第25話 見えないところを見てみよう
ウェルの住居は島を囲む城壁住宅の最北端、冒険者ギルドに一番近い場所にある。ギルドの2階から北東の通用門の上の通路を通り、一つ目の部屋である。
最初は『こんな便利な部屋に住めた』と嬉しくなったが、今では『こんな便利な男をここに住まわせることができた』というギルド側の都合なのだとわかる。
連日ウェルは、ナパかサリーか、あるいはその両方の付き添いでダンジョンに潜っている。2人とも国の要人なので、遅刻はできない。
ナパから貰った防御補助の魔法が添付された指輪を付け、サリーから貰ったマジックバッグに予備の靴と防寒具をしまう。
ウェルの魔法詞は【用心深さ】である。高価なプレゼントを貰った当時は、2人へのちょっとした不信感がよぎった。だが、ギルド長のフランツに言わせれば、それらは彼等からしたら端金で買える物らしい。
「あの2人がこの国にいる意味は、謂わゆる人質みたいなものだ。両岸が『この島に攻め込まない』意思を互いに見せ合うっていう大事な意味がある」
フランツから可哀想な境遇を聞かされなくても、ウェルは2人の事を快く思っていたし、ギルドから出る月給と歩合給は正直貰いすぎではないかとも思っている。
約束の時間より早くギルドに向かい、地図の更新と持参する携行食や医療品の確認をした。
ギルドの内装はほぼ出来上がり、職員や冒険者もぼちぼち出入り始めている。壁にはダンジョンの1、2層の地図、まだ何の依頼もない掲示板、パーティ募集のポスターなんかも貼ってあった。
「ウェルおはよう」
眠い目を擦りながらテッツオが近づいてきた。起きたばかりなのがひしひしと感じられる。ウェルはおはようと返した後
「やる気の無さが染み出してるよ」
と笑って返した。
今日の探索のそもそもの発案者はテッツオである。ナパやサリーと同席していた食事の席で
『ダンジョンのマップの外、普通の人が行けない所にはレアアイテムってあるの?』
などと口にしてしまったために、それの確認に駆り出されたのである。
いつもの手順で作った100ガラ程の長さのハシゴを背中で背負える位に短く用意する。それを【元に戻す】で戻して登り、ダンジョン1層の建物の、見えているけれど出入り口の無いベランダや屋上を調べるのである。
「だって、俺なしじゃ回んないんだろ?」
テッツオの濃いブラウンの美しい髪には派手に寝癖がついている。テーブルに突っ伏してウェルを見上げる彼がこの国の大統領だとは、知らない人から見たら誰も信じないだろう。
正確に言えば【重さ】を自由にできるユーリが宙に浮いて確かめるという方法もあるが、ツノコウモリも出て危ないのでハシゴでいこうとなったのだ。
ウェルは6本のうち5本のハシゴをマジックバッグにしまって、残り1本はそのままテッツオの荷物に括り付ける。
突っ伏してダラけているのに、テッツオの周りにはどんどん人が寄ってくる。
来週のオークションヘの報告、橋の建設を任せる人選、入浴施設の建設計画、歓楽街の顔役との面会予定。
シュガーが選んだ文官達の報告が終わると、今度はご近所さんが嫁の斡旋やら苦情やら世間話やらを呟いていく。
ウェルは、ぼんやりと生返事を繰り返すテッツオを大丈夫か?と心配していると、ナパ達が到着した。
「モテモテだね」
サリーが遠巻きに眺めるウェルの横に並んだ。サリーの後ろには今日もナイジェルがいる。
「ミアもボーッとしてると先越されるぞ」
そう言うナパの隣には、美しい銀狼の獣人のミア•フレールンが顔を赤くしている。ナパの付き添いは日替わりだが、今日はミアらしい。
「皆さん揃ったようなので、出発しますよ」
急ぎ足でテッツオを呼びにいくミアに、残りのメンバーが生暖かい笑みを向けた。
「いつ見ても完璧な遺跡だよなぁ」
ダンジョンの第一層に降り立ったナパはそう感嘆の声を漏らした。
細かい装飾の石柱、所々で崩れ落ちた石壁、そこに侵食する植物たち。ナパはこれらの遺跡は作り物だと断言した。
「だって、あのボス部屋の扉の真新しさ見ただろ?」
その扉を開けた張本人のテッツオに訊く。
「確かに、重すぎてたり錆びてたりはなかったな」
テッツオは首を傾けて思い出そうとしている。
元々あった文明が滅んで、長い年月をかけて遺跡になった訳ではなく、誰かが遺跡っぽい物をダンジョンに作ったという訳か。それなら3階昇って4階降りた場所にボス部屋があるのも、ウェルには納得できる。
先頭ではミアとナイジェルが鉈でブラックウッドを刈っている。周辺の鍛治屋では斧や鉈が飛ぶように売れているらしい。
「まずはあの一番高い塔に登るからね」
