第3話 領地への帰り道

 翌朝、テッツオたち非選抜メンバーは王城の正面玄関ロビーにいた。

 全開になった大きな扉の外から、馬車の車輪の音や、馬の蹄の音が聞こえる。


 玄関ロビーでは、ユーリが他の異界人たちと会話が弾んでいた。子どもの頃からあんな感じでクラスの中心にいたよなぁと、テッツオは懐かしく思えた。


 やがて【王家十九席】と呼ばれる貴族たちが一人また一人とロビーに現れて、玄関先の馬車に乗り込んでいく。

 テッツオたちは通り道を開けて頭を下げ、彼らが過ぎるのを待った。

 従者や荷物の数は様々で、上目でチラ見するテッツオは、服装や武器や防具の煌びやかで細かな細工にため息を漏らした。


 やがて、テッツオたち非選抜のメンバーに声がかかる。集団から男2人女1人が前に出て、残るメンバーに手を振った。


「エイミーもレジーもアイクも元気でね。また会おうね!」


 ユーリは目に涙を浮かべながら、去り行く背中に大きく手を振った。

 シュガーは手を振りながら


「3人とも元の名前は何なんだ?」


 とユーリに聞いた。


「レジーは礼司。後の2人は本名だよ」


 ユーリが答えた。


「キラキラしてんなぁ」


 そう言いながらシュガーは天井を見上げた。



 ロビーにはテッツオたち3人と、扉番の兵士だけになった。

 扉の外には先程までの喧騒は無く、ポツンと一台の馬車が停まっているだけである。


「遅いね…」


 ユーリは両腕を頭の上にして大きく背伸びをした。


「そして、馬車は一台なんだな」


 そう言ってシュガーが頭を傾げた。

 先程までの貴族たちは、自分たちが乗る馬車の他にも従者や荷物用の馬車が連なっていた。

 隣国との国境線があるって言っていたけれど、こんなに身軽で良いのだろうかと、テッツオも不安になってきた。


「お待たせしました」


 現れたのは昨日、真っ先に手を挙げた貴族の女性だった。

 波打つ張りのある金髪と碧い瞳、ワインレッドのドレスの袖から伸びる両腕は細く透き通るほど白い。


「皆さん、はじめまして。私の名前はナオミ•モントローズ、東側に国境を有するモントローズ領の領主、アラン•モントローズ侯爵の代理として此処におります。

 そして、こちらがメイド兼ボディガードのアンナです」


 側に控える黒髪の小柄なメイドが会釈する。

 テッツオたちが自己紹介をすると、ナオミはにこやかに頷く。


「話さなければいけない事が沢山あります。まず馬車に乗りましょう」


 そう言って、足早に大扉を出て行った。

 御者のセバスに挨拶し馬車に乗り込んでいく。詰めれば3人座れる椅子が対面になっている馬車に、ナオミとテッツオたち3人が座った。メイドのアンナは御者の横に腰を下ろしている。


