第12話 雨の日のシセロ島

 同じ頃、テッツオとユーリ、ミアは雨が降るシセロ島にいた。

 すぐ横にもう1人、膝に手を当てて気持ち悪そうにしている中年男性がいる。


「吐きそうだ。何なんだあの乗り物は」


 件の中年の名前はグラン•フレールン。ミアの叔父にあたる。

 魔法詞は【涼しさ】高レベルの風魔法を使える他に、空気の流れを目視する事ができる。


「叔父様、仕方ありません。私たちが見知っている風魔法の使い手は叔父様しかいませんから」


 雨具を着込んだミアよりだいぶ背が低く、長い銀色のまつ毛が雨で垂れ下がっている。

 今日、シセロ島にはこの4人しかいない。


 昨日の式典の後から今日の悪天候は予想されていたので、今日の島での工事は中止という事になっていた。

 だが増水した時、島はどうなるのかを確かめた方が良いということになり、雨の日に川を安全に渡る方法を考えた結果がグランなのである。


「それにしても、空飛ぶ舟とは」


 グランが今乗ってきた舟を振り返る。何の変哲もない小舟の後ろに直径15センチ、長さ1メートルほどの筒が取り付けてある。

 ユーリが乗員もろとも舟の重さを無くし浮かせたあと、グランが筒の中に向かって風魔法を放つのである。

 現代で言えばホバークラフトの仕組みである。


「てっちゃん、見てまわるよ」


 張り切るユーリを先頭に島の周囲をぐるりと見て回る。

 自分の体重をとことん軽くして月面歩行みたいに進むユーリに、歩きにくい靴で追いかけるテッツオが恨めしい視線を向ける。


「水位はまだまだ大丈夫そうね。中央の水路も良さそう」


 ミアが嬉しそうに告げた。彼女自身も岸壁の建設に関わっていたから安心したのだろう。テッツオは大きく頷いて対岸を見る。晴れていたらはっきり見えるはずなのに、雨と川からの湯気で霞んで見えた。


「では、参りましょう」


 最初からテンションが高いユーリと、岸壁の出来の良さを確認したミアが先に進む。

 テッツオは、地面に染み込んだ水分は何処にいくのだろうかと考えた。例えば、元いた世界の岸壁には地中の水分を抜く為の穴があったよな。と思い出した。

 昨日、式典があった広場に乗ってきた空飛ぶ舟があって、その横を過ぎて先へ向かう。

 シュガーが大騒ぎした岩山の前に着いた。


「で、本当に確かめるのね」


 ミアが聞き直してきた。

 今日のもう一つ目的、ブラッドリザードは水路を越えられるのか?の確認である。

 島の中央を流れる水路の取水口は岩山の東西の下流側にひとつずつある。そこから水路はYの字に中央に流れ込む。ダンジョン開きのために昨日は掛けられていた即席の橋も、今日は外されていた。


「グランさん、帰りの魔力は大丈夫ですか?」


 テッツオの質問に緊張気味に頷く。


「では、お願いします」


 テッツオの合図でミアが拳ほどの大きさの壺を投げた。中には鶏の血が入っている。

 水路を越え、岩山で壺は派手に割れ、中の血が大きく広がる。


 少し地面が揺れた気がした。

 岩山が深呼吸をしたように幾つかの細い隙間が広がって、穴から一匹また一匹と1〜2メートルほどの大トカゲが這い出してきた。

 ざらりとした赤茶色の硬い鱗が雨に濡れて反射する。その殆どが血の匂いに鼻をヒクヒクさせて首を振っていた。

 4メートル程の幅の水路を挟んでいるとはいえ、岩山から溢れ出すトカゲたちは気持ち悪い。


「ミア、ダンジョンの入り口は一つじゃないかもな」


 さっきまでより低い声でグランが呟く。水路のこちら側を右左と動きながら、グランは手持ちの紙に何か書き込んでいた。

 壺が落ちた場所の周辺には血を舐める大量のトカゲたちがいて、いつの間にか水路から這い上がろうとするトカゲもいる。岩山の反対側から泳いで回り込んで来たという訳か。


「冬で良かったな。暑かったなら水路を越えて来てもおかしくない」


 グランの言葉に、そうか爬虫類は冬眠するのかと、テッツオはユーリと目を合わせ、ほっと胸を撫で下ろした。


「でもさ、これだけ鼻をひくつかせてるってことは相当鼻がいいんだよね。

 じゃあ嫌いな匂いもあるんじゃない?」


 ユーリがちょっとした思いつきを口にした。

 それを聞いた3人はしばらく言葉を失った。

 小降りだった雨がいつの間にか止んでいる。

 テッツオは50年間それに気付かなかった先人たちに憐れみを覚えた。


 何匹かのトカゲが水路を下流に流されていく。明日の作業はトカゲに注意するように伝えなければとテッツオは心に決めた。

 まぁ血の匂いを嗅いでない単体の大トカゲなど、この世の住民からすればどうってことは無いだろうけれど。


 快適な舟の旅。ユールゴーデンへの帰路は、高さが怖いグランに気を使い超低空で飛んでいた。舟底が川面に掠って水飛沫をあげる度、女性陣は歓声を挙げ、男性陣は悲鳴をあげた。

 

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