第10話 独立式典
順調すぎる。
シセロ島へと向かう舟の上で、ミアは静かな川面を見ながらそう思った。
冬場で水量が少ないせいか、島の東西の岸壁の処理は昨日1日で終わらせた。軽くて柔らかくて平べったい岩を、川岸に縦に並べていく。石工が余計な部分をナイフで切り落とし、ユーリが重くし、ミア達【硬さ】持ちが硬くする。最後にテッツオが【定着】して終わる。
これを繰り返すうちに、午前で東岸が出来上がり夕方には西岸も終わった。
この上に城壁代わりの2階建ての建物が建つという。岸壁だけでも大柄なミアの身長よりも高いから、敵対した勢力は攻め入るのに苦労しそうだ。
川岸には所々に街に登られる階段が作られており、両岸の作業員達はここから上陸できた。
岸に横付けした舟からミアがゆっくり降りる。今まで同じ街に住みながらも全く接点の無かった石工や大工たちとも気軽に挨拶を交わすようになった。
今まではノミやノコギリを使っていた作業が、ナイフで出来るようになったのだ。ミアは【硬さ】の魔法詞を建設作業に使うという技術革新が、これからの建設業界にどう影響するのか楽しみになっている。
島の北側、元々の岩山のすぐ前に冒険者ギルドの予定地があって、その場所に腰の高さほどの広い台が出来ている。ミアはこの台を見て、幼い頃に観た旅芸人の芝居を思い出した。
台の上には白いクロスをかけられたテーブルと高そうな椅子が置いてある。モントローズ侯爵に用意された椅子が大きめなのを見て、ミアの緊張度が少し上がった。
「おはよう、ミア。今日は一段と素敵な鎧ね」
ユーリが元気に挨拶して来た。
「おはようユーリ、素敵なドレスね。わたしもドレスが良かったわ」
ミアに褒められて嬉しそうにするユーリは、大きなドレープのついた真っ赤なドレスを着ている。寒さ対策のためか、ドレスの上に厚手のストールを羽織っている。
「褒められるのは嬉しいけれど、寒くて早く着替えたいわ」
野外というのもあり、ドレスの裾はやや短めで、歩き辛そうな靴も見えている。
舟の到着は偉くなるほど後の便になるから、晴れているとはいえ、寒空の下で薄着で待たされるのはたまったものではない。先程の台詞とは裏腹に、ミアはドレスでなくて本当に良かったと胸を撫で下ろした。
「緊張する?」
ユーリが顔を覗き込んできた。
「もちろん。だって歴史的な瞬間に立ち会うわけだから」
そう口にして、なおさら緊張が高まってきた。ユールゴーデンとモントローズの領主同士が今日ここで席を同じくする。
細かい取り決めは、昨日のうちにシュガーと両岸の家裁との三者会談で決められている。なので今日は招待客の前で合意を読み上げ、それに両者がサインをするだけの話なのに、ミアと同じ様に落ち着きをなくした招待客たちがそこら中にいた。
「ミアさん、こんにちは」
ミアに声をかけてきたのはモントローズの石工の少年タクトだった。
彼の魔法詞はミアと同じ【硬さ】で、以前は石工としては役に立たないと馬鹿にされてきた。しかしミアに柔らかくする魔法を教えてもらい、今や石工以外の大工たちにも引っ張りだこの人気者である。
「お、愛弟子かぁ、こんにちは」
ユーリがミアより先に挨拶を返す。顔見知りとはいえ、ドレス姿の美少女に声をかけられて、タクトは顔を赤らめた。
ジャケットを羽織り、少しだけ他所行きな姿である。
「お父上は今日も仕事か?」
挨拶を済ませた後、ミアが目線を低くして尋ねた。彼の父は石工の頭で、西岸の大小3ヶ所の門を作る責任者になっている。
「うん、昨日は東の棟梁と遅くまで話し合ってたのに、今日も早くから現場だって。
今、現場ではテッツオの奪い合いが起きてて、さっさと見つけて、とりあえず石を伸ばしてもらえって大騒ぎなんだ」
島の中央の広場には、四角く磨かれた石材、防腐処理まで済ませてある木材、レンガなどがあり得ないほど細長い形で積まれている。これらをユーリが軽くして、職人が運び、魔法で柔らかくした後、職人が切る。切り落とされた時点で物の重さと柔らかさは元に戻る。
全ての物を倍々に増やすテッツオの事を、まるで万物を作り賜う神の様だと敬う人もいる。口数少なく黙々と手を動かす様を見ていると、わからない事もないとミアは思うのであった。
