第14話 中央からの視察団

 自分の才能が怖くなる経験など、元の世界では考えた事もなかった。誰かに言われるままに物を伸ばし、粉末や液体を増やし、良きところで【定着】させる。

 繰り返していたら、いつの間にか街は形になりつつあって、自分は国の大統領にまでなっていた。

 永倉哲夫だった頃の弛んだ身体は遠い昔、今やすれ違う女性が振り返る程の美少年っぷりである。

 テッツオは、ガーフィールド商会が一番に建てた建具工房の窓ガラスに映る自分を、未だに疑っている。


「ねぇてっちゃん、わたしたち全然疲れなくなったよね」


 横でユーリがぼそりとつぶやいた。

 確かに、とテッツオは思う。

 今日は朝から働き続けている。ガラス工房が持ち込んだ板ガラスを伸ばし、窓枠用に溝が付けられた木材も伸ばす。ついでに、梱包用の紙も伸ばして、それぞれに【定着】の魔法をかける。


「あぁ、全く疲れない。MPは底なしだし、【伸ばす】と【定着】はもうレベルMAX。

 石材と木材、レンガに漆喰、屋根のスレート石は街中カバーできる量を作り終えたんだから、そりゃ化け物みたいにレベルも上がるよね」


 島をぐるりと囲う岸壁のすぐ上に建てられた通称『城壁住宅』の外壁が出来上がり、西と東の門ももうすぐ出来上がる。

 島に上陸してから二週間、それぞれの国の首都からの往復にかかる目安の時間だ。不測の事態に備えた急ピッチの建設はやがて終わる。


「一時はMPが切れた時の為のマナポーションまで増やしてたもんね」


 ユーリの発言に横で聞いていたミアがギョッと目を向ける。

 マナポーションなんて高価な物を際限なく作れる事は、極秘中の極秘と言っていたのに。


「ミア、聞かなかった事にして」


 ユーリはそう言ってウインクしてみせる。テッツオは未だに慣れないが、ユーリとシュガーは自分の美貌を使いこなしている。

 まぁ、顔を赤らめているミアも相当美形なのだけれど…。


「ねぇ、ユーリは前の世界に未練は無いの?」


 不意にミアが質問してきた。突然の問いに訊かれたユーリだけでなくテッツオも唸ってしまう。


「うーん、ウチは祖父母と両親と私と弟の6人で住んでたんだけど、あまりいい雰囲気じゃなかったんだよね。

 おじいちゃんは男尊女卑だし、嫁姑問題もあったし、おまけに進路は口出されまくりだったし」


 なるほど、召喚の条件であった異世界行きたい願望は少なからず持ってた訳か。


「てっちゃんは?」


 テッツオは訊かれるまで考えもしなかった。

 昔から映画や漫画など物語が好きだったし、召喚されて以降、目の前に現れる風景がどれも新鮮だったからだ。


「なんか……こっちの世界楽しいよね」


 テッツオの言葉に、ミアとユーリが笑みを浮かべる。


「シュガーなんか、異世界チェックリストとか作ってたからね」


 というユーリの声にミアが首を傾げた。


「あのね、異世界物語でよくあるシュチュエーションを箇条書きにしてるらしいの。

 それも召喚された当日の夜に書き始めたみたいよ」


 ユーリが楽しそうに話すので、内容を理解していないだろうミアまで笑った。


「例えば……無茶をしたこどもがギリギリで助かって、後日冒険者に謝りに来る。とか」


「こどもが危険な目に遭ったら周りの大人の責任でしように」


 ミアの素早いツッコミにテッツオは吹き出してしまった。

 テッツオはここ数日、物語の世界の当たり前が、こちらの世界の当たり前では無い事にたくさん気付かされた。

 12歳の成人の儀式を終えたこども達は現実がキチンと見えているし、魔物は人前には滅多に現れない。国同士の戦争はここ150年無いし、小さな集落には冒険者はいない。


「でもダンジョンがここにある事が広まったら、そういう『あるある』も沢山見れるんだろうな」


 ユーリの言葉にテッツオの胸が踊る。


「その暇があればね」


 ミアは笑いながら言ったが、テッツオにとっては笑い事ではない。

 両岸の中央政府や教会の反応は未だに読めないし、医者、錬金術師、教師、法律家、税務官など、来る見込みのないけれど来て欲しい職業の人間は山ほどいる。

 テッツオから大きなため息が出た。


「おーい、テッツオ、お呼びだぞ」


 リオネルが大きく手を振りながら駆けてきた。


「王都から視察団が来た。侯爵様とシュガーが相手してるけど、テッツオ達も来いって」


 それを聞いてテッツオとユーリは目を合わせて頷く。


「いってらっしゃい、頑張って」


 モントローズ側には行けないミアはユーリの肩を軽く叩いた。


「計画通りに川が見える場所に待たせてる?」


 テッツオが訊くと


「もちろん!」


 と、リオネルが悪戯っぽく笑った。


 船着場には細い2艘の舟の間に床を渡した船が泊めてある。双胴船と呼ばれる船だ。

 この船は、先日試したホバークラフトの一般向けの船である。

 ユーリの魔法で軽くした上でテッツオがその状態を定着させてある。操縦役の風魔法使いが船尾の筒に魔法を放ち船を操って進む。

 今日の操縦士は一昨日のミアの叔父、グランよりも魔法の扱いが上手い。


「設計に無かったんですけど、水面まで伸びた舵も取り付けさせてもらいました」


 操縦士がそう言って、船首をモントローズに向けて加速を始める。

 加速するほど中央の床に揚力が掛かって、水に接している部分が少なくなる。という、シュガーの何となくの説明を形にするモントローズの工業力の高さに、テッツオは改めて感心してしまう。

 浮き上がる船、元の世界での高速船の仕組みだ。


「今日みたいな日なら良いですが、少しでも自然の風が強い日だと簡単にひっくり返ります」


 水しぶきを上げながら高速で移動する舟の上で、ユーリに語りかける操縦士に


「じゃぁどれくらい重くすれば良い?」


 などとユーリが返している。操縦士と会話を繰り返す彼女には、今から国の視察団との面会があるっていう緊張感はまったく無い様に見えた。


「すみませーん、頭を低くしてもらえますか?」


 操縦士がそう言うと、船尾の筒をぐるりと船首側に向け軽く風魔法を放った。水面の上を飛ぶ様に走っていた船は、今の風魔法のブレーキで普通の水に浮かぶ船に戻った。

 やがて船はモントローズの船着場に着いた。


「てっちゃん、船を少し重くしたから【定着】しといて。あと、ケインさんもしっくりこない時には言いに来るんだよ」


 操縦士の名前はケインさんというのか。テッツオはユーリの記憶力の良さに感心しながら、船を降りるユーリの後に続いた。


「やっぱり、救命胴衣みたいなのがあった方が良いかな」


 とユーリが話しかけてきたけれど、テッツオは館のバルコニーでざわつく集団が気になって、それどころじゃない。

 シセロ島の技術力を見せつけてやるって、シュガーとアラン侯爵が悪だくみしていたけれど、この船の良さがあの高そうな服を着た視察団には伝わったのだろうか?


 モントローズの館の応接室には、長いテーブルがセットされていて、白いクロスと高そうな花瓶に花が活けてある。

 来訪を前もって知っていた侯爵サイドは、緊張しやすいテッツオにわざと伝えなかったんだろう。

 テッツオは逆に後から出てきたらすごく偉そうに見えるじゃないかと、恨めしく思った。

 改めてテッツオ達が、視察団の対面に座ると


「さっきの船は、皆さんが居なくてもあんなに速く進むの?」


 テッツオ達が降りた後、試験航行をするケインを見たのだろう。一人の少女が早口で問いかけてきた。


「サリー様、まだ挨拶もまだですよ」


 と白髪の老人が嗜める。テッツオとユーリは慌てて立ち上がり、遅れた事を詫びて軽く挨拶をした。対面に座る視察団の中には、召喚された当日の壇上にいた顔もちらほら見える。


「サリー•サーマックです。王立の錬金術師会から来ました」


 青い癖のある髪を雑に後ろに結び、年相応の明るいドレスではなく深緑色のローブを着ているところからも、只者じゃ無さを感じさせる。


「王族でらっしゃられるので失礼のない様に」


 席の後ろに立つリオネルが耳打ちした。

 テッツオの緊張感が増す。


「あれは極端に軽い船です。風魔法使いが後方に風を送ると船が前に進みます」


 テッツオが説明すると


「なるほど、前からきた空気によって船体が持ち上がるのね」


 なかなか筋がいい、とテッツオは微笑んだ。


「そうです。船は水に浸かっている部分が少ないほど速く進みます。ですが軽すぎると安定感を失います」


 とテッツオが言って


「あの船はひっくり返ったら大変そう」


 と一番の問題点を挙げて返した。


「風でひっくり返ったら、また風でひっくり返せばいい話です。

 泳ぎながら魔法が放てるかはわかりませんが…」


 サリーはテッツオの説明に大袈裟に頷いた。

 サリーの隣に座る老人が咳払いをして


「皆さん揃いましたので、本題に入るとしましょう」


 と発言して、会議の口火が切られた。

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