「上座とかあるのかな?」


 と、シュガーがボヤいて


「そういうのは気にしないでいいです」


 ナオミがにこやかに否定した。


「それよりも…」


 と一拍あけてナオミが話始める。


「私が3人を引き取った理由を話しておきたいのですが……。

 まず、この大陸と国の話から始めましょうか」


 テッツオたち3人は、ナオミの話に耳を傾けた。

 馬車の中は思ったよりも外の音が気にならない。


「この大陸の歴史は記録が残っているだけで二千年余り、統一と独立を繰り返し、約150年前から現在も残る三カ国による均衡状態が続いています」


「三国志!」


 ユーリの合いの手に、テッツオはよくもまぁ割り込めるもんだと感心する。


「150年前、腐敗した前王朝を倒した3人の勇者は、その後の国のあり方で揉めました。

 人間至上主義と、その他の種族との共存を図る考えが対立し、共存派の中からも、ある程度住む場所を分けるべきだという考えも出てきました」


 いつのまにか馬車の車窓には郊外の田園地域の風景が広がっている。


「一緒に革命を成し遂げた仲間です。お互いにまた争い、住民にさらなる疲弊を与える事は避けたかったのでしよう。

 3人の勇者は大陸を流れる3本の大河を国境として、丸い大陸を南と北東と北西に三分割して独立国として治める事にしました」


「ベンツみたいだな」


 シュガーが天井を見てつぶやく。たぶんあのエンブレムの事なのだろう。

 ナオミはまだ続ける。


「国境の街と言っても、お互いの国同士の行き来は全くありません。

 対岸に見えるユールゴーデンの街がどんな街なのか、私たちには知る術がありません」


「思想的な対立は根が深いな。その後の教育にも反映されるだろうし」


 と、シュガーが唸る。貴族に対してもタメ口で行ける彼に、テッツオはヒヤヒヤした。


「私たちがいるこの国はどんな立場なんですか?」


 と、ユーリが質問した。


「私たちの国、カンバーランドは、互いの人権は尊重するが住む場所は緩やかに分かれよう、という考えです。

 位置的には、大陸の南側、アナログ時計の文字盤でいえば4時と8時の間の領土です」


「でも、昨日は国境の問題があるって言ってなかったか?

 川っていう国境線がきちんと決まっていて、しかもずいぶん時間が経っているのに、何に揉めているんだ?」


 矢継ぎ早に質問するシュガーを眺めながら、やっぱり頭の回転が速いなぁと、テッツオは感心した。

 さっきまでのだるそうな顔から、スッキリした明るい顔に変わっている。たぶんナオミの声が美味しいものなのだろう。


「また昔話になりますが、50年ほど前、国境の大河アプラス川の中央に突然、巨大な岩が生えてきました。川幅の五分の一をふさぐその岩山は、川の流れを変え、やがて岩山の下流に大きな中洲を作ったのです。

