第8話 竜殺しとはっちゃける兄

 兄の緊張がミアにひしひしと伝わってきた。

 隊長だからといって、このような重要な交渉に担ぎ出される事自体が間違いなのだ。

 真面目で事務仕事も早く、部下との関係も良好。何よりも戦力として格別の強さを持ち合わせている。

 だから警備隊の隊長としては満点なのだが、こういう難しい場所には絶望的に向いていない。

 確かにミアが向こうの試みに勝手に乗ったのも悪い。

 でも、さっきまで友好的に話していた赤毛の少年が、血液の入った壺を出した途端に固まってしまうし、ユーリという名の怪力女が宙に浮いた時点で後退りしてしまった。

 ミアは情けない兄に代わって返事をする事にした。


「竜殺しとは珍しいわ。実際に竜を倒したの?」


 ミアの問いに


「いや、実際に倒したわけじゃないんだ。竜とか珍しい生き物だしね。

 だけど、コイツの攻撃は避ける事は出来たとしても、防ぐ事は不可能なんだ。

 そんなんだから、周りからは竜をも倒せる【竜殺し】なんて呼ばれているわけだ」


 シュガーと名乗った赤毛の少年が答えた。

 図々しい物の言い草はとても少年には見えない。そもそも、シュガーとユーリ、それに【竜殺し】のテッツオという名の少年には人間離れした美しさがある。ミアから見ると姿かたちが作り物じみている。


「言うだけなら誰でも出来るでしょ。具体的にどういう能力か教えて」


 ミアはじっとテッツオの方を見て言った。

 テッツオはドギマギしてこちらを見返せずにいる。普段から褒められ慣れていないのか、あるいはハッタリなのか。

 すると彼のすぐ隣にいたシュガーが何事か耳打ちをして、やっとミアの方を見てくれた。


「俺の攻撃は色んなものに穴を開ける。武具の硬さも、城壁の素材も、魔物の皮膚の厚みも、たぶん関係ない。

 もし皆さんの中に、守りの才能があるという方がいたら、是非試してみないか?」


 言わされている感が凄い。この棒読みの少年は、赤毛から何か言わされているに違いない。赤毛の少年に乗せられてはダメだと、ミアは疑りの目を向けた。

 が、兄をはじめ警備隊の先輩方がミアの方を向いている。確かに、この中で防御魔法は一番だけれど、なんとも脳筋の集まりである。


「わかったわ。わたしが試します」


 ミアは先輩達に恨めしい目を向けながら、前に歩を進める。

 大きく息をしたミアは、右足を後ろに下げ半身になって盾を構えた。

 テッツオも近づいてくる。その手には一本の木製のスプーンを持っていて、器用にくるくる回している。


「あなた自身を傷つける事はないですからね。そのままの体勢で準備ができたら合図をください」


 テッツオはミアに優しく声を掛けてきた。盾の裏側の持ち手の位置まで確認してくる。

 ミアは長細い六角形の盾を地面に突き刺して、魔力を流していく。


「鉄壁」


 盾がほのかな黄金色のオーラに包まれ、物理と魔法、双方の攻撃を跳ね返す【鉄壁】の呪文が完成する。同じ【硬さ】の魔法詞を持つ兄でさえ使えない高ランクの防御魔法である。

 初めて見るモントローズの兵士達からどよめきが起きた。

 短い木のスプーンを持ったテッツオと目が合ったミアは、いつでもどうぞと軽く頷いた。

 こんな防御魔法は初めて見るからか、あるいは人に対して試すのが初めてなのか、彼の顔に緊張の色が見える。


「元に戻す」


 ミアと目を合わせたままテッツオは呟いて、その後ほっとしたのか笑みを浮かべた。

 衝撃も音も無い。

 だが、鋼鉄製の重い盾の上部、端に近い部分に木製のスプーンがまっすぐに刺さっている。

 突き刺したというより、元からこのデザインだったかの様に刺さっていた。だが、その周辺にスプーンが通過した形跡はない。


「どういうこと!?」


 ミアの驚いた声がして、周りの兵士達もスプーンが盾に突き刺さっている事に気付いた。


「教えちゃダメだぞ」


 シュガーが口を挟むが、テッツオはそれを制してミアに語りかけた。


「僕らは元々この世界の人間ではありません。だから、この世界の国家とか宗教とか、正直クソ喰らえと思ってます。特にアイツは……」


 テッツオは小うるさい赤毛の少年を指差した。

 ミアは話が飲み込めず、瞬きを繰り返した。

 魔法の説明を聞いたはずなのに彼は何を言い出すの?この世界の人間ではないってどういう事?

 だがミアの兄であり警備隊長のレミは違った。


「なぁ、このスプーンはどうやって抜くんだ?

