第20話 ボス部屋
何故戦う事になったのだろう。
ボス部屋の巨大な松の木の化け物を見上げながら、テッツオは考えている。
付いてくるだけで良いからと、下見に組み込まれ、他のメンバーが動く樹木をきゃっきゃ言いながら打ち倒していく様を遠くから見ていただけだった。
だが、ナパとサリーが大丈夫とか、楽勝とか言う度にイケると思ってしまったんだよな、などと後悔が溢れてきた。
この大きな松の木は、ブラックパインという。高さが5メートルほど、5〜6本ほどの太い枝が横に広く茂っている。コイツの為に用意されたのではないかというほどの天井高の部屋で、立派な枝ぶりをゆっくりと左右に揺らしていた。
張り出した根がうねる度、軋む音が部屋の壁に響く。
「どうせ貫通するんだから、まっすぐ伸ばしてみればいい。ただ、伸ばした後はその場には止まるなよ」
背後のナパの声にテッツオが頷く。
あぁ、FPSみたいなものか。テッツオはこちらにくる前のネットゲームを思い出した。
背中の矢筒から棒を取る。長さが40センチ、太さは1.5センチほどの丸い木の棒は、昨夜長く伸ばして定着してその上で短くしておいたものである。
大きく息を吐いてライフルを構える様に棒を構える。撃った後にすぐ動けということは、一発では仕留められないということか。
【元に戻す】とテッツオが唱えて、まっすぐに棒が大樹に刺さる。左にずれてもう一発。枝ごと貫通して、ブラックパインがもがいている。
動物とか人の形をした魔物じゃなくてよかったとテッツオはしみじみ思った。
うめき声さえ、樹々の間を吹く強風なのではないかと思えてくる。
3本、4本と刺すうちに動きが鈍くなる巨木を見ていると、箱に剣を刺すマジシャンの様だとも思えた。
しばらくしてバリバリと音をたてて巨木が割れて倒れた。幹や枝が倒れるたびにさらに割れて細かい木片に変わる。そして木片は地面に散らばると、湯気に包まれて消えた。
「おめでとうテッツオ。
フロアボスを倒しても、何も落とさないから、その先のお宝を目指して進もう」
ナパが手を叩いて先に進む。テッツオはブラックパインに突き刺した木の棒をもう一度短くして、矢筒に収めて前に続いた。
入り口と反対側の扉の前に宝箱があって、テッツオ以外の4人がその脇に待っている。
「ボスを倒した奴にだけ、宝箱を開ける権利がある」
サリーがカッコつけて低い声で言ったので、ナパとウェルが吹き出した。ナイジェルの表情は変わらない。
「では、開けさせていただきます」
ミミックの事が頭をよぎったが、そのまま屈んで箱を開ける。
中には40センチほどのシンプルな短い木の杖があった。
「木の杖だな」
ナパが言う。
「貴重なものなのでしょうか?」
テッツオの問いに4人は揃えて首を振る。
「ブラックパインはね、固いしベトつくしアイテムはショボいし、燃やしたら臭いし、不人気なボスなんだよね」
「テッツオの様な倒し方はある意味画期的かもしれない。魔物の核からの魔力の流れを断てればデカい魔物も倒せるものなのね」
ナパとサリーは口々にテッツオを褒めながら、宝箱の先の扉を開けた。また下りの階段が現れて、2人は先に進む。
「ウチらだけで進むんですか?」
テッツオが問いかけると
「いや、地下2階がどんな感じが見たらすぐ戻るよ。残りの奴らにボス部屋のクリア自慢をするのが1番重要だ」
というのにナパの説明に、自然にテッツオからため息が漏れた。
いつの間にかウェルが先頭に立ち、その後ろからナイジェルが灯りを照らす。地下2層への階段は、先程の昼の世界から一転して暗くて、ゴツゴツした壁に手をつきながら降りていく。
「あの、さっきの木の杖って、建築には使えますか?」
テッツオの問いかけが壁に響いた。
「あれはブラックパインが自ら不要な枝を間伐して偶然出来た物だ。強度は申し分ないが、同じ冒険者がもう一度倒しても貰えない。だから建築に使う量を揃えるなんて不可能だよ」
ナパが鼻で笑った。
だが、すかさずサリーが
「テッツオが伸ばせば使えるかって事でしょうよ」
とつっこむ。
その後は皆がブラックパインの木材の活用法を考えて発表しあったせいで、一行の階段を降りる足は鈍くなった。
「着きました」
ウェルの声がして、一行は地下2層の入り口に着いた。
「寒いね」
そこには雪の世界が広がっていた。
また、外だ。
曇り空の下に、雪が積もった針葉樹の森がある。テッツオたちがいる入り口に向かって冷たい風が吹き込んできた。
「当たりだ、戻るぞ」
寒そうに二の腕をさすりながら、ナパが今降りてきた階段を登っていく。
「何で当たりなんですか?」
テッツオの素朴な質問に
「寒い所の魔物の魔石は冷属性を持っている場合が多い。利用価値が高い魔石なんで高い値がつくんだ」
というナパに
「寒い場所の魔獣の毛皮も高くで売れるしね」
とサリーが付け加える。
魔物の素材が経済を支えるこの社会において、当たりの層が浅い所にあることはダンジョンの重要なセールスポイントになるのだろうか。
1層目に戻りボス部屋のある建物を出ると、まだ外は明るくてテッツオは自分がダンジョンの中にいる事を見失いそうになった。
周りからは魔物を狩る音がまだしていて、ちょっとした歓声も聞こえる。
魔物たちもここで静かに暮らしていただけだろうに、とテッツオは気の毒に思った。
「ダンジョンが開かれたってことは、これからずっと彼らを間引きし続けなきゃいけないってことだからね」
テッツオの心を読んだのか、サリーが真剣な声色でつぶやいた。魔物がダンジョンから外に溢れ出した時の被害は大変なものになるだろう。テッツオは気を引き締めて大きく息を吐いた。
ナパから何事か耳打ちされたウェルが短く笛を3度吹く。
帰宅のサインだ。
それを聞いた笛持ちが同じ様に吹き、入り口に続々と集まってきた。すぐ横の水路で武器に付いた血液や樹液を洗い流している。皆、怪我もなく楽しそうだ。
「で、誰が下に行けたんだ?」
リオネルとミアが聞いて回っている。いつの間にか仲が良さげだ。
「私たちです」
サリーが鼻の穴を広げて自慢した。テッツオの記憶によれば、彼女は戦闘に参加していないし、探索や補助もしていない。
ナパが微笑んで木の杖を持ったテッツオの手を高く上げた。
周りから歓声と拍手が起こる。
「おめでとう」「でかした」という声に混じって「やっぱりパインかよ」っていう残念がる声も上がっていた。
「2層目もちょっとだけ見てきた。みんな大好き【冬の層】だったよ」
ナパがそう言うと、さっきより大きい歓声が起こった。
「みんな小さな切り傷も治療してね、返り血も綺麗にして出ないとエントランスで大トカゲに食い殺されるからね」
サリーの声を聞いて、浄化魔法で綺麗になった人から上に登っていく。おめでとうとテッツオに握手をして登っていく面々は一様に穏やかな顔をしていた。弱い魔物しかいなかったとしても、ダンジョンから生きて帰るというのはほっとするのだろう。
この世界は死がすぐ隣にある。多分、人の命の重さは召喚前のあちらの世界より軽い。
だからこそ、テッツオには彼らの笑顔がとびきり眩しく見えた。
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