第16話 島の視察

「我が国はいわゆる連合国の様なものでして…」


 申し訳そうに王からの紹介状を見せるこの男はブルーニュスの国の代表、ナパ•レグザンドという長身のエルフである。

 白い肌と長く尖った耳、束ねた長い髪は黄金色に輝いて見える。


 テッツオ達は前日の約束通り、モントローズの視察団を引き連れて島に上陸した。それを待っていたのが、この風変わりなエルフだった。


「我々が到着した事を知らせる方法がなかったので、こちらで待たせてもらいました。都合が悪い様なら出直しますけど…」


 視察団を島へと運ぶ為にモントローズの舟は全て出払っていたので、彼の言い分は正しい。

 王族もいるからどうしたものかと視察団の方を振り返ると、


「別に構いませんよ。一緒に見て廻りましょう」


 とサリーが微笑む。

 現王の姪にあたる錬金術師の彼女も、国の違う相手には畏まった態度を見せる。


「良かった。私の上司が厳しいんで、断られたらどうしようかと思ってました。

 ところで、カンバーランドさんは凄い人数ですね」


 相手国を取引先みたいに呼ぶナパは、護衛もなく一人で来たようだ。


「レグザンド様、こんなめでたい出来事は大勢で楽しみたいですから」


 テッツオは、違う人間が言うと皮肉に聞こえるかもしれないこのサリーのやりとりも、本心なのかもしれないと、シュガーの顔色を見て思った。


「ナパとお呼びください」


 ナパは砕けた声で大袈裟に胸を張る。

 彼のエルフ感の無さを感じたテッツオは、同じ事を思ったであろうユーリと笑みを浮かべ合った。


 一行は今、島の中央広場にいる。

 各種建材が種類別に置かれているので、両岸の職人や荷車が行き交う音が騒がしい。

 異常に長細いレンガを端から切り落としていくレンガ職人を見て


「レンガとはあのように作るのか」


 などとナパがしきりに感心しているのを、ミアが訂正してまた感心の声を挙げる。


「あの板に書かれている数字はなんなんだ?」


 サリーが広場の隅の掲示板を指差す。

 そこには100→95という数字が二段にわたって掲げられている。


「あれは両替屋さんです。

 100ポンドルは95エゲンに、100エゲンは95ポンドルに両替しますって看板です」


 テッツオの説明に皆頷く。


「今は広場の西と東で同じ数字が出ていますが、何日か後には数字が違ってくるかもしれません」


「何故だ?」


 と食いつくサリーに、シュガーがしゃしゃり出てきた。


「ポンドルが欲しい商人が多ければ、ポンドルを手に入れる為に払うエゲンの額が大きくなるのは当然です」


 と説明し、季節やその他の要因によって変動する為替の面白さを長々と語った。


「じゃあウチの国が潰れたとき用に貯蓄の半分をエゲンに替とこうかな」


 とナパが漏らすと


「いや、ウチの腐り具合も相当だから、武器や防具にして溜め込んだ方がいいわ」


 とサリーが返す。


「確かに需要はあるでしょうけど、それでは謀反を疑われるでしょう」


 とナパとサリーが手を叩いて笑っている。

 もちろん周りのカンバーランドの視察団の面々は聞こえないふりをしていて、それがこの二人の仲を深める事になった様だ。


 広場から北へ向かう道沿いには、家具工房や金物屋が他の店々よりも早く建てられていて、おがくずの匂いや炭が燃える煙が感じられる。


「テッツオ殿、この道は広すぎるように思うのだが、何故なのだ?」


 アーガイル内務大臣が尋ねてきた。

 貴族の長子ではない立場で大臣まで出世した男だ。探究心はそれなりにあるのだろう。


「馬車がすれ違う時に歩行者が危なくないようにしたかったんです」


 とテッツオが答えたが、正直なところ、遠い将来の自動車社会が来た時の為である。 

 そういえば、モントローズの街もユールゴーデンより幅の広い道が多い。


「この川へと降りる小さな門はいくつくらいあるんだ?」


 ナパが手を挙げて訊いてきた。

 小さな門とは、島の外周を形作る外壁住宅の所々に設けた小さな船着場に出る門の事である。


「6つです。あと中央広場の東西の橋が掛かる予定の大きな門が2つ」


 テッツオの説明にナパが頷く。

 この男が優秀な参謀で、この島の攻め所を探っているのではと、テッツオは疑ったが、嘘発見器役のシュガーに怪しむ様子は見えない。

 そうするうちに、一行は建設中の冒険者ギルドに着いた。

 ダンジョンがある岩の部分と水路を隔てて建てられている完成前のギルドに登り、一行は岩山を覗き込んだ。


「ここから魔法は届かないのか?」


 ダンジョンを開けてみせろという意味だろうか、さっきまで大人しかったレオ•ラシーンが騒ぎ出した。


「仕事熱心過ぎるぞ、ラシーン」


 そう声をかけてきたのはモントローズの冒険者ギルド長、フランツ•フォレストだった。視察団の一員であるレオを呼び捨てにする老人に警備員達の目が集まる。


「おっ、フランツ先輩、お久しぶりです。ウチの息子は余計なことしちゃいないですか?」


 などとレオが言い、握手しながら空いた手で互いの肩を叩き合っている。昔からの馴染みなのだろう。家族の近況を教え合う二人を見て、テッツオは少しだけ羨ましくなった。


「このフランツ•フォレストって人はな、冒険者ギルドに革命をもたらした凄い人なんだ」


 レオは旧友に会えた嬉しさか、テッツオ達に大きな手振りで話し始めた。


「単なる冒険者上がりの再就職先でしかなかった冒険者ギルドを、冒険者の管理、依頼を集める営業、依頼の難易度や素材の査定など仕事を細分化し教育プログラムを作ったのがこの人なんだ」


