第19話 シセロ岩ダンジョン

 階段を降りる度に森の匂いが濃くなっていく。遺跡タイプのダンジョンはやっぱり何でも有りなんだなぁなどとセルヒオが呑気にボヤいて、地中で森林浴なんて素晴らしいではないかとグランが笑う。


 先頭が階段の先の石造りの門を潜ると、そこは外だった。現れたのは昼の世界、黄土色の石造りの建物が朽ち果てて存在している。蔦が絡まる巨大な石の遺跡が陽の光に照らされ、遺跡の間の水路に澄んだ水が流れる音が聞こえる。


 ウェルは目を閉じて息を止めた。

 ウェルの【探査】の魔法を使う為だ。

 息を止めて5秒後、彼から放射状に何かが出る。ありとあらゆる魔力に反応するそれは、方角と距離と大体の魔力の大きさをウェルに教えてくれる。


 すぐ隣ではグランが空気の流れを見ていて、眉間に皺を寄せて


「風があるよ」


 と首の後ろを揉んでいる。

 ウェルも目を開けて


「残念ながら、後ろにも空間があります」


 と言ったのを聞いて、リオネルが素早く10歩ほど進み振り返って言葉を失っている。

 追いついた先行組が振り返って見たのは小さな四角い石造りの小屋で、さっきまで降りてきた長い階段の気配はそこには無かった。

 その様子を見たウェルの右瞼が痙攣した。あまり良くない兆候だ。


「第1階層がこの規模とは…」


 後から続いてきたレオが、周りを見回してため息をついた。


「一番近い魔力は200ガラほどアッチです」


 とウェルが指さして、皆がそちらを見る。


「罠っぽいものはありそう?」


 そう訊くミアの目はギラついていて、鼻息が荒くなっている。


「落とし穴っぽい物はないぞ」


「嫌な感じはありません」


 グランとウェルが言い終わる前に、先行組の残り3人が駆け出している。

 因みにガラというのは長さの単位で、カンバーランドの初代王の右手を開いた時の親指から小指の先までの長さと言われている。(150年前の例の会議で決められた為、大陸全土で共通で使えます)


「あぁ、ブラックウッドだ」


 こちらに聞こえるくらいの声でリオネルが残念そうに言って駆け寄っていく。

【ブラックウッド】とは黒い葉を茂らせる植物系の魔物で、ストーン級の冒険者でも倒せるレベルの手強さである。

 盾を持たない分、早く着いたリオネルが一撃で倒した。


「さらに先50ガラです」


 というウェルの大きな声にも、一番槍を取られたせいか残る2人の出足は鈍い。


「あなたはついて行かないのか?」


 追いついた本隊のメンバーの一人、サリー•サーマックが声をかけてきた。カンバーランドの王族で、若いながら優秀な錬金術師らしい。


「はい、ここを離れるのはなんか嫌なんです」


 そう答えるウェルの周りには、サリーとその警護の兵士、テッツオ、それにブルーニュスのエルフ、ナパがいる。


「それはこのフロアに強力な魔物がいるということか?」


 ナパの問いに、テッツオは顔を青くする。しかしウェルは首を振る。


「そういうんじゃないです。

 僕が恐れているのは、入り口が移動しちゃう事です」


 このちっぽけな四角い石造りの入り口がこのままなはずがない、とウェルの【用心深さ】が訴えている。


「確かに、入り口が消えるのは堪えるね」


 ナパが唸っている。


 本隊の他のメンバーも周りを探索し始める。

 ダンジョンの最初のフロアの広い空間には、3、4階建ての廃墟がいくつか建っていた。建物はわざと増築を繰り返した様な外壁と、外階段。行く手を阻む様にそこここに根付く広葉樹や朽ち果てた石壁。

 下見部隊ははしゃぎ歓声をあげている。


「テッツオに【定着】かけさせよう」


 サリーがテッツオの肩に手を回し、乱暴に揺すった。ウェルは彼女が本当に貴族なのか疑わしくなっている。


「じゃぁ、ちょっとだけ離れて」


 テッツオが入り口に手を触れながら【定着】の魔法をかけた。


「ほんとだ、嫌な感じなくなるね。私でもわかるよ」


 そう言ってナパはウェルに微笑んだ。


「でもさ、同じ魔物でも個体によってずいぶん形が違うんですね」


 テッツオが狩りを楽しむ隊員を眺めながら呟いた。目線の先にはブラックウッド3匹が隊員たちと戦っているところが見えた。

 魔物にも身長や体格に差があるのは当たり前ではないかとウェルは思ったが、彼らの世界には魔物がいないらしいので仕方ない。ユールゴーデンの下水王と呼ばれる商人は、汚水処理用のスライムのオスとメスも見分けられるというのに。


