第18話 ダンジョン前の広場から

 ウェルの心は深く沈んでいた。

 そもそも、あのナパというエルフに何故魔法詞がバレているのだろう。ミーアキャットの獣人であるウェルの長い前歯が乾いてきたので、水筒を取り出して口に含んだ。


「あんたも無理矢理に連れてこられたクチか?」


 ウェルは、魔導士らしき服を着た小柄な銀髪の中年に声をかけられた。


「はい、低級冒険者の僕なんか呼んで、なんになるんでしようね」


 ウェルは申し訳無さ気に呟いた。

 男はグラン•フレールンと名乗った。あの噂の銀狼のフレールン兄妹の伯父にあたるそうだ。


「私はね、空気が読める人間なんだ。だからって、誰も入ったこと無いダンジョンに連れて来られるなんて、まるで鉱山のカナリアだな」


 などと笑っている。


「あぁ、僕は魔法詞が【用心深さ】なんで、罠を発見する要員です、たぶん」


 そう言いながら、ウェルは周りを見回した。

 シセロ島改め、セントラス共和国の冒険者ギルド前の広場には、今回のダンジョンの下見に参加する両岸の面々が続々と集まって来ている。

 この島の開発が始まって半月である。対岸にも顔見知りができたのか、獣人とドアーフが楽しげに話しているのはウェルにとっては新鮮に見えた。


「半月で街がこれだけ出来るって凄いですよね」


 話に困ったウェルがグランに話を振ると、グランは姪っ子の活躍を勢いよく話し出した。話の内容が聞こえたのか、話題のミア•フレールンが広場の中心から駆けてくる。


「グラン伯父さん、余計なこと喋りすぎですよ」


 遠くからしか見た事が無かった街一番の美女がすぐ近くに寄ってきたので、ウェルは照れてしまって顔を上げられずにいる。


「あなた【用心深さ】の人?私たち先頭組らしいから一緒ですね」


 などと微笑みかけてくる。

 自身の魔法詞のせいで、嫌な性格の人間に過敏な体質のウェルも、彼女の清さにメロメロになった。


「ユーリ、ちょっとこっち来て」


 ミアはセントラスの3人の異界人の一人に大きく手を挙げて呼びつける。駆けつける少女は、噂通り作り物の人形の様に美しく、ウィルはしばし言葉を失った。


「この子の装備、軽くしてくれない?」


 彼女の魔法詞は【重さ】なのだそうだ。そういえばとウェルは思い出す。彼女が初めて島に上陸した日、巨大な桶を軽々と持ち上げる怪力女の噂がユールゴーデンで広がっていた。

 ミアがどれを軽くしてほしいか尋ねてきたので、ウェルは少し考えたあと靴だけを軽くしてもらう事にした。皮の胸当てなどを軽くしたあと、移動の際に音が鳴る心配があったからだ。

 ユーリはウェルに歳を尋ねる。


「あのね、軽くした後にあの人が【定着】って魔法をかけるんだけど、これから背が伸びそうな人には【定着】がかかってほしくないから一応、脱いで貰える?」


 ユーリが、初めてのダンジョンに落ち着きが無い様子のテッツオを指差して笑った。

 ユーリが履いていた靴と予備の靴をまとめて軽くする。あとから来たテッツオが重さを【定着】させて軽い靴が出来た。

 ウェルは靴を手に持った時以上に履いた時に軽さを実感できた。

 二人に感謝の言葉と共に、軽い自己紹介をしたけれど、たぶん【定着】の彼は記憶に残らないんだろうと、ウェルは去り行く背中を見送った。


「先頭は私とグラン伯父さんと、モントローズの騎士団のリオネルとセルヒオ、それにウェルの5人だって」


 彼女の説明を聞いたウェルは、自分がやっぱり斥候をやらされる事になった残念な気持ちと、人数が5人という素数だった嬉しさで複雑な気持ちになった。


「うむ、やはり噂通りナパ様も素数がお好きな様だ」


 グランが顎ひげを撫でながら満足げに呟いたので、ウェルは思わず


「僕も素数好きです」


 と右手を出し、笑顔で固く握手を交わした。

 


 総勢23人のパーティが水路を跨ぐ仮設の橋を渡る。先頭はウェルたち5人、そこにテッツオたち本隊が続き、回復組と荷物持ちが続く。

 最後尾に巨大な鉄の扉を枠ごと持ったユーリがついて来ていたが、もはやそこにツッコミを入れる人はいない。


「では、入り口を開けたあと、扉を取り付けます。後戻りできませんので、覚悟を決めましょう」


 ナパがテッツオの後ろから肩を揉みながら呑気に言って、扉設置係のユーリが前に進み出て来た。

 ふぅと一息してテッツオが【伸ばす】で入り口を開ける。ずりずりと岩が持ち上がり、四角い穴が現れた。


「ゆっちゃん、お願いします」


 持ってきた扉をその穴に嵌め込んで、重さを戻す。ピッタリと扉が嵌まる様子に一同からどよめきが起きた。


「じゃ、皆さんの無事を願っております」


 ユーリが微笑んで手を振って、先頭のリオネルが改めて重い扉を開いた。

 そこに大きめの香炉を抱えたセルヒオが続く。


「グランさん、お願いします」


 の声にグランが風魔法を放つ。緩やかな風が香炉の煙をダンジョン内に運ぶ。ブラッドリザードがおとなしくなるハーブの煙が降り階段を降っていく。


「もう一度言う。

 先行部隊は何かあった時は、先程渡した笛を吹け。誰かの笛の音が聞こえた時も笛を吹け。

 笛の音は撤退の合図だ。身分など関係なくダンジョンから出る事だけを考えろ。

 では全員、生き残るぞ」


 入り口に入っていく面々に、カンバーランドギルドのレオが渋い声で念を押していく。

 高揚感からか肩をいからせた者や、赤ら顔の者もちらほら窺える。


 ウェルたち先頭は、下り階段の終点にかかろうとしている。


「うぉぉ」


 セルヒオとリオネルが声を上げ、周りを見回している。後ろから背伸びしたウィルが見たのは、手持ちランタンに照らされた丸く開けた巨大な空間だった。壁面にはトカゲの棲家であろう横穴が所狭しと掘られていて、その前でゆっくりとうろつくトカゲが群れていた。

 空間の床の真ん中には奥に続く一段高い道が用意されていて、その奥には大きな扉があった。


「エントランスだな」


 そうグランが口にしても、先行の他のメンバーは顔を見合わせている。


「エントランスってのは、ダンジョンにたまに現れるフロアでね、魔物になりきれない獣がダンジョン自体を守護している場合が多い」


 グランが小さな声で説明してくる。

 大トカゲが歩く爪の音がそこかしこからして、ウェルの背中に汗が流れた。


「つまり、ブラッドリザードは魔物ではなく獣という事か」


 リオネルの問いかけにグランが頷く。


「正確に言えば、呪われた獣だろうね」


 血の匂いを嗅ぐと、見境なくなる呪い。

 彼らはここから先に無理矢理入ろうとする者を排除し、ダンジョンから何かを持ち出そうとする者を攻撃するのだろう。

 ウェルは呪われた彼らを少しだけ哀れに思った。

 渡り廊下のような道先には石造りの簡素な飾りの大扉があって、グランが用心深いウェルと勘の鋭いリオネルに


「いけそう?」


 と聞いてきたので、大丈夫と2人して頷いた。

 後方の本隊からもゴーサインが出て、セルヒオとミアが扉を押す。


 いよいよ本番である。

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