じゃぁまた、と手を振るキャロとジルを見送りながら


「自然な仲の良さだよね」


 とサリーが目を細めた。

 究極のところ、サリーは種族や出身、果てには貴族平民といった身分の差まで無くしたいのかもしれない。

 ガーフィールドとハンマルビーが共同で賞金を出した事や、ジルたちの様に自然と仲良くする両岸の出身者たちが現れた事。それぞれの壁がいつの間にか消えていたなら……。


 ナイジェルは今日もおちゃらけて笑うサリーの斜め後ろに立っている。



 

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