第22話 大晦日の忘年会

 テッツオの仮の住まいは、中央の広場から少し北の外壁住宅にある。川に面した壁にはもちろん窓はなく、部屋の反対側の窓からは建設中の集会場が見える。


 トイレは共同で、洗浄魔法があるせいかシャワー設備は冒険者ギルドにしかない。風呂嫌いのテッツオにはどうでもいいが、ユーリなどは毎日使いたいらしい。


 テッツオはベッドから起き出して窓の外を眺めた。ナパの勧めで植えた背の低い街路樹が風に揺れる音がする。

 静かな街だ。朝が早い職人たちも大晦日は仕事を休むらしく、ちらほらしかいない。

 魔石水道の蛇口から出る水で顔を洗い口をすすぐ。錬金術と魔法の双方が発達したおかげで、この世界には虫歯を気にする人はいない。そもそも、少しでも体調が悪くなったらすぐ治療するくらいに、錬金術師と治療魔法使いはお互いに値下げ競争をしている。

 この世界の死因の1位は老衰で、それに次ぐ2位は魔物である。見方によっては、何者かが魔物を使って人間が増えすぎない様に間引きしている様にも見える。


 冒険者ギルドに朝ごはんを食べに行く。

 ちらほら見える職人たちと挨拶を交わし、まだ名前のない通りを北へ進む。通り沿いには建設中の家と出来上がった家が並び、それぞれ両岸の建設様式がランダムに混ざっていて、街並みを眺めるテッツオの心を沸かせる。

 それにしてもこちらの世界の人たちは、肩を抱いたり握手をしたり、スキンシップが激しい。いつの間にか隣で歩きながら話していたユールゴーデンの金具屋に手を振り、テッツオはギルド前の広場に着いた。


 レンガ造りの建物の先に、青みがかった灰色の石造りの大きな冒険者ギルドが見える。建設中の冒険者ギルドは9割方出来上がっていて、屋根にスレートを貼る職人がロープに吊られて作業をしている。


 テッツオは「おはよう」と挨拶を交わして通用口から中に入った。営業が始まれば、ロビーにうろつく冒険者達向けの軽食を出す予定の広いキッチンのスツールに腰掛けて、昨日のうちに買っておいたパンを炙って口に入れる。

 あちらの世界で見た異世界ものの物語で主人公が1人でプレーンのトーストを食うシーンなんて見た事ないよな、などとテッツオは苦笑いを浮かべた。


 今日ユーリは、ユールゴーデンのグラン•フレールンの研究室で、風魔法のアクセサリーで空を飛ぶ実験をするらしい。

 シュガーとアンナは、モントローズの館で、街の通りや広場などの名付けの権利を売るオークションの準備を重ねている。

 そして島に残ったテッツオは暇を楽しんでいる。


 この世界に来て50日ほどが経った。何もなかった島に鼻の利く商売人が押し寄せて、いつのまにか街が出来ていた。

 みんなあの岩山にダンジョンがあると疑っていたらしい。ダンジョンが見渡せる2階のベランダに出て、暖かいお茶を飲みながらテッツオはベンチに腰を下ろした。


 12月とは思えないほど暖かい光が射すベランダのベンチで、さっき目覚めたばかりなのにウトウトとしてしまう。シュガーがここは沖縄ぐらいの緯度にあるんじゃないかと言っていたのを思い出した。


 この地方の夏場の暑さも誰かに確認せねばと思いついたら、色々アイディアが浮かんで眠気が消えてしまった。


 1階へ降りると内装業者が壁紙を貼っている。数日前にテッツオが伸ばした壁紙をこちらもテッツオが伸ばした糊で貼っている。

【伸ばす】の能力も、カンバーランドの大臣には国内の産業保護のために建設には使わない約束をした。だが、建設ラッシュの様子を見たアーガイルの業者が足下を見た見積りを出してきたので、「じゃあ、いらないです」とシュガーが断ってしまった。

『目先の利益を追いかけて損をする商人』

 シュガーは、自作の異世界あるあるチェックリストにまたチェックを入れていた。


 モントローズの冒険者ギルドと同じく、二階建ての職員スペースの前に吹き抜けの冒険者用スペースがある。受付には『登録と昇級』『依頼の受注』『達成報告』と大きく看板が出ている。その他素材の買取は別の倉庫も兼ねた棟でする予定だ。


 では始めますか、とテッツオは椅子とテーブルを並べていく。新しい木材の匂いがするギルドのフロアに、今日の作業を終えた職人も混ざり席を作っていく。

 キッチンに戻ると、モントローズに行っていたシュガーとアンナが肉や野菜を箱で持って帰ってきて、テッツオと3人で調理を始めた。テッツオが食材を伸ばしては切りを繰り返しているうちに、シュガーがキッチンで一番大きな鍋にシチューを作り上げていた。炙った鶏肉が乗ったサラダや、手の込んだマリネなども大皿で準備してある。

 料理の腕前を見せられて、島の関係者で近頃話題に上がる『シュガーは何者だったのか?問題』はますます混迷するだろうと、テッツオはニヤけた。


 ナパが持ち込んだ酒瓶が入った木箱に、サリーが大量の雪を振りかける。ダンジョンの冬フロアの雪を、自身のマジックバッグに隠し持っていたらしい。

 ナパ、サリー、それにカンバーランド冒険者ギルドのNo.5のレオが一番に飲み始めた。身分の高い彼らが勝手に飲み始めたせいで、周りの職人達も席について騒ぎ始める。

 すぐ隣の席ではギルド長のフランツと風魔法使いのグランも昔からの友達みたいに酒を交わしている。二人の掛け合いのすぐ横で魔法の先生ミランダも笑っている。


 大鍋からシチューを注ぎ分ける係をするテッツオに、ユーリが興奮気味に駆け寄ってきた。


「レミの子供、むっちゃ可愛い!」


 ユールゴーデンの警備隊長レミ•フルーレンは銀狼の獣人で、誰もが振り返るほどのイケメンである。そんな彼の2人の息子は大人に比べて目や耳が大きくて、無邪気な笑顔と育ちの良さが現れる喋り方で周りに人集りが出来ている。


 テッツオの思いつきで始めた年越しの忘年会、いつの間にか参加希望者が増えてフロアを埋め尽くしている。年越しに特別な風習がなかったせいか、興味本位で集まったのかもしれない。


「もしかして、侯爵様とか来てないよな?」


 と確認するテッツオに


「両方とも家族連れで来てるよ」


 とユーリが言って、シチューのおかわりを自ら注いだ。両方とはモントローズとユールゴーデンの両方の侯爵家、という意味だ。立ちくらみでふらつくテッツオに


「わたしが代わるから、ちょっと休んでくれば?」


 とユーリが言う。好意に甘えて、テッツオは係から解放された。酔っ払いの参加者達はいつも以上にスキンシップが激しい。テッツオは、泣きながら感謝を述べる家具職人や、大声で歌うドアーフの間を抜けてダンジョンが見える2階のベランダに向かった。

 だがベランダに出ようとすると、テッツオはそこに先客がいる事に気づいた。


「シチュー、美味しかった……」


 金色の長い髪、モントローズ侯爵夫人のナオミ様が肩を震わせて泣いている。彼女に胸を貸し、髪を撫でている男が何か囁いた。

 月明かりに照らされて輝く短くて赤い髪。

 ナオミ様をそっと抱きしめるその男は、テッツオと同じ50日前に召喚された異界人、シュガーだった。


 


 

 


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