時間を告げる係が回って来て、ユーリはモントローズ側の舞台袖へ、ミアは舞台背後の警備へとついた。
ユールゴーデンの領主、カイン•ユールゴーデン侯爵が先に入場し、年齢が上のモントローズ侯爵が後から入ってきた。
楽隊の奏でるBGMが聞こえないほどの歓声と拍手がして、招待客たちがこの瞬間を待ち望んでいた事が伺える。
ミアは周りを警戒しつつも、2人の固い握手をチラ見して、大きく深呼吸した。気を緩めると涙が溢れそうだからだ。
2人の間には島を代表してシュガーが立つ背中が見える。歓声が落ち着いた頃、50年前に突然現れた岩山を背景に、シュガーは静かに語り始めた。
「大河アプラスを挟んだ二つの国は、150年前に関係を断ちました。
戦も争いも無い平和な断交だったと聞きます。そんなわけで、最初の何年かは交流の再開を待つ人々もいたといいます。
しかし、国の基盤固めや宗教の布教の為に、互いの国は仮想の敵として利用されてきました。ゆえに国交の回復はを望む声は次第に消えてしまったのです」
あからさまな批判に目を伏せる人がいる。
ぎゅっと拳を握る人もいる。
「皆さん、対岸の方々と顔を合わせてみて、実際どうでしたか?獣人たちは口よりも先に手が出る獣でしたか?ドアーフの口は酒臭かったですか?」
シュガーが観衆を見回して笑みを浮かべる。
「ですが国同士の国交というのは、簡単に結ぶことは出来ません。
この島に関わる予定のない方にお願いがあります。
今から私が述べる事を聞かなかった事にしてください」
シュガーが両侯爵を振り返る。
「シセロ島はカンバーランド、ブルーニュスの両国から独立します」
皆わかっていた筈だが改めて宣言されると観衆からどよめきが漏れた。
「つきましては、モントローズ、ユールゴーデン、そして我々シセロ島の三者で合意した事を発表します」
ここからシュガーは合意内容を読み上げ始めた。そのメモを昨日チラリと見たが、よくわからない文字が並んでいた。彼らの元の世界の文字らしい。
一つ、この街では人種、性別、思想、出身による差別を認めない。
一つ、この国へ入る事は自由だが、もと来た国以外への出国は認めない。
一つ、この国で商いをする者は、当分の間モントローズ、ユールゴーデン出身に限定する。
一つ、出国の際は持ち出す物に税金をかける。
一つ、国内の商いでの利益の一定比率を税金として納めること。
一つ、関税を含む税金、課徴金、罰金の総額の15%をモントローズ、ユールゴーデンにそれぞれ納めること。
その他、法を整えるまでの間は出身国の法律に準じて判断すること。
彼の長い話に皆聞き入っている。
「最後に、どちらかの勢力がこの国に戦を仕掛けて来た場合には、すぐさま逆の勢力下に入り、槍を交える事とします。
お二方には名より実をとっていただきたい」
2人の侯爵が大きく頷いた。
署名の為に立ち上がり歩みを進める侯爵の間でシュガーが突然声を上げた。
「テッツオ、お前がサインしろ。お前が初代大統領だ」
舞台袖のテッツオに手招きをする。観衆の職人達から割れんばかりの拍手が起きた。
テッツオは一度は大きく首を振り拒否する素振りを見せたが、鳴り止まない拍手に押されて舞台に上がった。照れて恥ずかしそうにするテッツオに
「さぁ、何か言う事は無いのか?」
とアラン•モントローズ侯爵が声を掛けた。
コクリと頷いたテッツオは
「とりあえず……とりあえずですよ、初代大統領、謹んでお受けします。
大統領っていうのは、本来、選挙で決めるものなんです。ですからここの運営が安定したならば、改めて皆で投票して決めたいです。
それまでは皆さんよろしくお願いします」
再び起こる拍手の中、領主の3人が順に署名し、再び固い握手を交わした。
この日、一番の歓声の中、シュガーが舞台の中央へツカツカと進んで来た。そして…
「では、皆さん、本日のメインイベントへと参りましょう」
と突然ニヤけ顔で宣言した。
その様子を覗き見て、あぁ今朝感じた悪い予感はこれか、とミアは天を仰いだ。
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