第11話 ガーフィールド商会の会頭室にて

「それでその後どうなったのだ?」


 ロナルド•ガーフィールドはいつの間にか前のめりになって息子リオネルの話を聞いている。

 ここはモントローズのガーフィールド商会の会頭室、高級なソファーに父と息子が向かい合って座っている。テーブルには島の完成予定図が広げられ、気付いた点を書き加えられていた。

 外からは冬の雨がしとしと降る音がして、窓ガラスは曇っていて外は見えない。


「その後シュガー殿は壇上の3人を連れて、背後の岩山に向かいました。昔、一夜にして現れたシセロ岩と呼ばれていた岩山です」


 リオネルと上の兄2人とは歳の差が離れていた。そのせいか歳上の人間と話を合わす事が上手く、父でありガーフィールド商会の会頭でもあるロナルドとも臆せず話せる数少ない人間の一人である。


「そこで突然『ダンジョを開きを始めます』なんて叫んだんです」


 リオネルは思い出し笑いを堪えている。


「ダンジョン開きとは何だ?」


 ロナルドの問いにリオネルは


「向こうの世界では、海や山に入って良い時期が決まっていて、その最初の日に儀式をするそうで」


「で、ダンジョン開きか」


「はい。実はその前々日に、我々は岩山に人工的な隙間を見つけていました」


 と、リオネルがさらりと言った。


「つまりあの岩山が、古代文明の遺跡である可能性があるという事か」


 ロナルドの言葉には、何故その事を先に知らせなかったのか、という呆れに近い感情が込められている。


「残念ながら隙間は指2本ほどの細いもので、シュガー殿が言わねば誰も存在に気づかないものでした」


 ロナルドは、息子の話を聞けば聞くほど、3人の異界人に会ってみたいという気持ちが募っている。


「そこで【ダンジョン開き】です。シュガー殿はテッツオ殿を呼びつけ、その隙間に魔法をかけさせます。【伸ばす】という魔法です」


 ロナルドはその場面を想像して笑いそうなった。丸腰の領主たちの前で未知のダンジョンの扉が開いたのだ。さぞや周りの護衛も慌てただろう。


「テッツオ殿は隙間を支える両側の柱を縦に伸ばしました。

 そして、その入り口付近には例のブラッドリザードの背中が見えました。

 次の瞬間、ユールゴーデンの警備隊長が慌てて『元に戻せ』と叫び、テッツオ殿が魔法で元に戻しました」


 ヒヤリとした場面なのにリオネルは楽しそうに話している。


「あそこには階段がありました。あれは間違いなくダンジョンです」


 ダンジョンなんぞ後々こっそりと見つければよかったのだ。大勢の前でしかも、両領主の前でひけらかすものではなかろうに。


「領主様は見なかった事にしたのか?」


「はい。ダンジョンは見つけた国のものです。どちらの国のものでも無い場所に現れたダンジョンは、どちらの国のものではありません。

 という事にしようとなりました」


 両岸の首脳陣が頭を抱える場面はさぞや痛快であろう。


「あぁ、無理してでも行けば良かった」


 ロナルドは不自由な右膝をぽんと摩った。

 歩くのには不自由は無いが、舟で川を渡る事には周囲から待ったが掛かった。

 その為に式典には長男が名代として参列している。

 リオネルはゆっくりと首を振る。


「これから数ヶ月、この慌しさは続きます。父上にもしもの事があってはとの兄上の優しさです。

 あの島では転んで擦り傷を負っただけでも大事なのですから」


 確かに式典が大トカゲに滅茶苦茶にされたら、我々に未来はないだろう。


「取り急ぎ必要なものはあるか?」


 ロナルドの問いに、リオネルは細かく書き込まれたメモを取り出し説明を始める。


「昨日、ダンジョンをチラ見させたせいで入居希望者が殺到しています。建材と職人は何とか足りていますが、不足するのはその後です」


「その後?」


「柱、かべ、床、屋根。家はこれだけの物で出来ている訳ではありません。

 その後に必要な物、ドアや窓、階段の手摺りなどの建具と、ベッドやソファーなどの家具があってこそ、住居となります」


 家の建材と違い、細かい装飾が必要な物たちだ。


「トイレ施設や排水浄化の魔石、ドアノブや蝶番、それに釘やネジも不足しそうだな」


 ロナルドの一言に大きく頷いて、リオネルは手元のメモ用紙に書き加えていく。


「素材は大統領が用意してくれるのだろう?ならば我が商会の支店よりも先に建具屋と家具屋を島に建てよう。

 職人を募り、彼らが欲しい工具や工作器械は惜しみなく用意しろ」


