第2話 【特技】なんてものがあるらしい

 哲夫が廊下に出ると、悠里が駆け寄って来た。いつの間にか、大きめのストールを羽織っている。


「言いたい事全部言われちゃったね」


 と悠里が笑ったので


「ゆうちゃんの笑い声は変わんないな」


 と哲夫が微笑み返した。

 田舎の高校に通っていた哲夫と、中学からとなり町の私立に通い出した悠里。控えの間に用意してもらった席に腰掛けて、共通の知り合いが今何してるかなんてことを話した。

 高そうな紅茶を飲みながら「この会話は現実逃避ならぬ現実回帰だね」なんて哲夫なら思いつかない様な事を言って二人して笑った。


 悠里が儀式に呼ばれたのと入れ替わりに、赤毛の少年が戻って来て哲夫の隣に座った。


「どうやらお兄さんの手は借りずに済みそうだ」


 その言葉にキョトンとする哲夫を見て、少年は自分の股間を指差した。


「もしかしたら、【長さ】の魔法の世話になるかもと、思ったんだけどね。自分で言うのもなんですが……なかなかのモノでしたよ」


 満足気に頷いている。

 哲夫は、長さを変えるための魔法が、【手に触れたもの限定で長さを変えられる】っていう魔法なら……と想像して顔をしかめた。


「そう言えば、ステータス画面の見方を教えてもらってきたぞ」


 と、赤毛の少年が言ったので、早速哲夫も試してみることにした。

 自分の体の前で両手のひらを近づけて広げて見る。

 じっと3秒ほど見つめていると、ふわりと四角い画面が浮かんで見えた。


「おっ出た!」


 経験値、LV、HP、MP、ちから、しゅびりょく、すばやさ、かしこさなどの横に細かく数字が書いてある。


「他は2桁なのに、MPは1238だって」


 と言う哲夫に、


「俺は1500超えてたから」


 と勝ち誇る。


「それより重要なのは、一番下、【特技】の欄だよ」


 などと赤毛がはしゃいでいる。

 哲夫が視線を下ろしていく。


【特技】

伸ばす lv.1

縮める lv.1

元に戻す

定着



「なんか【伸ばす】と【縮める】は分かるけど【元に戻す】と【定着】ってなんなんだろう」


 そう哲夫がつぶやくと、


「多分なんだが、一度に伸ばせる物の数に限りがあるんじゃないか?