 そしてこんな貴重な武器を刺したままにしてていのか?」


 ミアの盾に刺さったスプーンを見ながらテッツオに問いかけている。

 兄よ、今それを聞くタイミングか?とミアが苦い顔をした。


「いえ、ただのスプーンなので、折っちゃって構いません」


 テッツオの返事を聞いたレミは細かく頷いて


「やはり、異界人は面白い魔法の使い方をする」


 と、スプーンを折って盾の穴をまじまじと見ながら呟いた。


「異界人?」


 ミアは咄嗟にそう問うたが、この世界の人間ではないとはそういう意味なのであろう。


「カンバーランドには、異界人といわれる奇妙な知識を持つ連中がいる噂が前から流れていたんだ。それに加えて、侯爵婦人が異界人なんて話もある」


 図星なのかモントローズの兵士達が苦笑いをする。


「僕は人の魔法詞を当てるのが得意でね。メジャーな物なら顔を見ただけでも当てられる。

 そこの彼女の魔法詞はたぶん【重さ】かな。見張ってた仲間は怪力女なんて騒いでたけど、宙に浮いた件も含めて、重さを自由に弄れる魔法を持っているんだろう」


 レミにそう言われて、ユーリはもじもじしている。かなり見た目が麗しい兄に言葉をかけられると若い女は大抵こうなる。ミアは散々目にしてきた。


「気になったのが彼の『元に戻す』という呪文だ。

 竜殺しの攻撃方法としては明らかにおかしい」


 レミはテッツオの方を見て話した。


「今まで聞いた事はないが、もし彼の魔法詞が【長さ】で、長さを自由に変える魔法と、それを【元に戻す】魔法も持っていたと仮定すると……」


 レミはニヤリと笑ってシュガーと目を合わせて言った。


「防御不可能な攻撃になるね」


 ミアは混乱した。長さを変える魔法がどうして防御不可能な攻撃になるのか?そもそも、いつもは愚鈍で何を考えているのかわからない兄が、何故にこんなに饒舌なのか?

 その視線に気付いたのか


「ほら、こっちに来る時、スプーンをくるくる回してだだろう?

 あれは短くしてるのがバレないようにしてたんだ。

 短くしたスプーンを盾のすぐ前に構えて【元に戻す】で元の長さに戻したら、盾に埋め込まれ、突き刺さった様に見える。

 これが竜殺しのカラクリだよ」


 トリックを見破った感心と、饒舌な隊長の珍しさで一同が静まり返る。


「でも何でこんな面倒臭い事をしたの?」


 ミアが聞くと


「そりゃあ……【硬さ】の魔法詞探しだろうな。

 土魔法で増やした土が元に戻らないのって不思議だとは思わないか?

 コイツらは魔法で変えた状態をキープする方法を持っている。城や街を作るうえで重さ、長さが自由に変えられるのなら、次に欲しいのは硬さだろうよ」


 軽くした土を高く伸ばして、その上で硬さを加えたなら簡単に城壁になるではないか。

 ミアの考えに気付いたのか、シュガーが照れ臭そうに笑った。


「俺らの目的は、両方の中央政府に気付かれる前に壁に囲まれた街を作っちまう事だ。

 城壁を硬くするだけじゃない。【硬さ】の魔法詞を持っている奴ならば、石材や木材、レンガやスレートを柔らかく加工しやすくする事ができるはずだ」


 シュガーがそう言う。

 確かにミアは、料理で硬いカボチャを切る時などに柔らかくしたりする事がたまにある。


「後は大工や石工なんかの職人を集めればいいわけだな」


 そう言うレミも、いつのまにか乗り気になっていた。

 さっきまでの緊張感はさっぱり無くなっている。


「ちょっと待って。ウチの領主様に了解は取らなくていいの?」


 という妹の問いにも


「どうせ街が出来るのは止めようが無い。

 ならば得な方を選ぶのが、あの方のやり方だ」


 若き領主、カイン•ユールゴーデン侯爵は、レミと同い年で昔からの友人でもある。兄のこんな行動も、たぶん理解してくれるであろう人間の大きさもある。


「ミア、ゴラン、テルマの3人は残って彼らを手伝って。

 報告や相談、要望がある時はテルマが走るように。

 シュガー殿、かさ上げは何日程かかる?」


 矢継ぎ早の話のあと、突然の質問に、シュガーが「3日ほど」と慌てて答えた。


「じゃあ、今日から4日後に事務方が取り分の折衝をして、その後に領主同士で調印式。

 天候不順で川が渡れない時は、無理せず翌日に順延ね」


 いつもは生真面目なだけが取り柄の口数少ない兄が、テキパキと指示を出している。

 近くにいたテッツオが


「キミのお兄さん、なんかすごいね」


 と小声で聞いてきた。


 争いも、人の行き来も無い国境の警備隊。

 つまらない毎日に突然起きた非日常の事件。

 大好きな謎解き物語みたいに、軽やかにトリックが見破れて、さぞかし気持ちがよかろう。

 ミアはそんな事を思いながら、泊めてある舟へと帰る兄の背中に手を振った。

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