 そして……その中州の領有権はまだ定まっていません」


「50年も揉め続けてるんですか?」


 呆れ驚くユーリを尻目にナオミは続けた。


「もちろん、双方共にその中州、シセロ島と言いますが、そこに城や砦を作ろうと努力しました。

 しかし、対岸が黙って見ている訳がありません。その度に武力衝突が起きます。

 更に悪いことに、血の匂いに敏感なブラッドリザードというトカゲ型の魔物が、戦闘の度に大量に湧いて出てくるのです」


 その中州に城や砦を建て、そこをこちら側の領土にするために、【長さ】と【重さ】を使おうって訳か、とテッツオは納得した。

 魔物という単語にユーリがワクワクしているのがわかる。


「で、シセロ島はどれくらいの大きさなんだ?メートルとかキロメートルとか、俺たちがわかる単位で教えてくれよ」


 そう言ってシュガーは対面に座るナオミを覗き込んだ。

 ナオミは黙り込んでいる。


「ちょっと!こっちでメートルやキロメートルが通じる訳ないでしょ」


 ユーリが半笑いでツッコミを入れたけれど


「この人は俺たちと同じ、あっちの世界の出身の人だよ。

 三国志、ベンツって言葉に疑問を覚える事なく話を進め、自らアナログ時計なんて事も口にした」


 驚くユーリとテッツオを見比べながら


「昨日、城で水洗トイレを見た時から、俺たちの前にも連れてこられた人がいるんだろうなって疑ってたんだよ」


 シュガーが胸を張って答えたのを、ナオミは微笑んで受け流す。


「年寄りが若い身体を得た時、万全の視力と聴力を得た上に今までの経験も記憶されていて、頭の中で考えたことがすらすらと話せてしまいます。

 まるで大賢者にでもなった気になるんですよね。私もそうでしたから……」


 ナオミが窓の外を見ながら話を続ける。


「しかし、こちらの世界では、頭が良すぎたり、特殊な能力を持ってたりする人をよく思わない人もいますから、ご注意下さい…。

 さぁ着きましたわ」


 広大な麦畑と牧草地の突き当たりに針葉樹の林があった。薄暗い林への脇道を進むと、突然明るい場所に出て、いくつかの建物が見えてくる。

 小さめのログハウスの脇には、天井の高い納屋と馬小屋、それに周囲の木々に紛れる装飾をされた見張り台があった。


 木造の納屋の扉を開けて、馬車を乗り入れると、一人馬車を降りたナオミが出迎えた住民らしき女性と話し始めた。

 テッツオたちも馬車を降りた。前方ではアンナとセバスが馬車から馬を外しているのがわかった。


「今日はここに泊まるのですか?」


 ここの女性住民のダリアへと挨拶を終えたユーリがナオミに尋ねた。


「いいえ、ここは中継地です。さぁ、また馬車に戻って下さい。

 セバス、くれぐれもダリアを大事になさい。ではまた来年」


 今度はメイドのアンナも馬車の中に入ってきた。


「そういえば、さっきの質問に答えていませんでした…。

 シセロ島の長さは約1.2キロ、幅が最大300メートルです。

 その他のわからない事はアンナに聞いて下さい。

 私はしばらく眠ります。

 アンナ、向こうに着いたら彼らについての説明をお願いね」


 ナオミがボソボソと何か呪文の様なものを唱えている。

 唱え終わるとシュガーの方を見て


「私の魔法詞は【遠さ】モントローズまで一瞬で移動します…」


 馬車の周囲が光に包まれ音が消えた。

 喉の奥から変な声が出る。ユーリはアンナの腕にしがみついている。


「着きました」


 アンナが、腕にしがみつくユーリの手をさすりながら立ち上がった。


「奥様は魔法を使った後、しばらく眠り続けます。外に出ませんか?」


 アンナに続いて3人も馬車の外に出ると、先程とは違う石造りの空間にいた。眠るナオミを馬車の中に残し、アンナは出口へ向かう。


「ここは街を見下ろす丘の上にある【ガル砦】という場所です」


 扉を出ると、衛兵が笑顔で頭を下げてアンナたちに道を開ける。今日帰ってくる事は織り込み済みだったようだ。



 見晴らしの良いテラスに出ると、モントローズの街が一望できた。街の向こうには大河が流れ、例の中州も見える。対岸の隣国にはうっすら霞がかかっていた。

 せり出した岩山、工房の煙、教会の鐘塔も見える。


「ご覧の通り、モントローズは鉱山と鍛治の街です。

 都市部には5万人ほど暮らしていて、そのほとんどがドアーフか人間族か、もしくはその混血です」


 アンナも小柄なのでドアーフなのかもしれないと、テッツオは小さく何度か頷いた。

 赤い煉瓦の家々と、石造りの大きめの建物が混在した街並みが日の光を浴びている。


「きれい…」


 ユーリの感嘆の声に、アンナは誇らしげに微笑んだ。

 馬の準備ができましたと、衛兵が小声で知らせに来たけれど


「小声じゃなくても大丈夫です、しばらく奥様は起きません」


 とアンナが微笑んで礼をした。

 4人はナオミが眠ったままの馬車に乗り込んだところで馬車が静かに動き出した。


 走る馬車の中で、アンナはこの後のスケジュールを説明している。モントローズ侯爵との面会、屋敷内の案内、騎士団や官僚、屋敷の使用人の紹介、服や生活必需品の配給と不足品の確認……。

 テッツオはそれらの話を上の空で聞きながら、緩やかな坂を下る馬車の窓から街の景色を眺めていた。

 下り坂の馬車をひく馬は楽なのだろうか、あるいは逆にきついのだろうか?

 テッツオの頭にふと浮かんだ素朴な疑問のせいで、アンナの説明が頭に入って来ない。


 都市部に入ると、馬車が進む音が変わった。道路が石畳に変わった為である。蹄の乾いた音が心地よいリズムで響いた。

 レンガ造りの建物がびっしりと並んだ街並みを抜けると広場が見えてくる。そこには屋台が並び、何かの肉が焼ける美味しそうな匂いが漂っている。小さな子どもが馬車に向かって手を振ったので、ユーリが手を振り返した。


「ここまでで、何か質問がありますか?」


 アンナの問いかけに、ぼーっと外を見ていたテッツオとユーリが我に返った。それを見てニヤけたシュガーが


「さっきの瞬間移動って、移動先に物があった場合はどうなるんだ?」


 などと、スケジュールとは関係ない子供みたいな質問をした。


「消えます。

 一度、横着をした奥様が、自室のベッドの上に飛ぼうとした事がありました。

 結果…翌朝、絨毯の上で目覚めたそうです」


 アンナがそう言って寝息をたてるナオミの方を見たので、起きている全員が吹き出した。


「さぁ着きました」


 街の北側に切り立つ岩山の麓、街より一段高い場所にモントローズ侯爵の館はあった。

 西と北には岩山があり、南と東には空堀と石垣がある。石造りの門は馬車で通っても頭上に余裕ありそうだ。


 馬車は中庭を進む。

 王都の王城ほど高くはないが、中庭を囲む様にロの字に建てられた館には威厳がある。その風景の美しさに3人は感嘆の声をあげた。

 ロの字の形をした屋敷の北側の一辺が、この豪邸のメインなのだろう。中央の4〜5段ある放射状の緩やかな階段を登ると両開きの大きな扉があって、輪っかを咥えた金属製の獅子の首が飾られている。


