第6話 巨大な桶を担ぐ怪力女の話

「つまり、ユマ様とマービンさんが今のアラン様の御両親って訳ね」


 ユーリが勝手にロマンスを妄想し口を開いた。


「いえ、ユマ様はアラン様の叔母にあたります。この後他家に嫁ぎましたし、それ以前にシセロ様はこの時から既婚でした」


 というアンナの説明にユーリは顔を赤くしている。


「しかし、何でユマ様は治癒魔法が使えたんだ?」


 シュガーが腕を組んだまま疑問を口にした。


「この世界には、自身の魔力を自分の魔法詞とは違う魔法に変換する魔石というものがあります。

 これを使ったアクセサリーは便利ですが、物によっては大変高価な物です」


 とアンナが教えてくれる。

 シュガーの細かい問いかけに一々答えるアンナの声を聞きながら、テッツオはひのきの棒を伸ばしたり縮めたりしている。直径3cm、長さ20cmほどのひのきの棒は、昨日ナオミから貰った物だ。


「最初に装備するなら、ひのきの棒です」


 と微笑みながら渡された。

 テッツオとユーリは新しいおもちゃをプレゼントされた子どもみたいに、伸ばしたり縮めたり重くしたり軽くしたりしている。

 おかげで、ユーリは手から離れてもすぐ近くにあれば重さを変えられるし、テッツオも伸び縮みが少しだけスムーズになった。


「じゃぁ、私が風の魔法を使えたら、飛べるじゃん!」


 ユーリが興奮気味に言う。

 昨日、自分の身体を宙に浮かす事に成功したユーリは、しかし、ただ浮いただけだった。宇宙ステーションの中みたいに、壁を蹴って部屋の中を行ったり来たりしていたが、もう飽きたのか今日は棒で遊んでいる。


「同時に2種類の魔法を使うのは難しいですが、試してみるのも面白いかもしれませんね」


 そう言ってアンナが手元の紙に何かを書き留めた。


 広さ20畳ほどの天井が高い部屋の大きなテーブルを挟んで、アンナとテッツオたち異界人3人が向かい合って席に着いている。

 この街がどういう街なのか?シセロ島がどういう歴史を辿ったのか?この国や教会はどういったシステムで動いているのか?など、あらゆる事をだらだらと話している。

 シュガーに対して嘘や誤魔化しが効かないことを知っているアンナは、答えづらいこと以外は正直に答えている様で、シュガーも質問を繰り返していた。

 召喚当初の王族の話を聞いて不機嫌そうにしていた時とは別人みたいだなと、テッツオは嬉しくなった。


「しかし、話し合いで解決できる問題の相手が、話し合い出来ない相手っていうのが厄介だな」


 シュガーはそう言ったあと大きな欠伸をした。シセロ島の話では、彼らも同じ言語を使っている様だ。なのに教会の教育や国の宣伝のせいで、対岸の国民は何をしでかすかわからない野蛮人の様に思われている。


「じゃぁ、いっそのこと独立するか」


 そう言うとシュガーが立ち上がってボソボソと呟きながら何か考えている。シュガー以外の3人が呆気にとられている。


「あっ、独立といっても、あの島に両方の国の属国を作るだけだ。交易で利益を上げまくって両方に上納金を納める。ついでに、たぶんあるんだろうダンジョンを見つけて街を発展させる。

 この街も向こう岸にもどちらにとっても、島を独占するよりも得な提案がある事に気付かせればいい」


「しかし、中央に見つかったら大問題になりかねません」


 アンナが眉間に皺を寄せる。


「私たちはカンバーランドによって生み出された訳でしょ。勝手に裏切っちゃっていいの?」


 ユーリも心配そうだ。


「俺はこの国の国民になった覚えはないぞ。だが、あの島があのままなのは……相当に勿体無いと思うんだよ」


 シュガーはそう真面目に呟いた。

 

「元の世界で就職してた時に『明日、楽するために今日の仕事をしなさい』って上司から言われてたせいか、クソみたいな迷信や思い込みのせいで不自由な生活してる事に気付けない人達がかわいそうなんだ」


 というシュガーの一言に、アンナが


「別に不自由はありませんけど…」


 と小さく反論した。


「あのさ、アプラス川の右岸モントローズ領は岩がちの鉱工業の街だよね。そしてアプラス川は固い地盤のモントローズを緩やかに回り込んで流れてるから、あちら側の岸には豊かな土壌の農地が広がっているみたいでしょ。

 ほら、シセロ島の顛末にも名産のワインってのが出てきただろう?」


 シュガーの話にアンナが唸っている。

 確かに川を挟んだ対岸には、お互いに欲しい物があるのだ。川を国境として一切の交流をしないという150年前の取り決めのせいで、たくさんの無駄が生まれているのは確かだろう。


「でも、どうやって向こうと話し合いをするんだ?」


 と、テッツオが聞いた。

 シュガーは大きく息を吐いて


「とりあえず、デカい桶を用意しようか」


 そう言って、不敵に笑った。




 

