第15話 警備担当から見た会談の様子

 12月だというのにモントローズは相当暖かい。

 暖かな日差しを背中に感じながら、視察団の警備担当ナイジェル•ジャービスはテーブルに着く面々を見回している。バルコニーに面する窓から暖かい光が差し込んでいる反面、会談のテーブルには緊張感が張り詰めている。


 話し始めたのはアーガイル内務大臣だ。

 モントローズの南側を領するアーガイル伯爵の弟にあたる。


「今回の建国騒ぎで、周辺の地域からモントローズへの技術者の流入が激しいようですが、何か申し開きはありますか?」


 大臣は長机の中央、モントローズ侯爵の正面に座り、白く伸ばした顎ひげを軽く撫でた。

 王国の視察団として来ているが、彼の兄アーガイル伯爵の意にも沿っているのだろう。


「何が悪いんです?」


 シュガーという名前の赤毛の異界人が返答する。召喚の儀式に参加した者からは、一番の注意人物といわれていた男だ。


「カンバーランドでは、余程のことがない限り自由に引っ越しができると聞いていましたが……」


 ジャブの応酬であろう。少数民族の居住地を除けば、カンバーランドの法律には居住地を選ぶ自由が明記されている。


「それは国内の話だ。我が国の国民が国外へと出る事は認められていない」


 シュガーに対して話す時には敬語が消える。ナイジェルは、ここまでの旅路で感じて来たこの男のプライドの高さを再確認できた。

 シュガーの隣に座るもう一人の男の異界人が手を挙げた。


「シセロ島の国民は我々異界人3名のみの予定です。島で働く人の住民税はこの国に支払う事になります」


 つい先程合流したテッツオという名の茶髪の青年である。彼がシセロ島のリーダーになるらしい。確か魔法詞は【長さ】だったか。

 彼らがカンバーランドの国民だったかどうかは二人が合流する前までシュガーが熱弁していたところだ。


「それだけではない。

 レンガの素材の粘土や、ガラスの素材の石英など、建設に使われている材料はどこから手に入れたのだ?

 もしや、モントローズで生産されない素材は既に対岸から密輸入されているのではないか?」


 内務大臣はなりふり構わない。アーガイル領の代弁者である事を少しは隠した方が良いのではないかと、ナイジェルは心配になった。


「確かに、この国では対岸との貿易は禁止されています。ですが、壁や護岸などの建築にかかった建材は、全て我々が島で準備した物です」


 テッツオが静かに語った。


「魔法詞の【長さ】か。

 こんな優秀な人材を地方に持って行かれた【十九席会議】は見る目がないな」


 そう言って錬金術師のサリーがケタケタと笑う。

 その隣の筋肉質の男も釣られて笑い


「彼らはもう国民ではないから、王都に呼び戻せない。

 力ずくでもあの城壁は難儀だぞ。国境の関係で島を囲んで兵糧攻めも無理だ」


 そう言ったのは冒険者ギルド省の代表、レオ•ラシーンである。

 ミスリル級の冒険者で省内の序列でいえば5番目の高さである。モントローズ冒険者ギルドの副ギルド長ハンスの父親にあたる。

 

「例え囲まれたとしても、彼らが飢え死にはあり得ません」


 モントローズ侯爵がさらに続ける。


「パン一切れとコップ一杯の水があれば、彼らは永遠に増やし続けられる」


 その説明に視察団の面々は驚いているが、側から見ているナイジェルの頭には、パンにカビが生えたらどうなるのだろうか?という疑問が芽生えてきて少しモヤモヤする。


「むむ…、あれだけの城壁を我々の訪問に合わせて作ったことは相当無理をしたのだろう。

 だが、君たちの能力が周辺の産業に悪影響をもたらす事は留意せねばならない」


 アーガイル内務大臣はそう言うと深く息を吸った。

 彼らが出鱈目に物を生み出し続けたら、周辺だけでなくこの国の経済が潰れる。ナイジェルは初めて大臣に同意できた。


「もちろん、視察団がこんなに平和なものだとわかっていたなら、壁など後回しでも良かったんです。

 我々はこれ以降、緊急のもの以外にはこの能力を使わない事を約束します」


 テッツオの説明に、大臣はほっと胸を撫で下ろしたようだ。

 だが、とナイジェルは思う。近い将来、モントローズがアーガイルから購入していた穀物や農産物などはやがて対岸のユールゴーデン産の物に置き換わるだろう。

 いくら関税がかかるといってもこの距離の近さはどうしようも無い。


「あっ、計画中の橋の建設は私の魔法ありきなので、それまでは使わせてもらいます」


 橋?!視察団だけでなく、後に控える警備からもどよめきが漏れる。


「島の中央を東西に横切る大通りは、両岸からの橋から繋がります」


 シュガーが合図をして、後ろに控えるリオネルが島の全体図を長テーブルに広げた。


「明日、実際に現場を見ながらもう一度説明しますが、こちらをご覧ください」


 中央の大通り、北部のダンジョン、南部の船着場、それを繋ぐ道と区画。覗き込むナイジェルからも緻密さが伺える。


「この赤と黒で塗り分けられれた区画はなんなんだ?」


 レオが質問する。

 赤が建設開始で、黒が購入済みとかなのだろうか?地図上で街全体で赤と黒がモザイクの模様を作りつつある。


「あっ、それはどちらの出身かって事です。

 モントローズは赤、ユールゴーデンは黒に塗ってあります」


 テッツオはさらりと言う。


「ダンジョン目的や観光、商用で島を訪れた客目線で使いやすい街を設計しました。

 商いをする人にしたらシビアかも知れません」


 異界人の発想には恐れ入る。北部のダンジョンを中心に武器屋や道具屋がならび、その南に工房が並ぶ。

 中央は税関と金融機関、レストラン街。

 南部に宿屋や食品店そして歓楽街が並んでいるのが見える。

 島の商人からすると、すぐ隣に対岸の競合店が出店する可能性がある状況は確かにきつい。


「すみません、教会は何処に建てていただけるのでしよう」


 視察団の端の席からよく通る女性の声が聞こえた。

 マルティナ•デーメン、カンバーランドの正教会の司祭である。

 今まで口を噤んでいた彼女が、島の地図に教会が載っていない事が気に障ったのだろう。


「どうぞ、空いている場所ならどちらでも構いませんよ」


 シュガーが腕を組んだまま答えた。


「但し、我々は教会建設の費用や建材の提供は一切しません。他の商会と同じく日々の収入の一割、そして年に一度の固定資産税は納めていただきます」


 この少年は教会に良い感情を持たないらしい。


「まぁ!教会は通常、街の領主の寄付によって建てられるものですよ。ましてはそこから税を徴収しようなどと……」


 マルティナ司祭の言葉が部屋の空気を震わせる。

 ナイジェルは、彼らが教会を特別視しない事を不思議に感じた。歴史上、為政者と呼ばれる人々は、住民の統治の為に宗教を利用してきたからだ。


「島には川の両岸から働き手が来ます」


 ひりつく空気を無視するかの様にテッツオが穏やかに会話に入ってきた。


「つまり、我々がどちらかの宗教に肩入れする事は、逆に我々が目指す政治ができなくなる可能性があるという事です。

 教会が2つ出来たとしても、教会同士、信者同士の対立が起こらないとは思えません」


「寛大と愛を語る神ほど、他の宗教には不寛大なんだよな」


 テッツオの話にシュガーが話を被せてきた。

 そのもっともな言い草にナイジェルは頷きそうになる。


「成人の儀式はどうするのです?葬式は?結婚式は?」


 マルティナ司祭も必死に言い返した。

 女性初の司祭としてのこれまでの人生が、信じてきた正教会の教えが、彼女を必死にさせる。


「成人の儀式は元の地域に戻って受ければ良いでしょう。

 結婚式と葬式に関しては、中央の広場付近に多目的ホールを作る予定です」


 テッツオが丁寧に説明する。

 それを聞いているナイジェルは、式場で結婚式を挙げる夫婦に対して、広場の多くの人々が祝福する様子が想像できて羨ましくなった。


「しかし、神の教えは人々の救いです」


「だが、それが島に無ければならないという事にはならない。現に両方とも、川を渡ればすぐに教会がある」


 シュガーがすぐさまに反論した。冷静さを失った相手に対して、タメ口で火に油を注ぐ。


「教会に援助するくらいなら、その分だけ街の治安を守る人間を雇った方がよっぽど住民の安心に繋がる」


 シュガーの言葉にマルティナが大きく深呼吸する。怒りを収める時に効果的な方法なのだろう。

 皆、言葉を発せない中、その直接の原因となったシュガーが笑みを浮かべて


「じゃあ、今から3つ質問します。

 正直に答えてくだされば、教会への援助も考えましょう」


 と言った。

 マルティナ司祭の目に光が戻り、背筋を伸ばして一度座り直した。

 後ろから見ているナイジェルは、無邪気に微笑む美少年のえげつなさにいたたまれなくなる。

 頷くマルティナに質問を投げかける。


「一つ目、あなたの信じる神は本物ですか?」


「はい」と当然のように答えるマルティナに、シュガーが続ける。


「二つ目、あなたが男性だったら、今の地位に立てていますか?」


 シュガーの問いにマルティナが眉をひくつかせる。

 女性の地位向上は、この社会の重要なテーマの一つだ。女性だから出世できない場合と、同じ力量ならば女性を登用しようとする社会の流れが混在している。


「いいえ、もっと偉くなってますわ」


 マルティナ司祭は微笑んでそう答えた。

 シュガーも微笑みを返す。


「最後の質問の前に信じてもらえるかわかりませんが、私は人の発言が嘘か本当かわかります。

 ですが質問に返答が無ければ、本当か嘘かはわかりません。

 これを踏まえて最後の質問です」


 場の空気の張り詰め方に、窓の外の暖かさはもはや感じられない。


「成人の儀式の受け方と【魔法詞】の関係性について、その法則を教会は解明しましたか?」


 ナイジェルからは横顔しか見えないが、マルティナ司祭の整った顔が歪んでいる。

 あの水晶に向かい手をかざす時間は、頭の中を無にし何も考えるなと再三注意される。なので、余計な事を考えるとそちらに引っ張られるなどと、裏ではちらほら噂があった。

 だが、とナイジェルは思う。教会が儀式と魔法詞の関連を解明したとしたら、儀式の、あるいは教会自体の意味が無くなる。

 沈黙である。

 嘘を見抜けると言う彼に対して返答する事自体危険だと感じているのだろう。


「司祭、教会を建てるのは諦めた方が良いでしょう。教会に知られちゃ困る事があるなら、これから彼の前で言葉を発するのも控えた方がいい」


 冒険者ギルドのレオ•ラシーンがそう言って落とし所を示した。


「では明日、実際に見に行きましょう」とテッツオが明るく言って、会議はお開きになった。


 それぞれに関心のある事にしか食いつかないデコボコな視察団である。後ろから眺めるだけだったナイジェルは、ただシセロ島の明るい将来を願うのであった。

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