 例えば、一度に5つのものしか伸ばせないとしたら、6つめを伸ばそうとすると、自動的に最初の1個が元に戻る様な事が起こるとか。

 そこで【定着】と【元に戻す】を組み合わせて、どれを伸ばしたままにするかを選べるっていう仕組みなんだろう」


 一瞬でここまで考えつくなんて、この赤毛は頭いいなぁと哲夫は感心した。


「そう言えば、俺にステータスの見方を教えてくれた衛兵さんによるとだな……、自分の【特技】はあまり他人に喋っちゃいけないらしいよ」


 そう言ってイタズラっぽく笑う赤毛に、哲夫は声を失った。


「てっちゃん、ただいま」


 悠里が戻って来た。赤毛の方に軽く会釈してから、哲夫の隣の席につくと機嫌良く話始めた。


「儀式の前にトイレに行って鏡見たんだけどさー、私ってすごい美人だよね。しかも、凄いプロポーションしてるし」


 顔を近づけてきたので、哲夫は後退りしながら小さく頷く。


「もう嬉しくてスキップしてたらさ、胸の重さを感じちゃって」


 哲夫と赤毛が視線を落としたのに気付くと、悠里は上半身のストールをギュッと巻き直した。


「そのせいか、導き出された私の【魔法詞】はなんと……【重さ】でした…」


 そう言って悠里が吹き出したので、同じ席の3人して笑い合った。


「お前も貴族にため息つかれたか?」


 と赤毛が不躾に聞いた。


「うん、そこそこ珍しいものらしいけど、やっぱり戦いには向かないみたい。

 …ていうか、お前呼ばわりは、失礼じゃない?私には悠里っていう名前があるし、コイツには哲夫って名前があるの。

 あんた、名前は?」


 哲夫は、コイツ呼ばわりは失礼な事ではないのかとツッコミたくなったが、ややこしいのでそのままにしておく。

 赤毛はちょっとだけ間をおいて話始めた。


「すまん、すまん。

 悠里と哲夫…ユーリは東ヨーロッパっぽい名前だし、哲夫は言い方によってはイタリアっぽくテッツオと読めん事もない。

 しかし、俺は『繁晴(しげはる)』って名前なんだ。

 なんとなく、この顔でしげはるは無いんじゃないかと悩んじゃってさ」


 名付けてくれた親にも悪いしな、と赤毛改め繁晴は顔を赤らめた。


「じゃぁ、シュガーでいいんじゃない?なんか【赤髪のシュガー】って強そうだし。

 ねぇ、テッツオはどう思う?」


 悠里改めユーリが勝手に勧める。哲夫はテッツオに改まったらしい。

 強く感じるのは【シュガー】ではなく【赤髪】だろうけど。

 テッツオの心配をよそに赤毛の少年は満足気に頷いた。


「うん、それでいい。

 舐めてかかると痛い目にあうぜ!【赤髪のシュガー】とは俺の事だ!」


 などと立ち上がって胸を張る。


「で、シュガーちゃんの【魔法詞】はなんだったの?」


 と、ちゃん付けで聞くユーリの距離感はちょっとおかしい。


「あぁ、【美味しさ】だったよ…」


 と、シュガーが小声で答えた。


「じゃぁ、まずい料理を一瞬で美味しくする魔法とか?」


 と言うユーリの問いに彼は首を振る。


「違う。詳しくは言えないけど……俺の能力は敵からしてみたら一番に狙われそうな能力だから……」


 と呟いた後、シュガーは二人に顔を近づけて、小声で続けた。


「俺の目論見なら、【長さ】と【重さ】はセットにすると意外と使えると思うんだ。

 だから、俺と3人でこの街を出よう」


 テッツオは驚いて仰け反った後、また顔を近づけて小声で反論する。


「逃げるって事か?」


「違うよ、こっちの世界で社会生活を始めるのは無理だ。俺たちは合法的にこの街を離れる」


 ユーリも反論する。


「私たちは2年後まで、何不自由無く生活出来るんでしょ。なんで逃げる必要があるの?」


 ユーリとシュガーが視線を合わせて、3人に沈黙が流れる。

「わかった、話すよ」とシュガーが口を開いた。


「俺がさっきの部屋でイラついていたのは、アイツらの話にイヤなものを感じたからだ。

 そして【魔法詞】が【美味しさ】だった。

 俺はコイツを聞いて腑に落ちた。

 さっきから耳から聞いた誰かの声に、味を感じるんだ。さらに感情によってその味が変わる」


 テッツオとユーリが思わず息を呑む。


「王様も、その取り巻きの言葉も酷い味だった。俺たちは、アイツらに良いように使い捨てにされそうな雰囲気がビンビンだったって訳よ。

 どうする?

 このままこの街で訓練の日々を送るか?

 それとも、俺に合わせて街を離れるか?」


 シュガーが静かに二人を見る。誰かの声に味覚がリンクし続けると言うのは、地獄だろうなとテッツオは眉をひそめた。


「わかった、オレも行く」


 と思わず言ってしまうと


「わたしも」


 とユーリが頷いた。


「じゃぁ、後は俺に任せとけ。二年後の大厄災は俺たちが起こそうぜ」


 最後に物騒な事を言ってシュガーはケタケタと笑った。



 玉座の間に来るように、と衛兵が呼びに来て、18人の異界人がのろのろと動き出した。

 移動する人々に、いくつかのグループが出来ている事が分かる。

 ノリノリで先頭を進む集団、仕方なくついて行く集団、そして嫌々ついて行くテッツオたち三人。

 シュガーからさっきの話を聞かされ、テッツオは周りの人全てに不信感を持ってしまっている。

 そもそも、シュガーは信用できるのか?

 穏便に街を離れる事はできるのか?

 テッツオの中で答えの無い問いがぐるぐる回る。



 テッツオたちは、再び玉座の間に入った。

 王様も貴族たちも直立して皆を迎え入れる。


「重ねて申し上げる。

 君たちの都合も考えず、こちらの世界に連れてきてしまって、本当に申し訳なかった」


 王様の言葉に合わせて、テッツオたち異界人を取り囲む王様と貴族たちが頭を下げた。


「この国に訪れる危機を、皆さんと私たちで力を合わせて乗り越えられん事を切に願う」


 王様の言葉を聞くシュガーは顔を歪めている。

 横にいた教頭(じゃないけど)が続ける。


「皆さんの元いた世界には、平和的で争い事が少なく、魔法を使うことが無いと聞きます。

 つきましては、皆さんには基本的な戦闘技術や魔法を学んでいただき……」


「ちょっと待った」


 シュガーが手を挙げて話を遮る。


「そもそも何が起こるかもわからないのに、なぜ画一的な教育をするんだ?」


 またお前かと、顔をしかめて教頭は答える。


「まずは基礎的な事を皆で学ぶというだけです。その後、それぞれに合った技術を身につけてもらいます」


「じゃぁ、俺たちがひよっこの段階で一カ所にまとまって生活するってリスクについては、何も考えてないって事か」


 教頭は言葉を失っている。


「厄災とやらが天災や魔物なんかじゃ無くて、思考力を持つ存在だった場合はどうだ?

 やがて戦力になる俺たちを放っておくか?