「私がノックしたい」


 とはしゃぐユーリに、じゃんけんで決めようとシュガーが言い返す。

 しかし、馬車を停めるやいなや、中から屋敷の使用人たちが出迎えに現れた。

 銀髪の執事や幾人かのメイド、恰幅の良い料理人の姿があった。それに庭師だろうか、頭にバンダナを巻いて襟なしのシャツとサスペンダーをした無精ひげの大男もいる。


「ただいま戻りました」


 アンナが礼をしたので、3人も頭を下げて軽く自己紹介をした。

 事の経緯が書いてあるのだろうか、アンナが手紙を取り出したが


「まずはナオミをベッドに運んでこよう。客人は執務室に案内してくれ、話はそのあとだ」


 と不精ひげの大男がはっきりと通る声で言うと、馬車の中から軽々とナオミを担ぎ出した。

 呆気に取られるテッツオたちに


「あの方がモントローズ侯爵です」

 

 とアンナが呆れ気味に呟いたので、3人は慌ててお辞儀をした。


 吹き抜けの玄関から正面の絨毯じきの階段を登り、踊り場から二手に分かれた階段の右へまた登る。


「踊り場には肖像画を飾らなきゃいけない決まりでもあるのかな」


 などとシュガーがボヤいたので、先を行くアンナが微笑む。


 案内された広い執務室は、天井が高く広い窓のある部屋だった。

 執務机の後ろにある窓の外には広いバルコニーがあり、遠くに赤い煉瓦の街並みが見える。

 高価そうなソファーに腰を下ろすと、すぐに紅茶が運ばれてきた。

 お茶を運んできた茶髪のメイドを見たテッツオは、こういうスレンダーメイドもいいもんだと鼻の下を伸ばした。


「お待たせしてすまなかった」


 と言ってモントローズ侯爵が入ってきた。先程とは違い、ネクタイとジャケットを着こなしている。


「モントローズ家の第8代当主、アラン•モントローズです。よろしく」


 テッツオたちに大きな手を差し出して、がっちりと握手を交わす。


「君たちも災難だったね……。ナオミもこっちに来た時はだいぶ塞ぎ込んだというし、悩みがあったら何でも言ってくれ」


 ナオミからの伝言は伝わっている様だ。


「しかし我が国の王家は、時折災いに災いを重ねる悪いクセがある。瑣末なツケも、重なると大きな負債になるから……

 だから、これからの君たちは国の事など考えず、自分の身の安全を考えて行動した方が良い」


 テッツオはシュガーの顔をチラ見した。

 人の声と味覚がリンクするシュガーの能力からすると、侯爵の声はどう聞こえるのだろうと思ったからだ。

 すると


「私の魔法詞は【美味しさ】です」


 シュガーが突然話し始めたので、テッツオとユーリは驚いて顔を見合わせた。


「その能力は、人の声に味を感じるというものです。

 具体的に言えば、その人の感情が声に乗り、それが味として感じるようです。

 そして、王都で感じた王族や貴族の声、ほかの幾人かの異界人の声……ゲロマズでした」


 侯爵は眉間に皺を寄せて頷いている。


「ここに至るまでの街の雑踏や、侯爵殿下をはじめとしたこの屋敷の方々の声を聞きました。

 上手く説明が出来ないのですが……マイナスの感情を感じる事はあっても不愉快なほどではない。

 失礼な言い方かもしれませんが、統治が上手くいってるように思うのです」


 シュガーはすっと背筋を伸ばすと


「我々3人、この地にてお館様についていく事を誓います」


 小柄な美少年が片膝をつき、頭を下げる様は神々しくもあるが


「なにリーダー面してんの?」


 とユーリがツッコみ、


「元々、ここでお世話になる予定だっただろ」


 とテッツオが付け加える。

 侯爵は侯爵で


「お館様って呼び方良いなぁ、変えて良い?」


 と言うと、側に控えるアンナは無言で首を振った。


「とまぁ冗談は抜きにしても、この2人の能力は相当使えますよ。絶対に近くに置いておいた方が良い」


 シュガーの言葉に侯爵は興味深々に身を乗り出した。

 迫力に引き気味になりながらも、ユーリが口を開く。


「私の魔法詞は【重さ】です。物の重さを変えることができるみたいです」


「僕の魔法詞は【長さ】です。伸ばしたり縮めたりできます」


 二人の説明が期待外れだったのか、侯爵は首を傾げている。


「今はわからなくても使い方によっては色んな物がひっくり返る可能性があります。

 ぜひ、お楽しみに」


 思わせぶりなシュガーの説明に、周りの人間はただ愛想笑いを浮かべるのであった。

 


 

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