サリーが改めて言った。
今日の目的は屋上やベランダに宝箱がないか探す事だ。そのためにまず高い場所から見てみる事にしたのである。
塔は周りの建物と同じく黄土色の石で作られていて、他よりも一階ごとの天井が高い。両手を広げた程の直径の柱が周囲の壁を支えていて、柱の間には光取りの長細い穴がある。外から見た感じでは屋上まで6層ほどありそうだ。
遺跡に似合わない真新しい扉を押して中に入る。吹抜けの広い空間とそれを支える太い柱、丸い空間に沿って上階に向かう階段が見える。
壁や天井が壊れて崩れ落ちた場所はあるが、シンプルで機能的な建物の内部に外から入る光が当たる美しさに、一同は感嘆のため息を漏らした。
「ウェル、魔物の気配はあるかい?」
そうナパが尋ねた。
ウェルは息を止めて【探索】の魔法を唱えた。建物に魔物の気配は感じなかった。
「いえ、魔物はいません」
ウェルの返答にやっぱりと頷くナパとサリー。
「セーフティゾーンかもしれないね」
サリーの答えにミアが驚く。
「セーフティゾーンってもっと下の層にあるイメージでした」
そう言いながら階段を上って2階へ向かった。ウェルは早足で進むミアに「罠は無さそうだよ」と大声で伝えた。
2階は1階とは違い込み入った作りになっていた。長い廊下と点在する小さな部屋、魔物や罠の気配はない。何事もなくそのまま3階に上がる。
改めて見ると、建物の朽ち方がウェルにもわざとらしい作り物に見えてくるのが不思議だ。階段に瓦礫は落ちているのに、人の通りを塞ぐ程ではない。長い廊下とその先の行き止まりは、誰かが暮らしていた建物なら絶対に必要のない作りだった。
ナパが瓦礫の中から金属の棒が飛び出た石を見つけてはしゃぎ始めた。
「テッツオ、石から鉄が生えているぞ」
テッツオは、この世界のちょっとした事にも大袈裟に反応しがちなところがある。
「あぁ、それは鉄筋だよ」
予想に反して、テッツオは平然と答えた。
「鉄の周りをコンクリートとかで固めて強くする作り方だよ」
「コンクリートとは何だ?」
サリーが興味深々に問いかける。
「えぇっと、砂っぽい物に水を入れて混ぜるとドロドロになって、確か木で作った枠に流し込んで時間が経つと固くなるんだ」
テッツオの話を聞いた全員の頭の上にクエスチョンマークが見える。
「とりあえず、その石を持って帰ってから、シュガーに聞いてくれ。たぶんあいつは知ってるはず」
上手く説明出来なかったのが恥ずかしかったのか、テッツオは早足で歩き出した。
その時である。ウェルの目の前でテッツオが消えた。
「落とし穴?」
ナパがウェルの方を見る。罠の気配は感じなかった。ウェルの背中に冷や汗が流れる。
「おーい」
穴の奥から呑気なテッツオの声がする。
「変なの発見したんだけど、どうする〜?」
その声を聞いてすぐに飛び込もうとするミアを押し留めて
「とりあえず、ハシゴを伸ばしてください」
ウェルはそう言うと、覗き込む一行を後ろに下がらせた。
【竜殺し】と穴の底から音もなくハシゴが現れて、3階の天井にめり込んだ。
「相変わらずすごいね」
ナパがハシゴを降りていく。ウェルは【元に戻す】を【竜殺し】って名前に変えたんだって気付いて笑いを堪えた。
灯りに照らされて部屋の全貌が見えてきた。窓のないその空間には、大きめのベッドが入りそうな位の大きさの魔法陣があり、その奥の壁に何かを嵌め込む穴と奇妙な文字が書いてある。
「数字だ……」
テッツオが壁の文字を見てつぶやいた。
「この文字、我々がいた世界の数字なんだ。右から【11】【23】【37】【47】【61】って書いてある」
テッツオの珍しく真面目なトーンに、一同に緊張が走る。
「ワープ装置だなこりゃ」
「壁の穴に鍵になる何かをはめて起動させる訳ね」
「しかし、【61】って61階まであるって事でしょうか?」
「俺らの世界の数字が書いてある事の方が重要なんじゃない?」
「2階の複雑な作りはこの部屋を隠すためだったって訳か」
「深すぎる……強欲な中央政府をどう抑え込むか本気で考えなきゃならないな…」
ウェルは相変わらず無口のナイジェルの横で慌てふためく4人を見ている。
通常15〜20層でも大規模といわれるダンジョンが、61層を超えるとは冷静さを失うには十分な数字である。それに加えてワープ装置と異世界の数字である。
好き勝手に自分の考えを口にする4人を見ながら、ウェルはワープ先の数字が素数な事に気づいて嬉しくなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます