第13話 冒険者ギルドについて
ナオミ様が3人を引き取ると決めたあの日の夜、彼女はアンナに向かってこう言った。
「アンナ、あなたにはあの3人に付いてもらいます。ですが、一番注視するのはあの赤毛の少年、シュガーです。
もし彼らが別々に行動することがあるのなら、あなたは彼についていきなさい」
今日もシュガーの後に続いて歩きながら、アンナはナオミ様の先読みの良さについて考える。
何か事が起こる時、大抵はこの男が起点にいる。そして、ユーリが事を大きくして、テッツオはそれを収めていく。
バラバラな様に見えてこの3人のバランスは実に良い。
「昔の紳士がステッキを持ってた理由がわかった」
そうぼやきながら、シュガーは昨日の雨で濡れた石畳を慎重に歩く。こちらの靴は元いた世界より重く滑りやすいのだそうだ。
「そういえば、昨日の先生方の話は参考になりましたか?」
恐る恐る歩く姿の彼にアンナが問うた。
昨日の先生方とは、正教の聖都で学んだ司祭や、魔法の成り立ちを研究している学者、回復薬や薬草の研究をしている錬金術師、ドアーフ族の音楽家などである。
彼らを館に一堂に集めて、150年前の三国の建国以前の歴史について語りあってもらったのだ。
「いや、全然ダメだった。曖昧というか、漠然としているというか。『悪政だった』とか『人の道に反していた』とか、明らかに意図してぼやかしている様だし。昨日の連中は本当に知らないんだろうけど…」
イタズラっぽいその笑顔は『子供っぽい大人がそのまま子供に戻ったらシュガーになる』というユーリの例えがなんともしっくりくる。
彼が何のためにそれを調べているのかも、アンナは聞かされていない。
「でも、こちらの世界の人も解ってないという事はわかった」
少し立ち止まって飛び越えるか悩んだ後、水たまりを大きく迂回する。
二人はこれから冒険者ギルドへ行くところだ。その道すがら、アンナはシュガーに基本的な説明を聞かせていた。
冒険者ギルド。正確に言えば、カンバーランド冒険者ギルド第15支部。
辺境の、ダンジョンも無かった地域の、ほんの小さな支部だ。依頼も採集や害獣駆除が殆どで、胸踊る魔物退治やレア素材の依頼などは滅多に無い。
所属する冒険者も上から3番目のランク、ゴールド級までしかいない。
「そのランクって全部で何段階あるんだ?」
「7段階です。正確にはそれより下の無印まで数えて8段階です。
上から、ミスリル、プラチナ、ゴールド、シルバー、ブロンズ、メタル、ストーンの7ランクです」
アンナの説明を聞いてシュガーは大きく頷いた。
「確かに。訳も分からない文字を使う癖に、ギルドのランクだけはアルファベットってのはおかしいもんな…」
と、独り言を呟いている。この世界と彼の知る異世界物語の相違点をいちいち確認している様だ。
「着きました」
アンナに言われてシュガーも足を止めた。
石とレンガを組み合わせた建物の入り口は大きく開け放たれ、中から冒険者たちの話し声が聞こえる。
専ら話題の中心は、一昨日にチラ見せしたシセロ島のダンジョンの話であった。
話題の人物に気付いて口を噤む冒険者たちの脇を抜け、シュガーは奥へと進む。アンナは初めて来るギルドの中をもっと見物したかったが、急ぐシュガーの背中をしっかりと追いかけた。
受付の前を抜け、一番奥の階段へ向かう。冒険者がたむろするスペースは吹抜けになっていて、大柄な冒険者だらけでも狭苦しさは感じない。
依頼の掲示板は受付とは逆側の壁にあり、その両側には巨大なモントローズの地図とカンバーランドの略地図が掲げてあった。
「なるほど、二階からも地図を見ながら話が出来る訳か」
というシュガーの呟きにアンナが笑う。
「何がおかしいんだ?」
不機嫌そうに振り返るシュガーに
「以前、ナオミ様がおっしゃっていた事を思い出しました。
男性は歳をとると2種類に分かれていくそうです。一つはとことん効率や機能を重視するタイプ。もう一つはプライドに雁字搦めにされるタイプです」
鼻で笑うシュガーは
「これから会う人物はどちらだろうな」
と、階段を登っていく。
秘書に案内された応接室にはギルド長と副ギルド長が既に待ち構えていた。
ギルド長とシュガーは「先日はご挨拶も出来ずに申し訳ありませんでした」などと堅苦しい挨拶を交わしている。
ギルド長の名前はフランツ•フォレスト。ここモントローズ出身のベテランである。一般職で冒険者ギルド職員になり、全国を転々とした。
髪の毛は白髪なのに肌にツヤがあり、年齢不詳なところがある。また、事務能力の評判が良く人望も厚いので、一般職の出世限界といわれる、地方のギルド長を2年前から務めている。
「はじめまして、副ギルド長のハンス•ラシーンです。よろしく」
良く通る声で、仕立ての良いスーツを着こなした青年がシュガーに握手を求めて来た。
渋々握手をするシュガーの眉間にシワが寄っている。彼にとってはハンスの声は美味しく感じなかったのだろう。
ハンスは王都の魔術学校を出たいわゆるエリートで、この歳で副ギルド長をしているというのは、キャリア入所組の出世コースの先頭グループにいる事になるのではないか。
「今日は報告と相談に参りました」
ソファーに浅く座るシュガーは敬語で話し始めた。アンナの頭のなかに、彼が敬語を使う使わないの基準はどこにあるのだろう、という疑問が浮かんだ。
「ご存知かと思いますが、一昨日【我が国】にてダンジョンが発見されました」
シュガーが【我が国】という単語を使った時、ハンスの頬がピクリと痙攣した様に見えた。
「つきましては、ダンジョンのすぐ側にギルドの出張所を出していただきたい」
シュガーはいつもと同じで、今日も言いたい事を言う。
「いや、待って。カンバーランドはシセロ島を独立国と認めたのか?」
と、ハンスが口を挟む。
冒険者ギルドは当然ながら国の組織である。【国家十九席】にも代表を送っているし、国からの補助金も入っている。
だから、国の意向が無視できないという事だろう。
「またこの説明か…」
シュガーはここ数日、何度も繰り返してた説明をまたする事になった。
「国が国たり得る要件は、領土と国民です。
シセロ島は150年前の国境線確定時には存在しませんでした。両国が領有を主張していますが、言い方を変えれば、それはどちらの領土でも無いとも言えます」
「詭弁だ」
ハンスが前のめりになる。
「ついでに言うと、私たち異界から来た3人はどちらの国民でもありません。どちらの国民でも無い人間が、どちらの領土でも無い場所で建国して何が悪い?」
シュガーは敬語も忘れ、前のめりのハンスの顔にグッと近付いた。
「だが、あなた方はカンバーランドの貴族の誰かが作った身体に入っているのでは?」
そう言うギルド長のフランツは、ゆっくりとお茶を啜っている。
「私たちの意識は勝手に連れて来られたんです。あなた方は何処に連れ去られたとしてもカンバーランドの国民でしょ?」
会話を横で聞いているアンナは、毎度繰り返されるぐうの音も出ない反論を楽しんでいた。
「いいですか?私たちの独立を認めれば、双方に利益があるんです。もし認めなければ、得られる全ての利益はあちら側に流れます」
ハンスの姿勢が下がっていく。
「先月の【王家十九席】の会議にてモントローズ侯爵夫人は『領地の問題を解決したい』と言って我々3人を引き取られた。
それを了解した王家は、領土の問題をモントローズ侯爵家に一任した、ということになりませんか?」
2人は黙り込んでいる。
構わずシュガーは話を進める。
「さて我々の計画では、ダンジョンから街を守る様な位置に冒険者ギルドの建物を建てようと考えています。
国の施設を国外に置くのは色々難しいと思いますので、両岸のギルドの皆さんには、出張所を置き、ひとまず両国の冒険者の登録とランク管理だけをお願いしたいと思っています」
両国から冒険者が集う事になるであろうダンジョンだ。ギルドの運営をどちらかに任せようとしたり、ギルドをそれぞれに二つ用意した場合には余計ないざこざが起こるだろう。
アンナには管理だけを両国にお願いするのはとても良い考えだと思えた。
「それは違うな」
フランツが白い顎ひげをさすりながら語り出した。
「冒険者ギルドが一番大切にすべきは誰か?ハンスはわかるか?」
横にいる副ギルド長に質問する。
突然問われたハンスは
「優れた冒険者ですか?」
答えに首を振りフランツは話しだした。
「冒険者ギルドにとって一番重要なのは依頼人です。
掲示板に依頼の無いギルドには冒険者は集まりません」
ハンスは顔を赤くして俯いている。
「いかに幅広い依頼を、いかに旨みのある報酬で。掲示板を埋める依頼こそが冒険者を惹きつけ、その地域にとどめます」
さっきまで雄弁に語っていたシュガーも口を噤んでいる。
「私の様な魔力も腕力も無い人間が何故にギルド長をしているか。
それはひとえに営業力の賜物です。街の人が集まる場所に必ず顔を出し、顧客の名前と家族構成などを頭に入れ、気の利いた付届けを欠かさない。
些細な困り事も冒険者ギルドに頼めば安心という信頼を得るまで、代々のギルド長がどれだけ苦労してきたか」
フランツは立ち上がり吹抜けを見下ろす窓に手を掛ける。
「今のままだと、ダンジョンから何か採ってきて欲しいという依頼は…あそこの掲示板に載る事になるのかもしれませんね」
と、フランツが一階の掲示板を指差した。
ギルド長の目線の先にいるシュガーも小さく微笑み返す。
「確かに。ユールゴーデンのギルドよりも、良い依頼が入り続ければ、そうなるでしょう。
だが、モントローズギルドの協力が得られず、島のギルドの掲示板にユールゴーデンの依頼だけが載ったらどうなるかは、フォレストさんにもわかると思いますが…」
まだ橋も掛かっていない孤島だ。島に宿泊するカンバーランドの冒険者たちが、こちらに戻って掲示板を確認するだろうか。
フランツはニヤリと笑って手を叩いた。
「いやぁ、やられっぱなしも癪なので、言い負かそうとしてみたんですが……やはり手強い」
そういえば彼の声にシュガーは嫌な顔をしていない。アンナは、二人のひねくれ具合がそっくりな事に気付いて笑いを堪えた。
しかし、国境が曖昧になった後の近すぎる三つのギルドには問題がある。
「まぁ、私が島のギルド長になれば問題は万事解決なんですが…」
フランツがさらりと言う。
「ちょっ?!」
ハンスは目を見開いて上司に顔を向けた。
「フランツさん、そんな勝手は駄目ですって。
第一、ウチのギルドはどうするんです?」
その焦りっぷりに、もはやエリート感は無い。
「いや、私は来年の春には定年のジジイだよ。どうせ後任はもう決まってるだろうし、それにあっちにギルドが出来たらここは暇になるよ。
しばらくはハンス、君一人でも大丈夫」
そう言った後、フランツとシュガーは古くからの友人同士のように笑い合った。
アンナは、この二人が絡むと良くない事が起こる予感がして、背中に冷や汗をかいた。
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