 翌日、テッツオたちは屋敷を出て船着場に向かって歩いていた。

 3人とアンナと護衛の騎士団員2人。今日、実際にシセロ島に渡ることになった6人である。

 列の最後尾にはユーリがいて、直径3メートルほど、深さが60センチほどの大きな桶を担いでいる。


「ちょっと、女の子にこんなデカい物担がせて罪悪感ないわけ?」


 ユーリが騒いでいるけれど、先を行く男たちは構わず進む。


「だって俺らじゃ持てないんだから仕方ないだろ」


 シュガーが笑って答える。スコップとか昼食の弁当箱とか、他の5人が持つ荷物もユーリの魔法で軽くしている。しかし、もし何かの拍子にユーリの魔法が切れてしまった場合、下敷きになるかもしれない。


「あのね、重さじゃないの。私のおじいちゃんなんか羽毛布団でギックリ腰になったんだからね。私になんかあったら、どうするの?」


 元の世界の思い出をあっけらかんに話すユーリを見て、元の世界に未練は無さそうだなとテッツオは羨ましく思った。


 デカい桶を担いで文句を言うユーリを見て、街の人が振り返る。ドアーフの女性も怪力というが、ここまでなのは珍しいのだろう。


「その時は誰かの治癒魔法で治してもらいます」


 と、アンナがすかさず突っ込む。言葉遣いは丁寧だが、だいぶ打ち解けている。


「でもさ、空が広いよな」


 テッツオは話題を変えようと、空を見上げてそう言った。


「ほんと、ビルや電柱が無いだけでスッキリするもんだな」


 というシュガーの一言に


「そうかな、この辺は郊外よりも相当空気が悪いよ」


 先頭を歩くリオネルが振り返る。

 リオネル•ガーフィールドはモントローズ領随一の商家、ガーフィールド商会の三男だ。魔法詞が【鋭さ】という珍しいものだった為に騎士団にスカウトされた変わり種でもある。カールした金髪を頭の後ろでオシャレにまとめているが、肩幅が広く手足が長いので、仲間にはカニと揶揄われている。

 武器は双剣、商人の息子らしく人懐っこく、テッツオたちと打ち解けるのも早かった。ユーリの魔法で自分の防具を最初に軽くしてもらったのはこのリオネルである。


「ナオミ様が嫁いでくる前はもっと酷かったがな」


 もう1人の騎士団員、セルヒオがそう言って笑う。

 セルヒオ•モースは今年45歳になるドアーフ族のベテランで、魔法詩はこの街で一番多い【強さ】を持つ戦士である。騎士団に入った理由は身長が高くなり過ぎたから。坑夫に長身は向かないのであろう。

 武器は柄が長い片手斧、背中に背負った大楯を左手に持って戦い、幾たびも魔物を含む害獣の退治や、国内の紛争の解決に参加してきた。


「この街の規模だと、工房の廃液や排気は酷かったろうな」


 シュガーがそう言って空を見上げている。


「ああ、公害という概念さえ無かったからな。彼女の最初の10年は、大気汚染と水質汚濁との戦いだった……」


 セルヒオ遠くを見る目をしている。


「今では当たり前の煙突の魔石フィルターだとかスライムによる浄水システムだとかは、彼女が発案して作らせた物だ」


 セルヒオの発言に、リオネルが得意げに頷いている。


「あんたら異界人は、俺たちからしたら未来を知っている事になる。

 ナオミ様がふと漏らしたアイデアと職人たちの努力によって、今のモントローズの繁栄があるわけよ」


 そう言ってセルヒオが胸を張った。


「商人の努力も忘れちゃいけないよ」


 商家の三男、リオネルが口を挟んだ。

 

「あぁ、ガーフィールド商会が生み出した数々のヒット商品は、俺たちの生活をより豊かにしているよ」


 セルヒオの言い方が皮肉っぽかったので、シュガーがすかさず口を出す。


「いかにも含みのある言い方だな」


 などと2人の騎士の顔を交互に覗き込んだ。


「コイツら商人は発明と称して、向こう岸の技術を輸入してるんだわ」


 セルヒオがさらっと言ったけれど、リオネルは聞こえないふりをする。


「例えばウチが開発した魔法石を使った水洗トイレのシステムなんかは、ユールゴーデンでもすぐに普及したっていうし、その浄化した後の下水を堆肥化する仕組みは、商会があっちから輸入したんだよ」


 と、セルヒオがさらに付け足した。

 それぞれの街に産業スパイがいるようなものか、とテッツオは感心した。特許も著作権もない世界だ。たかだか数百メートルの川を越えれる事が出来れば、パクり放題というのはなかなか羨ましい。


「最近は実家の競合も増えてきて大変なんだ」


 明るくぶっちゃけるリオネルの言葉に、シュガーが合わせて笑った。

 つまり彼の言葉に、変な味を感じなかったって事なんだろうか。テッツオは冬の高く澄み切った青空を見上げて考えた。

 そもそもの話、この赤毛のおっさんは本当のことを言っているのだろうか?

 テッツオのモヤモヤした疑問をよそに


「あのさ、これの重さを軽くして固定しちゃえば、持つのは私じゃなくてもいいんじゃない?」


 という後方のユーリからの声がしたけれど、前を行く男たちは無視して歩いた。


 

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