 レオの説明に、ナパやサリーまで感嘆の声を挙げる。


「まぁ、癒着防止の為にフランツが推し進めた全国転勤制度は、未だに不評が多いんだけれど……」


 レオはそう言って大袈裟に笑った。


「ところで、あのダンジョンはやはり古代遺跡タイプなのか?」


 本来の目的の話になるとレオも真剣な顔つきになる。


「まぁ、石造りの内壁と下りの階段が見えたからな。十中八九、遺跡タイプだろうよ」


 ひとえにダンジョンといっても、大きく三種類に分類される。

 突然変異の強力な魔物が大きな巣や集落を作る【魔物依存タイプ】

 洞窟や廃墟、森林や砂漠など人が立ち入らない場所で、魔鉱石がダンジョン核に成長し魔物を生み出し続ける【魔鉱石タイプ】

 そして、より科学技術が進んでいた過去の時代からのメッセージのごとく、各地に現れ続けている【古代遺跡タイプ】


「で、下見はいつ行くんだ?」


 レオの問いかけに、フランツはナパをチラリと見て


「こういうのは両岸足並み揃えて行った方がいい。あと、このダンジョンの文字通りカギになるテッツオさんもご一緒に」


 いきなり名前が出たテッツオは慌てふためいた。


「なんで?俺関係ないでしょ」


「いや、あんな入り口みたいな場所があったら誰が開けるんだよ」


 そう言うシュガーがご愁傷様といった感じでテッツオの肩をポンと叩いた。


「では明後日でどうでしょう。その頃にはトカゲを大人しくする匂いの素材も集められてると思いますし……」


 そう言うナパとやる気満々のレオが、肩を落とすテッツオのすぐ横で具体的に用意する人員や装備のすり合わせを始めた。


「でもさ、下見って具体的に何するの?」


 集団の後の方でユーリがミアに訊いている。


「一番は武器の向き不向きでしょうか。

 天井の低い場所だと槍や大剣は使い辛いし、曲がり角が多い場所なら弓矢などの遠距離攻撃は向かないから」


 ミアの説明を聞きながら、テッツオは討ち入りに短い槍を用意した赤穂浪士を思い出した。


「なるほど、場所によって一番強い奴が変わるわけね」


 ユーリとミア、それにアンナの女性陣はダンジョンについて語る前列とは違うやかましさがある。



 一行はダンジョン前を離れて、来た道とは違う道で島を南下する。

 視察団に貴族が混ざっているからか、道沿いの職人達がよそよそしくお辞儀している。頭を上げ、めざとくテッツオを見つけた職人がこっそり手招きをした。

 職人に近づいて行くと


「ごめん、ちょっと漆喰を伸ばしてくんない?」


 などと水と混ぜる前の漆喰の粉が入った麻袋を指差され、テッツオが袋ごと伸ばして、その後念の為【定着】をかけた。


「伸びるスピードはゆっくりなのね」


 テッツオの後ろから、盗み見していたサリーが小さく頷きながら話しかけてきた。


「そうなんです。見ての通り、地味な魔法なんです」


「いや、十分派手でしょ。

 アーガイルさんも、そりゃ怒るわ」


 一団に追いつく為に、二人は少しだけ早足になった。


「でも、竜殺しなんでしょう?」


 サリーが半笑いでテッツオの顔を覗き込む。小柄な美少女に上目遣いをされてテッツオはドキリとした。


「実際に竜を殺した訳ではありません。長いものを短くしてそれを元の長さに戻すと、問答無用で色んな物を貫いてしまうんです。

 たぶん、竜も貫けるだろうって【竜殺し】なんて名前がついちゃいましたが、既にこの辺の職人には地中深くに杭を打ち込む建設方法自体が【竜殺し】って呼ばれてます」


