第7話 向こう岸との遭遇

『話し合いがしたい』

 というとてもシンプルなメッセージの横断幕を向こう岸に向けて掲げる。

 幅2メートル、長さは15メートルの幕はもちろん軽くしてある。テッツオの能力で地面に深く打ち込んだ幕を支える杭だけ、後から重さを重くして倒れないようにした。


「さて、作戦を開始しましょうか」


 というシュガーの号令でユーリが大きな桶をふわりと置く。元々はワイン造りの為の重い桶とそれを地面に置いた時の軽い音がとてもアンバランスで、動かす度に笑いが起こる。


 皆がスコップを手に、周囲の土を桶に放り込んでいく。黙々とした作業に耐えられなかったのか、シュガーが出鱈目な民謡みたいな唄を歌い出して、皆が拍子に合わせてスコップを動かした。

 念の為、作業に参加せず向こう岸を見張っていたユーリが


「男子校かよ」


 と呟いた。


 桶に土を入れる作業を何のためにしているのか?

 その答えは『島のかさ上げ』である。もともとシセロ島は上流の大岩と、その下流域の土手で出来ている。今回、6人が上陸した土手の部分は、葦のような低い草は生えてはいるが、深く根付くような高い木は生えていない。

 つまり、増水した時は川の底に沈む場所なのである。

 なので、土を積み上げて地面をかさ上げしてしまおう、というのが今回の6人の作戦である。


 巨大桶の底が隠れるくらいの土を入れた後、


「てっちゃん、お願いします。斜めだぞ、斜め」


 普通にてっちゃん呼びするシュガーの声を聞きながら、テッツオは桶の土に意識を集中する。

 桶の中の土を伸ばすのだ。斜めというのは真上に伸ばしたら桶が埋もれてしまうからである。

 そもそもテッツオは地面の土をそのまま伸ばす事は出来ない。土の様な粉末状の物や液体を伸ばす場合、この桶のような容器が必要になるのである。

 魔法の師匠ミランダは、イメージのしやすさが関係しているのではないかという仮説を立てていた。


「伸ばす!」


 洒落っ気のないテッツオの言葉で、桶の中の土がゆっくりと斜めに伸びて、その後バラバラに落ちた。崩れた土が2メートルほどの山を作った。


「ドシャって崩れたな、土砂だけに」


 ダジャレを言うシュガーは一体何歳だったのだろうか?とテッツオは眉間に皺を寄せた。

 斜めの向きを変えて、また巨大桶の土を延ばす。桶を囲むように土の山が出来ていく。


「なぁ、砂利を踏んだらどんな音がするか知ってるか?」


 などとシュガーがほざいているが、一同は耳を貸さずに作業を続けた。

 ユーリが土の入った桶全体を軽くして、土の山に登りその上に置いた。

 今度は、上から高い台地を広げていく。


「水鳥の住む湿地は、身勝手な人類によって埋め立てられました」


 ユーリの言い草がドキュメンタリーのナレーションみたいだったので、テッツオが吹き出し、シュガーも悔しそうに笑った。


 今回の目的はかさ上げの第一段階、この島に大量の土を積み上げることである。土地の高さを整えたり、岸壁に石を積んだりは街の専門家を呼ぶ予定だ。

 シュガーの話では地下の固い岩盤まで杭を打ったり、大きめの排水路を作りたいから、土を敷き詰めすぎないように念を押されている。


 ホイッスルの音が聞こえた。


「おーい、向こう岸からお客さん来たぞー」


 という見張りのリオネルの声で一同に緊張感が走った。テッツオたちは作業の手を止めて、島の東側へと歩き出した。

 小型の舟が2艘、それぞれに3〜4人乗っていそうなので、たぶんこちらと同じ位の人数なのだろう。

 テッツオは大きく深呼吸した。巷の噂通り、彼らが血の気の多い野蛮人だったなら、どうなってしまうのだろうか。

 岸につけた舟から降りてくるユールゴーデンの兵士達は一様に身体が大きい。全身を覆う鎧と赤く縁取りされた大きめな盾を持っているのに、彼らの身のこなしは軽い。


「此処は我が領土である。早々に立ち去るが良い」


 先頭の大男が兜の面を上げながらそう言うと


「こんにちは!」


 とシュガーが明るく返した。


「全ての基本はあいさつだぞ。ほら、こんにちは!」


 そう言うので、テッツオたちモントローズ勢も釣られてあいさつする。


「おや?やはり挨拶も出来ない野蛮人なのか?」 


 鎧の兵士たちが武器に手をかけてカチャリと金属音がしたが、先頭の男が手で制した。


「はじめまして。私はレミ•フレールン、ユールゴーデンの国境警備の隊長をしている。

 我々は争うつもりはない。事情の確認に来ただけだ」


 そう言って兜を脱いだ。銀色の髪と頭の上にピンと立った大きな耳、言い伝えに出てきた銀狼の獣人である。

 あまりのイケメンさに目がハート型になったユーリを皮切りに双方が自己紹介をはじめた。

 最悪の事態は避けられそうである。


