第26話 リオネルの報告と彼の思惑

 ガーフィールド商会会頭のロナルド•ガーフィールドは独り暖炉の火を見つめている。夕食後はすぐに寝床へと向かうロナルドだが、リオネルから内密な話があるとの伝言があり、リビングの長椅子でワインを傾けて息子の到着を待っている。

 そもそも恒例の一族の食事会が開かれたその夜に、リオネルは改めて密かに出直すと言う。島の首脳に近い彼の報告を待つのは楽しみであり怖くもある。


「お待たせしました」


 リオネルが静かに入室して来た。先程と同じ服装である。父親の向かいに腰掛けるなり「早速ですが」と話し出す。


「今日の午後、ダンジョンの調査に入っていたパーティが重大な発見をしました」


 2人の間にダンジョンの1層目の地図を広げて説明を始める。


「1層目の古代遺跡を模した層に安全地帯を見つけました。さらに、その中に先の層にワープ出来るであろう機械を発見しました」


 わざわざこれを言う為に人払いさせたのか?


「まだ先の階へは行けないのか?」


 少しだけ声にイライラが乗ってしまったかもしれないと、ロナルドは質問したあと鼻を掻いた。


「はい。鍵になるものをはめる穴があります。

 その装置は全部で5つありまして、それぞれにテッツオたちが前にいた異界の文字が書いてありました」


「つまり、調査班に異界人がいたからこそ気付けた訳か」


 ロナルドの素早い指摘にリオネルが目を大きく開いて固まっている。

 異界の文字が書いてあった事について考えすぎて、その文字と発言者の巡り合わせの意味までは考えが回らなかったらしい。運命、奇跡、偶然。歴史上の人々が神の存在を認識する瞬間はこんな時なのかもしれない。


「あまりに出来過ぎた物語ではあるが、このダンジョンを彼ら異界人が作ったとは言い切れないぞ」


 ロナルドはそのまま続ける。


「例えば、その装置を最初に見つけた人間が理解できる言葉が表示される仕組みかもしれないし、元より階層のボスを最初に倒したのも異界人ではないか」


 なるほどと頷き、リオネルは正気を持ち直した。


「そこには、11、23、37、47、61と5つの数字が書かれていました。ミーティングの参加者の多くはその数字の階層まで行けるのではと推測しています」


 リオネルの説明にロナルドは大きく頷く。しかし、国内でも30層を超えるダンジョンなど聞いた事も無いのに、60層とは……。


「シュガーが面白い事を言っていました。ダンジョンは成長するのではないかと。

 つまり、中の魔物が倒される事なく長年放置された結果、中のダンジョンが下へ下へと伸びていったのではないかと」


 なるほどそれならば都市部のダンジョンが浅い事にも理由がつけられる。

 国境の川、島を守る大トカゲ、様々な要因があのダンジョンを成長させたのか。


「前代未聞の大ダンジョンです。やがて島に大量の冒険者が来ます。他の領地の商人は島で営業は出来ませんが、モントローズとユールゴーデンに押し寄せるでしょう。それに備えよというのが彼らの言い分です」


 リオネルの説明を聞いてロナルドは腕組みをして天井を見上げた。

 暖炉の火が爆ぜる音が聞こえる。


「オークションの準備はどうなってる?」


 来週に迫った、島の通りや門の名前の命名権のオークションの事である。


「参加券、資金ともに準備は万端です。対岸のハンマルビーを圧倒出来ると考えています」


 命名権を競り落とす事は十分な宣伝になると意気込んだ結果だ。


「では、オークションから手を引くぞ」


 ロナルドはいつも以上の低い声でそう言った。それを聞いたリオネルは前のめりになる。


「何故ですか?我々の名前が未来に残るチャンスですよ。この機会をみすみす逃すのですか?」


 前のめりになった息子とは反対に、ロナルドは背もたれに頭を預けた。


「その資金は賞金にしよう。機械を起動させた冒険者に渡す賞金だ。

 そうだ、ハンマルビーも誘って両商会から出すのも良いな。リオネル、近いうちにあちらのトップとの会談をセットしてくれ」


 少し間を空けて、リオネルは嬉しそうに頷く。

 息子は心配していたのかもしれない。

 オークションで両商会の金額の吊り上げ合戦があれば、島で問題になりつつある島を挟んだ両岸の対立はさらに悪化するだろう。対立は互いの体力を消耗させる。つまり他地域から流入する商人に、付け入る隙を与える事になる。


「ふん、嬉しいくせに」


 父親の指摘にリオネルは混じり気のない笑顔を返した。

 息子がハンマルビー一族の娘と仲良くしているとの噂は、ロナルドの耳にも入って来ている。このまま両岸の、両商会の対立が続けば、困るのは彼らではないか。


「お前たちの交際を認めた訳ではないぞ」


 ロナルドは厳しい顔で言ったつもりが、つい吹き出してしまう。


「父上、寝言を言うには、まだ時間が早うございます」


 リオネルはそう言うと、頭を下げて部屋から出ていった。足取りは軽い。


 ロナルドは考える。

 今の話を、一族が揃う食事会の場で話していたのならこんな結果になっただろうか。いや、血の気が多いリオネルの兄たちは、オークションからの撤退など考えもしなかっただろう。

 笑みを浮かべたロナルドは、次の世代の事を思いながら、しばらく暖炉の火を見つめていた。

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