「さてウェル、あなたが一番嫌な感じがする建物はどれだい?」


 ナパが明るく聞いてきた。

 ウェルは困惑を隠せない。テッツオも白い目でナパを見ている。


「じゃあ……物語を面白くするものは何だと思う?」


 突然ナパが質問を変えてきた。また皆が答えられずにいると


「一つはすれ違い。言葉に出して確認すれば大事にならなかった事も、それぞれの善意が別の方向を向いていると大惨事になる事がある。

 もう一つは侮り。楽観的な見通しの馬鹿が、周りの意見を聞かずに最悪な事態に発展するってのはよくあるパターンだ」


 自分の質問に自分で答えるナパに、テッツオが驚きの表情を向けている。


「あなたも異界人なのですか?」


 と、テッツオが訊くと


「いや違う。私の魔法詞は【明るさ】何故か3つ前までの前世の記憶がある」


 ウェルの横でテッツオが「前々前世かぁ」などとボヤいている。


「大抵弱い魔物だらけだとしたら、そろそろ舐め腐った馬鹿が落とし穴にはまる頃だ。だから、やばそうな建物に我々で先回りする。で、どこだ?」


 頷くウェルがじっと周りを見回して、左前方奥の建物を指差した。


「では参りましょう」


 にこやかにサリーが歩を進めて、ナパがウキウキでついていく。


「ほら、テッツオもウェルも一緒に行きますよ」


 ウェルは嵌められた事に気付いた。こいつらも戦いたくて仕方ないのだ。侮り以外の何者でもない。


「あの、王族の方が戦うのってアリなんですか?」


 ウェルはサリーの警護役に訊いてみたが、鼻で笑って首を振るだけだった。そう言えば、彼の声を聞いていない。


「大丈夫、こっちには竜殺しがいるんだから」


 ナパが笑って件の建物に進み入る。テッツオも楽しそうについていく。ナパの【明るさ】は周りの人間に安心感を与えるのかもしれない。

 その建物は3、4階建てで、外壁が所々で崩れている為に中も暗くない。ナパと警護のナイジェルが剣を抜き先に進んでいった。

 ウェルは後ろから周りの気配に集中する。


「前方から大ネズミ、その右の暗がりからツノコウモリ、廊下の先に罠っぽいものがあります」


 ナパは片手剣を軽々と操る。撃ち漏らした敵をナイジェルが長剣で突き刺していく。

 ウェルが見つけた敵をスパスパと倒していく様はなかなか気持ちいい。


「おっ、レベルアップ」


 テッツオが嬉しそうにステータスを確認しようとしたので


「そういうのは建物を出た後がいいと思うよ」


 とウェルが口を出した。

 大ねずみ、ツノコウモリ、ブラックウッド、階を進んでもこの3種の魔物が繰り返される。


「ボス部屋だ……」


 階段を3回登って4回降りた所に巨大な扉があった。紅く着色された木材に金属の装飾が輝いている。


「ブラックウッドのいるフロアのボスは、だいたいブラックパインなんだけど、ここは【竜殺し】に任せちゃおうと思うんだ」


 扉の前で振り返ったナパは楽しそうだ。


「ほら、『ペーパーナイフでかぼちゃを切るな』って諺もあるだろ?そもそも剣は木を切るのには向いてないんだ」


 ナパの言葉にナイジェルも無言で頷く。


「それにサリーは土魔法だし、ウェルは補助魔法だし、このボスにはテッツオの竜殺しが一番向いているんだよね」


 火魔法使いを連れてくればよかったのにとウェルの頭に浮かんだが黙っておく。

 突然の提案にテッツオはあたふたしていた。


「木を切る時、普通ノコギリとか斧とか使うだろ?剣であいつらの相手するのって、後で武器のメンテナンスが面倒なんだ。だから、テッツオが用意したその木の棒でひと突きしてくれりゃ大丈夫だから」


 ナパが笑いながら言う。テッツオはナパの笑顔の胡散臭さに気づかないんだろうか?ウェルは尚更心配になってくる。


「テッツオ、君の背中の矢筒に入っている木の棒はどれくらいまで伸びる?」


 サリーがテッツオに詰め寄った。


「20メートルくらいです」


「ガラで言ったら?」


 異界人特有の単位をサリーがすぐに聞き直した。


「80〜90ガラくらいです」


「なら大丈夫。近付いてきたでっかい樹の眉間辺りを狙えばすぐよ。攻撃してくる枝とか根っこはトロいから避けれるし」


 サリーが事もなげに言った。

 一行は前に進む。


「この直後、ウェルは【竜殺し】の威力をまざまざと見せつけられる事になる」


 ナパが扉を開きながら、ありがちな言い回しではしゃいでいたので


「今を過去の出来事みたいに言われても困ります」


 とウェルが言い返した。


 ボス戦である。


 

 

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