 ひよっこのうちに消しにかかると思うけれど…」


 シュガーが一気に捲し立てたので、王様も


「なるほど一理ある。

 だが、君たちが学ぶ王立魔法学校と並ぶ施設は他に無いぞ」


 と、声を漏らした。


「ならば選抜すれば良いのです」


 シュガーが改まって王様に敬語を使ったのを見て、テッツオはニヤリとした。


「18人のうち優秀な9人をこのままここで学ばせる。

 残りの半分の9人を3人ずつ3箇所に分けて預けることにすれば良いのです」


 おぉ、と周囲から声が出た。


「私や【長さ】の彼のように、使い勝手が悪い【魔法詞】の連中は中央で学ぶ必要ってあるのでしょうか?

 それならば少数のエリートに教育資源を集中させた方が、この国の為になると私は考えています」


 シュガーが王様をじっと見つめている。


「なるほど、一理ある。では、そなたの言う通りにしよう」


 と王様が言ったので、テッツオたち3人は目を合わせて頷いた。

 王様の周りで「お待ちください」とか「困ります」とか側近たちが騒いでいるが、王様は決まった事とはね付けた。


「王様、発言をよろしいですか」


 という澄んだ女性の大きな声がした。


「モントローズ侯爵婦人、発言を許そう」


 そう王様が許可を出す。


「我が領では隣国と国境を接し、様々な問題を抱えています。

 つきましては【長さ】の彼とそのお友達、それに口うるさい赤毛の彼を引き取らさていただきたい」


 侯爵婦人の言葉を聞いたシュガーは穏やかな顔をしていて、テッツオの方を見て小さく頷いた。


「順番的に、まずは王都で預かる9人を選抜してから……というのが道理であるが、その3人ならば良いと思われます」


 と、教頭が言い、シュガーの方を見てニヤリとした。

 やはりおれたちはいらない子か、とテッツオは少しだけガッカリした。


「婦人にも何か考えがあるのだろう。

 うむ、ナオミ婦人ならば彼らの力になれるだろう。

 よろしい。3名を引き取る事を許可する」


 王様が仰々しく宣言したので、口煩い赤毛を引き取らずに済んだ他の貴族たちから安堵のため息が漏れた。

 シュガーが口をギュッと結び、喜びを噛みしめている。テッツオはそこまで喜ぶほどなのだろうかと不思議に思った。


 

 その後、テッツオたち異界人にも着替えが用意されたので、別室に移動させられた。

 廊下も天井は高く、大きくとられた窓から、夕日に染まった王都の街並みが見える。


「やっぱり現実なんだろうな」


 と、シュガーが言って足を止めた。


「まるっきり違う景色だもんなぁ、視力も良くなってるし」


 テッツオはさっきまでの不安な気持ちが、今日のこの天気みたいに晴れ渡っていることに気付いた。

 

「ねぇ、話は変わるけどさぁ『じゃぁ、最初から着替え用意しとけよ』とか言わなかったね」


 ユーリのちょっかいにシュガーが笑う。


「たぶん、押し付け合いだよ」


「押し付け合い?」とユーリが聞き直す。


「あぁそうか」とテッツオは閃いた。


「残りのアンダーメンバー6人を誰が引き取るか、各地の領主同士で押し付け合いが起こる訳か」


「なるほどねぇ、私らを引き取るって、相当プレッシャーだろうしね」


 ユーリが納得する。

 選抜じゃないからアンダーメンバーっていう、テッツオのギャグは見事にスルーされた。


「序列とか、年齢とか、地理的な諸々とか…言い訳してるんだろうな」


 とテッツオが言うと


「病気のお婆ちゃんがいるんですとか、夫婦してフルタイムなんですとかね」


 とユーリが合わせてきた。


「PTAの役員決めじゃないんだから」とテッツオが突っ込んで3人して笑った。

 異界人たちは着替えを終えて先ほどの控えの間にいる。

「自撮りがしたいぃぃ」という声がそこかしこから聞こえて


「若い人のスマホ依存はどうにかならないのか?」


 と、シュガーが呆れてテッツオの方を見る。

 中学生みたいな見た目なのに、中身は相当おっさんなんだろうなと、テッツオは笑みを浮かべた。

 ユーリはユーリで色んなメンバーの所をまわってはしゃいでいる。着替えの時間に女の子同士で仲良くなったのだろう。

 ブラウンの髪もキチンとまとめられて、真紅のドレスが似合っていた。


「ユーリちゃん綺麗だよなぁ」


 とシュガーがため息をつくと


「まぁ、そこそこな」


 とテッツオが返す。

 それを聞いたシュガーが


「お前の強がりは変わった味がする」


 と言って笑った。

 この少年の前では嘘がつけないという事が、この先のテッツオとユーリにどんな影響があるかわからない。

 だけど、退屈することは無いんだろうなぁと、テッツオは高い天井を見上げた。


 玉座の間では、未だ押し付け合いが続いている。

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