「そもそも、150年前の建国時の取り決めによって、アプラス川の全ての中州は我が国ブルーニュスの物であると決められている。

 したがって、あなた方は現在、不法に入国している状態にある…」


 レミの生真面目さがよくわかる。が、説明が終わる前にシュガーが割り込んだ。


「150年前の取り決めでは、全ての中州はブルーニュスの領土とし、一番西の川筋の中間線を国境線とするとなっていたはずだ」


 少しだけレミが怯んだ。


「つまり、その後に出来たこの島は、その国境線の上にある。

 という見方もできる」


 どちらの言い分もわかるからか、両岸の一同は口を閉ざした。

 シュガーの話はまだ続く。


「双方の言い分は平行線。このままいけば戦闘に発展することにもなる。そしてもれなく大量のトカゲ付き。

 この島は犠牲を払っても取るほどの土地なのか?

 そう、お互いが50年以上も棚上げし続けた理由はそこにある」


 話の強弱、間の取り方、目線や手振りに至るまで胡散臭さ満載なのだが、テッツオ以外の聴衆はシュガーの演説に聴き入っている。


「だが、島の誕生の経緯や、大トカゲの発生の仕方などを見るに、この島にはまだ何かあると我々は考えている」


「だから無理矢理に奪い取りにきたのか」


 ユールゴーデンの兵士の一人が声をあげた。若い女性の声だったのでテッツオは驚いたが、シュガーは平然と首を振り返答する。


「いや、この島をどちらのものにするという事は考えていない。

 むしろ逆だ。

 私とここの2人とでこの島に国を作ろうと思っている」


 重要な事をあまりにもさらりと言ったので、ユールゴーデンの兵士たちも、セルヒオとリオネルも驚いて口をパクつかせている。


「私も参加しますよ」


 アンナが手を挙げた。


「ごめん、じゃあ4人だ。

 俺たちはここに、川の両岸を相手に商売する商業国家を作る。

 この事はモントローズ侯爵も了解済みだ」


 言い終えたシュガーが周りを見回す。


「俺も参加します」


 とリオネルが言うと


「詳しく話を聞かせて」


 とユールゴーデンの女性兵士が手を挙げた。兜を脱ぐとレミと同じ美しい銀髪が現れた。


「待て、ミア!

 こういう事は一旦持ち帰ってから慎重に判断するべきだ」


 とリーダーのレミが後ろを振り返る。


「お兄様、わたし達にとって、またと無い絶好の機会ですよ。

 フレールンの家にとって、祖父の代からの因縁のこの島に関われる事は、神の導きだとは思いませんか?」


 兄妹なんだ。しかも両方美形。

 さっきまで浮ついたユーリを馬鹿にしていたテッツオも美しさにドキドキする。


「という事は、50年前にこの島に【シセロ島】という名前を付けたのは…」


「わたし達の祖父です」


 ミアの告白にモントローズ側がわっと湧く。

 あの言い伝えに出てきた銀狼の獣人の孫が、また隊長をしている。アンナさえも興奮で顔を紅潮させていた。


「あの、盛り上がっているところ悪いのだけど、そちら側が参加するしないに関わらず、俺たちはここに街を作るよ」


 一人落ち着いたシュガーが話を進めた。


「どういう事だ?我々はそんな勝手を許さないし、君たちも無傷では済まないぞ」


 隊長としての責任か、真顔に戻ったレミがすぐに言い返した。


「コレが何かわかるかな?」


 シュガーが直径15センチ程の密封された壺を取り出した。


「コレには【鶏の血】が入っている。コレをぶち撒けるとどうなるかわかるか?」


 シュガーはいつのまにそんな物持ち込んでたのか、テッツオは不安になって川岸に泊めてあるボートの位置を確認した。


「ブラッドリザードが沸いてくるだろうな。

 だが、相手せねばならんのはお互い様なはず」


 そう言いつつも、向こう岸の兵士達も後退りしそうだ。

 

「俺たちは宙に浮ける。

 もし邪魔をするというのなら、はるか上空から皆さんにこの壺を投げ落とす事になる」


 可愛らしい美少年の見た目からえげつない事を言う。


「馬鹿な、空を飛ぶ魔法を使える者など、こんな辺境にいるはずないではないか」


 レミの物言いに焦りが見える。


「ユーリ、ちょっとだけ浮いて見せて」


 したり顔のシュガーに言われて、ユーリが1メートルぐらい浮いた。

 驚く兵士達を尻目に、風が無くて本当に良かったとテッツオはホッと胸を撫で下ろした。


「ついでに、ウチには【竜殺し】と呼ばれる奴もいる」


 調子に乗ったシュガーがそう言うと、テッツオの肩をポンと叩いた。

 俺はいつのまに【竜殺し】になったのか?テッツオは目を見開いてゆっくりとシュガーを見返した。

 そこには、いつも以上に悪戯っぽく笑う赤毛がいた。


 

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