第71話 移り変わり

アンリさんからアドバイスを聞いた夜、僕は一人で野営地を離れていた。


この誰も動かない状況を何とかしたく、僕は一人ボーンズ砦へと向かったのだ。


このグリモワールを使える、読めるという事実を差し置いて自ら動く決心をした。英雄になりたいとか、自分が特別だとかそんな思いではない。


アルスさんならこの状況に置かれた立場だったら、動いているだろうと思ったからだ。勇気が湧いているでも、熱意が心にはともっているでもない。その反対の気持ちにいる。


一人この月明りだけの道を進むのはとても不安だ。その不安に押しつぶされそうになり歩く足に力が入らなくなりそうだ。


魔物、異教徒、盗賊、見知らぬ人全てが今の状態では敵・・・そう思うと姿勢は低くなり、自然と足音が小さくなっていく。


左手には古代のグリモワールをしっかりと握りこむ、これが今の僕の命綱。




野営場所からしばらく歩き、小さな峠を越えるとボーンズ砦は見えてきた。


ボーンズ砦は平地にドンっと立つ強固な街のようだ。街が外壁に囲まれている為。街自体が砦のようになっている。


遠目で見下ろすその砦は月明かりに照らされくっきりと見えていた。だが明かりは月明かりだけではない。砦の周りには揺らめく光が、砦を囲む。


それが野営をしている異教徒の焚火なのだと、すぐに察する。そして一つ、夜空にかける流れ星のような炎が砦へと向かうように流れていく。


それを砦から発せられる同じような青い光が、流れ星とぶつかりあい弾ける。そしてぼくの元に遅れてバン!っと音が響いた。


野営地で時より聞こえる音の正体は魔道兵と魔導士魔法のぶつかっている音だと分かり、砦側に魔道兵はギレルさんと砦在住の3人の魔道兵が交代で迎撃している様子だ。


攻撃側は自分のタイミングで魔法を仕掛ければいいが、防衛側は魔法を常に待機させておかなければいけないのかと厳しい防衛戦をしていた。


「・・・はやく行かなければ、そのうち崩壊してしまう。でも・・・どこから・・・」


ボソっと小さく、声に出したか出していないかのよう独り言が出てしまうぐらい、ボーンズ砦は緊迫した状況となっていた。


ボーンズ砦を見渡しても、異教徒がひしめき抜け道のような場所は無さそうだ。


チラっと左手にもつ小さなグリモワールに僕は目をやった。こんな状況でも少しの糸口があれば、このグリモワールのもつ魔法でなんとかできるのに・・・






手に持つ古代のグリモワールに掛かれている魔法。


”移り変わり”


”不規則の旅”


この2種類ときたれなどの基本魔法。


移り変わりは20文字ほどの短い詠唱で、視線の先、目に見えている場所へテレポートできる魔法。だが視線の先といってもどれほどの距離を飛べるのかは不明。王都の部屋で検証したのは部屋の中を移動したのみだった。


そして不規則の旅の魔法、これは検証も出来てない長い詠唱の魔法。これが僕が見た金色の魔法を纏う魔法なのは確かだが・・・魔法名から、使う事を躊躇してしまっていた。






左手に握るグリモワールに眠る魔法の事を思いながら、今僕が使おうとしているのは移り変わりの選択だった。


行き当たりばったりを試す”不規則の旅”を使うのはは流石に怖い。それなら”移り変わり”の移動先が分かっている魔法の方がいいのは確かだ。後はどのぐらい移動できるかだ・・・それを検証するのも1回しか出来ないだろう。


魔力の問題で3回使えば頭痛が飛び、4回使えば意識が飛びそうになるぐらいだった。


その為、検証に2回も3回も使ってはいられない。1回、どれほどが最大距離なのかを試したら砦の中にこの魔法で入る。


既に不安がいっぱいな僕の心に、更に重圧がかかる。


だがやると決めて、一人でここまで歩いてきた。ここで野営地に帰る選択肢は僕の中では消えていた。


それにこの古代のグリモワールを使いたくて仕方がないという気持ちにも少なからずなっている。その気持ちが徐々に不安な気持ちを押していくのが分かる。


あの黄金の文字が飛び交う光景が頭に浮かび、あの力を自分の物にしたいという、あの時名も知らぬ魔導士を殺した時の欲が再び湧き上がってきているようだ。


そして僕は使いたいという気持ちが心の中に充満しているのを感じ、試し撃ちをする事にした。


心の中で短い詠唱を唱えていく。既に短い詠唱は何回、何十回と詩変わりに読み暗記済みだった。



―――――――瞬く間に、時を運ぶ翼


詠唱が終わり待機中になり、僕の右手には小さな黄金の文字が何個も渦巻きながら宿る。


その光景だけでも目が奪われるぐらい美しいと思える。右手をクルクルと回したり、動かしたりすると黄金の文字はまるで生きているかのように、右手に追従する。


だがその文字は微かに光を宿している為、この夜という時間では目立つ。悠長に見惚れている場合でもなく、魔法名を口にして試し撃ちをしたのだった。


「移り変わり」

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