 対岸のハンマルビーも同じ様に動き出すだろう。地元で敵無しの二つの商会がシセロ島で鎬を削るのだ。

 ロナルドは久しぶりに胸の高鳴りを感じている。


「そしてもう一つ、島側から要請がありました」


 話始めるリオネルの顔は、なんとも難しい顔をしていた。


「両替です」


 リオネルの自信無さげの物言いに、ロナルドは納得のあぁという声が漏れた。

 国境の川を挟んだ両岸は、もちろん国が違う。つまり通貨が違うのである。


「知っての通り、両国のエゲンとポンドルは、基準の銅貨、その百倍の価値の銀貨、金貨、白金貨と、4種類の通貨を利用しています。

 ですが、それぞれで大きさ、使われている金属の純度がバラバラなのです」


 そう言ってリオネルが額に手を当てた。

 確かに地下資源の豊富なカンバーランドの方が全ての通貨が大ぶりだった気がする。


「シセロ島で独自の通貨は作らないのか?」


 というロナルドの問いにも


「はい、島の全ての商店は両方の通貨を使える様にせよ、とシュガー殿はおっしゃいました」


 通貨の発行という面倒事を避けて、その管理までも我々の手に入るのか。


「素晴らしいではないか、何を迷う事がある」


 ロナルドの声が大きくなった。


「いえ、私達だけではありません。

 ユールゴーデンのハンマルビー商会も両替の業務にあたります」


「つまり、両商会で相場を決めて両替業にあたる訳か」


 ロナルドは大きく息を吐いた。独占出来なくても十分に良い話だ。


「父上、それは違います。

 相場は両商会それぞれで決めるのです。談合は決して認めないとの事です」


 ユールゴーデンのポンドルを、幾らのモントローズのエゲンで買い取るか?それを話し合いもせずに決める?


「当分は朝の開門時刻に合わせて、100ポンドルを何エゲンで買い取るか、100エゲンを何ポンドルで買い取るかを明示せよ。との事でした」


 ロナルドは大袈裟にソファーにもたれかかり、短く笑った。


「面白い!」


 それを聞いてもリオネルは首を傾げる。


「しかし、相場などは段々と固定されていくものではないでしょうか?」


 息子の疑問にロナルドは頷く。


「ああ、時間が経つにつれ、互いの相場は似たような物になるだろう。

 だが、それは島に入ってくる商品が一定の場合だ。そして知っての通り、島に入ってくる商品は一定ではない」


 リオネルは4人の兄弟の中で一番素直で向上心がある。前のめりに話を聞く様子は昔と変わらない。


「例えば、収穫の時期にはユールゴーデンの農産物が大量に入ってくる。

 冬場には石炭がモントローズから輸出されるだろう。

 そしてそれらの生産者が欲しいのは、自国の通貨だ」


「確かに。こちらで商売する商人にはポンドルなんて必要ないですからね。

 割安でもエゲンが欲しい」


 父親として息子の理解の速さには感心する。


「リオネル、私は決めたよ」


 ロナルドは息子に穏やかな表情を向けた。


「シセロ島の支店はお前に任せる。

 いや、違うな。シセロ島で支店は不味い。

【リオネル•ガーフィールド商店】として独立してくれ」


 リオネルはグッと奥歯を噛み締めた。


「しかし、私はモントローズの騎士として過ごして来ましたから、商売人としての経験値がありません」


「だが、お前は騎士団を抜け、異界人の元で働こうとしていたではないか」


 ロナルドは当てずっぽうで言ってみたが、図星だったようだ。リオネルがあからさまに狼狽えている。


「初めてなのは向こうも一緒だ。こういう時は単純に考えれば良い」


 雨音が消えて窓の外が明るくなってきた。


「エゲンとポンドルの量に基準を設けるといい。減りすぎた時に値上げして、増えすぎたら安売りする。

 お互いの通貨を商品だと思って商いをすればいいんだよ」


 シセロ島、中央の広場の東西に作られる二軒の両替所。朝の鐘の音と共に、巨大な掲示板にそれぞれの交換比率が掲げられる。

 両替の列を作る商人や冒険者たち。安定してきたら、街の有望な職人に融資するというのも良いかもしれない。

 そう考えると、リオネルの魔法詞【鋭さ】の副産物、勘の良さはこの仕事のためにあるのではないだろうか。


 もう少し若かったなら……。

 ロナルドは具合の悪い右膝を摩りながら、自らの年齢を恨めしく思った。


 


 

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