第23話 鍛冶屋のジル

【魔法詞】を3つに分類する考え方がある。努力すれば誰もが手に入れることができる素早さや筋力など、体を強化するタイプ。火や水、治療や洗浄など、超自然的な【特技】を伴うタイプ。そして【特技】などないくせに、使い方がよくわからない【魔法詞】のタイプ。


 鍛冶を生業とするジルは、あの【魔法詞】を受け取った成人の儀式から6度目の年明けを迎えた。彼が暮らす街の名前はクルム。大陸の中央、霊山メガルの裾野の大森林に面していて、ブルーニュス一番の規模を誇るダンジョン【クルムの大迷宮】がある街だ。

 彼の【魔法詞】は【高さ】。それを与えてくれた教会の神官さえも【高さ】の意味や使い方を誰も知らなかった。だが、この訳のわからぬ【魔法詞】に、ひとりジル本人だけが納得の心持ちだった。

 幼い頃からずっと続く胸の奥のモヤモヤは、この【魔法詞】の副作用だとわかったからだ。気が短いとか、堪え性が無いとか幼い頃から言われ続けた原因が、この【高さ】なのではないか。


 成人の儀式から基礎学校卒業までの半年間、進路を決め始める同級生達をよそに、ジルは胸の奥のモヤモヤに従っていた。

 天気に関わらず、生まれ故郷のユールゴーデンの街を彷徨う。葡萄畑やワインの醸造所、岸辺で網を直す漁師たち、牛や羊の牧場。様々な場所を訪れるうちに、彼は胸の奥でモヤモヤの濃度が変わる事に気付いた。

 醸造所の酒仕込み唄や、漁師たちのタバコ臭い世間話を聞くとモヤモヤの濃度が高くなる。逆に、動物の鳴き声や木々の揺れる音等どれほどに騒がしい場所でも、ジルの心は落ち着いたままだった。


 人と関わらずに済む仕事、それを探すうちにたどり着いたのは町外れの鍛冶屋だった。槌を振り金属を打つ音が響く。炉の中の炎が空気を取り込む音もする。

 工房の外でしばらく盗み聞きしていたジルは、そのまま正面へ周り工房へ弟子入りを志願していた。


 弟子入りから2年後、筋の良さを認められ、ジルはダンジョンの街クルムへと派遣された。修行であり人事交流である。

 派遣の前後から、ジルには槌を打つ音の細かい差がわかるようになっていた。つまり【高さ】という魔法詞は、音の高さの聞き分けだった。

 その聞き分けは他の職人や親方をも超えていて、ユールゴーデンの兄弟子たちの槌音にも物足りなさを感じたものだった。


 クルムの工房で4年ほど冒険者向けの武器を作り続けたジルは、幾つかある炉のひとつを任されるまでになっていた。


『雪が積もる前に帰国せよ』


 という故郷のユールゴーデンの工房から手紙が届いたのは去年の年の瀬だった。その内容はアプラス川の中州が独立国を宣言して、ダンジョンが見つかった。そこでの商いは両岸の街の縁の者しか出来ないので、早く帰郷せよ。とのことだった。

 訳がわからん、と独り言を呟きながら、親方に伺いをたてる。手紙を見ながら話を聞くクルムの親方は、継続中の仕事のスケジュールと引き継ぎの話をした後


「あちらでの仕事が一段落したら戻ってきても良いからな」


 と肩に手を置いてきた。

 ジルは笑顔で大きく頷いた。


 クルムから馬車で5日ほど南下し、その後は徒歩で川沿いの街を転々と下っていく。ユールゴーデンに近付くにつれて川の土手は歩きやすくなった。ブラッドリザードへの対策である。

 歩きやすいその土手の整備のために、豊かな土地を持っていてもユールゴーデンの人々の生活は苦しかった。しかし、手紙の様な事が起こったら、町はどんな風になるのだろうか。


 歩みを進めるジルは川の中央の見慣れた岩場に巨大な城が生えているのに気づいた。呆気に取られ、足を止め、その後早足になった。そこには青みがかった灰色をした縦長の石壁が隙間なく並んでいる。

 所々に設けられた船着場にいる人から推測するに、4、5階建ての建物の高さであろう。

 冬の川風は少し冷たいが、島やその周りの川面を走る奇妙な船を眺める人がちらほら見える。家族連れが船に手を振っている。

 子どもの笑い声は良い。

 ジルは耳につけていた余計な音を防ぐ耳当てを少しずらした。


 実家に顔を出したあと、早速鍛冶工房に向かう。ユールゴーデンの親方の体は相変わらず丸くて、ギラついた眼をしていた。

 硬く握手をした後


「ちょっと島に行くぞ」


 と船着場へ向かう。親方と2人、並んで進むうちに、シセロ島のここ数ヶ月の話を聞いた。

 出鱈目な魔法詞を持つ異界人たちの独立と、それに乗っかった両岸の人々の騒動。尾鰭のついた噂話に感嘆と笑い声を交互にあげるジルは、いつの間にか船着場に着いていた。


 青色のリボンを手首に巻く。熱魔法で結び目を潰す念の入れようである。これを巻いている人はモントローズへは渡れない仕組みらしく、絶対取らない様にと注告される。


 渡河料を渡して船に乗る。風魔法で進む船は水面を走る様に進んだ。船頭は器用に船を操り、島の一番北の船着場にぴたりと横付けした。


 船着場の先には街を囲む外壁に空いた通用口がある。薄暗い階段、壁は思ったよりも厚みがあった。なるほど、川に面した外壁は住居も兼ねるのか。階段を登り切ったジルは街並みを見回した。


「ここがお前に任せる工房だ」


 冒険者ギルド前の広場から、南に3軒下った場所の水路沿いの建物。ゴリゴリのブルーニュス風の建築で、大ぶりなドアと窓が目立つ。


「風通しはいいぞ」


 と親方は胸を張るが、店舗の内装は完成には程遠い。反対に、工房には立派な設備が備えられていて、建物の裏には水路から水が取り込める仕組みまである。

 すぐ隣も同業者なのか、生垣越しに同じ様な裏庭が見える。聞き慣れた槌を振るう音がして、ジルは目を閉じて耳当てを外した。


「いい音色だ」


 うっとりするジルに


「当たり前だろ、隣はモントローズの一番の武器工房だぞ」


 親方は声を落として耳打ちする。


「あいつの異名は【鉄姫】ウチで働くお前の兄弟子たちが、ここで独立することを尻込みした一番の要因だ」


 ジルは、まだ若手の自分が呼び戻されたのが不思議だったのだが、やっと納得できた。国交のない対岸まで異名が広まるのは相当なものだ。

 親方がポツリと呟く。


「【鉄姫】と【眉間王子】の直接対決は、仲間内じゃぁ評判になってるよ」


【眉間王子】って俺の事か?

 ジルは長年にわたって刻みついた自らの眉間のシワを、カサついた指の腹で揉んだ。

 


 

 


 

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