第9話 島をかさ上げする

「えー、結婚してたの」


 ユーリが悲鳴を上げた。その声を聞いてミアとテルマが笑っている。

 既婚の事実を知らされたのはミアの兄、レミ•フルーレンの事である。独身時代に散々苦労をした彼は、親戚が決めた相手と早々に籍を入れたそうだ。


「ええ、早くに結婚して子供が2人いるよ」


 砕けた口調で答えるミアも、昨日より軽装で作業しやすい服装である。

 テッツオたちは、今日も伸ばした土を軽く慣らして山を作っている。

 一方シュガーはというと、リオネルとゴランを共にして島の探索に出ている。

 排水路や道路をどこに通すか。将来的に掛けるであろう双方からの橋をどこに掛けるか。それらを決めてから地面を固め始めるらしい。


 一応ユールゴーデンの代表として参加しているゴランは、国境警備隊員の狼の獣人である。在職20年を超えるベテランの彼は隊長の良き相談相手であり、不在時には代理を務める事もある。魔法詞は【強さ】である。


 その後、あらかた土を積み上げ終わった午後には、モントローズの技師が島に来て細かく測量を始めた。

 その結果、細長い菱形の島を縦に分割する様に排水路を通す事に決まった。傾斜を測り地面を慣らす。

 すぐ横ではテッツオたちはそこに乗せる水路を作っていった。

 ユーリが軽くした石膏の板を、テッツオが伸ばす。それを一辺が2メートル程の角の丸い木の型に乗せた後、ミアが柔らかくする。

 石膏の板は型に合わせてコの字になって、紙粘土のような柔らかさのうちに伸ばしすぎた部分を切り取る。

 最後にそれをミアが硬くし、テッツオが状態を固定して、パーツが出来上がった。


 出来上がった水路を地面に置いて、テッツオが【伸ばす】で水路を伸ばしていった。


「こんな面倒くさい真似せずに、地面を四角く掘って壁を硬くすればいいんじゃない?」


 と、ユーリがぼやく。


「そうすると、街の各家からの排水管の穴が開けられないだろ。

 ついでにこの水路の上の線が島のかさ上げの基準になるんだ。

 明日からはここに合わせて土慣らしと杭打ち、岸壁作りだ」


 そう言うシュガーは生き生きしている。大きな木型も水路の技師も、いつの間にか彼が用意していて、テッツオたちは手足のように働かされている。

 膨大な魔力のテッツオとユーリは平気だが、ミアは魔力切れで何度か気を失いかけて、ユールゴーデンから何人かの【硬さ】持ちが助っ人に呼ばれた。


『今日の仕事は明日楽するためにする』


 というシュガーの理念のもと、街造りは進む。


「こういう異世界ものってさ、だいたい1日でささっと家とか建てるじゃん。

 なんで私たちはこんな地味な作業をしてるの?」


 土を慣らす両岸の人々を眺めながらユーリが呟いた。

 目線の先では、モントローズとユールゴーデンの人々が中央の水路を挟んで土ならしの競争をしている。思い思いの道具や魔法を使う大勢の大人たちを見ていると


「お互い理解のある領主で良かったな」


 と、楽しそうにシュガーが言った。辺境の平和な街で起こった事件である。皆のテンションがおかしくなったとしても不思議はない。


「すみませーん、土お願いしまーす」


 呼ばれた場所までユーリが巨大な桶を運び、そこからテッツオが希望の量の土を出す。

 最初のうちは拍手なども起こったが、今は対岸への対抗心か作業の手を止めずに軽く感謝を述べるだけだ。

 やがて土地の平坦化を終えると、道路の予定の場所を縄で線引きし、地下の硬い岩盤まで杭を打ち込んでいった。

 短く縮めた木材を【竜殺し】の要領で地中深くの岩盤に突き刺していく。

 テッツオはこの杭打ちの必要性に疑問を感じたが、シュガーが新橋〜横浜間の日本初の鉄道建設の話を長々とし始めたので抗議を諦めた。


 こうなると、街の様子がだんだんと見えてくる。

 一番北の上流側の岩山のすぐ南に、岩山をふさぐ様に冒険者ギルドを建てる。これは岩山にダンジョンが見つかった時にゲートとして利用されると共に、ブラッドリザードから街を守る壁の役割もある。

 島を南北に縦断する水路は冒険者ギルドの前の広場から開渠となり、島を縦断する。街の家々から出る排水や下水は魔石による浄化を経てここへ流れ込む。

 東西の地区は一本の大通りを挟んで二筋の家が並び、川岸側の家々は街の城壁も兼ねた作りになる。その途中にいくつかに船着場を設ける予定だ。


 島の中ごろには東西に横切る大通りが通る。その中間には広場があり、東西両地区の大通りにも直接入れるようになっている。


 広場の南、下流側も水路の両側に大通りを挟んだ街並みが続く。

 一番下流には大きめの船着場を作る予定らしい。


「エリア分けみたいなことはするの?」


 そう聞くミアの口調も最初の頃よりだいぶ砕けたものになってきた。


「島の両側と南端の港に入国管理所を置いて、真ん中の広場の周辺に金融機関と食事処を置く。

 北側は岩山ダンジョンを中心とした冒険者の街だ。武器屋、道具屋、それらを製作する工房なんかが出来る。

 南側は宿屋と歓楽街。食品や日用品の店もこの辺に入る」


 シュガーの説明に一同から感嘆の声が漏れる。


「私の実家も店を出す事になったわ」


 誇らしげにテルマが言った。

 テルマ•ハンマルビーは国境警備隊の隊員であり連絡係でもある。魔法詞は【素早さ】で、足の速さは獣人の隊員を差し置いて、隊の中で一番はやい。

 ユールゴーデンで一番の商家、ハンマルビー商会の会長の姪であり、会長の末弟である彼女の父は薬剤師を生業としている。


「でも、なんかこれダンジョンありきじゃない?」


 ユーリがもっともな事を言った。突然現れた岩山、大量に現れるブラッドリザード、この二つの事象だけで決めつけている。

 午前中に島を一周したシュガー、リオネル、ゴランの3人はその言葉を聞いて含みのある顔をして鼻で笑った。


 

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