 それを聞いたサリーが小さく笑った。


 中央広場を経由して一行はそのまま南へ向かう。北の職人街に比べて、この辺りの

建設の進み具合は遅い。

 空き地の先には島の真ん中を縦断する水路も見える。

 ナパはフットワーク軽く水路の近くまで見に行きこちらに大声で訊いてくる。


「ここに水車を作るのは大丈夫?」


 追いついたシュガーは、柵もない水路を上から覗き込みながら


「良いと思うけど、とかげが登って来ないようにしないとな」


「じゃあ、上流に柵を作って止めるというのはどうだ?」


 意見、要望、提案、それに軽口や無駄話まで、リオネルとユールゴーデンのテルマがメモを取っている。

 互いに両岸の大商会の関係者だ。意識しあっているのかと思いきや、メモを見せ合って談笑したりしている。

 テッツオは拍子抜けな気もするが、この世界の人間の人懐っこさならこれもアリなんだろうとも納得できた。


 一行は島の最南端、一番下流側の船着場前の広場に着いた。元々から船着場にする予定だったので、土地のかさ上げがされていない。また、高い建物や防壁が無いので、目の前に流れ行く川面が見える。南東に向かって流れて行く川の右岸は、黄色く色付いた広葉樹が育つモントローズの山々。左岸には広大な穀物畑とその向こうの丘陵に果樹畑の木々が見えた。夕方の柔らかい色の空に、どこかの家の煙突から出た煙が流れている。


「川を挟んでこんなにも近いのに、これまでなんの交流も無かったなんて……」


 サリーがぼそりとつぶやいて、風の冷たさに肩をすくめた。

 用意されたベンチに腰掛け、暖かいお茶をすする一行は、しばし流れる川面をただ見ていた。


「差し付けがましいようですが、この島に足りない物が二つあります」


 ナパが姿勢を正して口を開いた。

 全員がお茶をすする手を止めて彼を見る。


「一つは緑です。街路樹や生垣というものは意識しなければ目に入りません。ですがどんな街路樹も、最初に誰かが植えたものです。植物がもたらす心の平穏は意外と馬鹿になりません」


 さすが森の民エルフ、目の付け所が良いと皆が唸った。


「もう一つ、名前です。大小8つの門、3ヶ所の広場、4本の道路とそれを繋ぐ2本の小さな筋、あと真ん中を通る水路、これらには全て名前がついていません。

 あと、確認したいのですが……この国の正式な国名は何というのですか?」


 言われてみれば、という顔で皆がテッツオの方に目を向ける。

 テッツオが首を振り意を決してユーリを指差した。


「ゆっちゃん、名前付けるの得意でしょ」


 異界人に異世界っぽい名前をつけ続けたユーリだ。ちょっと右上を見て考えたあと


「川の中州でしょ?英語でセンターだから、センタース?それっぽくして、セントラス、【セントラス共和国】にしよう」


 などと軽く決めた。

 この世界に共和国なんて概念があるかどうかはわからないけれど、シュガーも満足気な顔をしている。ユーリはデルタって単語は知らないのかな、とテッツオは笑いを堪えた。


「あとのはあれだ。命名権を売ろう」


 などとシュガーが思いつきで騒ぎ立てたので、その後一行に違う緊張感が走った。


 12月のとても短い昼が終わろうとしている。


  

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