第70話 増援の集まり

ボーンズ砦から離れた箇所には、各地から集まった民兵や物資が集まる野営地が出来ていた。だが、ボーンズ砦は異教徒に包囲され物資の輸送が滞っている状況だった。


僕らホーキン村からの増援を率いてきた時には、700ほどの人が固まっていた。


思ったよりも数が少ない様子に不安を募らせながら、僕は騎士らと離れていく。


「ベルトリウスさん!」


「ノエル君、こっちだ!」


その野営地に魔道兵も集結し、4人が集まっていた。ベルトリウスさんにアンリさん、後は名前を憶えていない人が2人。


「状況はどうなんですか」


「まだ数が少なすぎるが・・・どうにか中へ連絡して砦の中に入らなければいけないのだが・・・」


「連絡手段がないんですね・・・」


「あぁ、こんなに早く包囲されるとは思わなかったな・・・」


砦の中にいる軍と合流しなければ、この民兵だけで野戦は自殺行為だ。だがそれはこちらの補給部隊に限った話ではない。砦に籠城するギレルさん達も恐らく食料などが既に切れかけている目測らしく、どちらも合流しなければという事になっているのだとか。


そんな中で僕には誰にも見つからず、砦の中に入り込むことが出来る方法が浮かんでいた。それは僕だけしか出来ない方法でだった・・・。


「とりあえず、様子見だろうな」


「そうですか・・・」


方法や手段は浮かんできていても、僕には実行する勇気が湧いてこない。誰かがこの状況を打開してくれるのではと思ってしまっているいからだ。


誰か・・・は無理だよな・・・


だが心のどこかでは、これは自分がやらなければいけないのだと、斜め掛けのカバンごしに小さなグリモワールを見てそう思った。


野営地からボーンズ砦の様子を見ることが出来ず、偵察にでた人達からボーンズ砦の現状を知る術はないが、僕にはそんな話を聞けるような人は魔道兵を除いて存在しない・・・。


砦の中に入るだけなら簡単だ。だが、中に入って何を伝えればいいのか分からない・・・という今の状況が僕がやらなければという気持ちと、そういう根本的な作戦の企てや軍の中心に居ないという立場にもどかしさを感じた。




何の情報を得ぬまま、野営地につき1日が経った。もう一つの補給部隊が合流し更に数を増やすが、結局現状は変わらない。


ファング卿やシープス卿にも話を聞きにいってみたりしたが、彼らも末端騎士。重要な作戦や立案には関わっている様子は無く、待っていればだれかが何とかするだろという受け身だった。


そのファング卿たちの周りの騎士らも待機中とはいえ、誰かから動こうとする人は少なく天幕で話をしている人は数名の人達だった。


そしてこの野営地には、物資や食料が十分あることからまだ切羽詰まった様子がないのも理由かもしれないのだ。


そんなダラダラと過ごしていた騎士達が騒がしく動き始めたのは更に1日後のことだった。




すでに異教徒たちは攻撃を開始しているという事は耳に入ってきていた。何発か魔法が爆発する音が聞こえてきていた為にこの野営地にいる人達も、そろそろやばいのではないかと思い始めたのか騒めき始めていた。


ただ案などはない様子で、砦側からもこちらに知らせる術がないようだ。


武器の手入れやチェックを始めた騎士達の傍らで、僕も何かしなければという気持ちだけが先行しウロウロと何かをやるでもなく歩き回っていた。


「そこの、またあんたは辛気臭い顔して。それが基本なわけ?」


「・・・いえ」


ウロウロしている僕とは正反対に、どこから持ってきたのか分からない椅子に足を組んで座り、本を優雅に読んでいたアンリさんが僕を見て鬱陶しいと思ったのか喋りかけてきた。


「どうせ何も出来ることなんてないんだから、大人しくしてなさい」


「・・・」


出来る事はある、だがそれをやる勇気や今後の人生を変えてしまうかもしれない覚悟がない・・・。僕はアンリさんの言葉に反論できなかった。


「なによ不満そうな顔をして、戦になれば戦えるとでもいいたいのかしら?」


「そういうわけでは・・・」


「じゃあ何よ、ほらここ空いてるから座っていいわよ」


そういいアンリさんの隣にある同じような椅子を指さし座るように促してきた。


「えっ・・・」


「ウロウロしてたら鬱陶しいのよ!さっさと座りなさい」


「はい!」


怒鳴られ、半ば強引気味に隣に座る事になったがこれはこれで落ち着かないと、座って後に思ってしまった。


「ねえあんた、調達いった時に食料手に入れてないの?」


「あー・・・ありますよ」


「いちいちテンポが悪いわね。私も手に入れた物があるから取引しない?」


「そういう事ですか、とても美味しいドライフルーツなどの保存食を貰ったので交換しましょう」


「あらいいじゃない。私はパンだったわ、持ってきなさい」


「はい」


気まずいかと思われた空間だが、用事があれば別だ。それにアンリさんは僕が喋らなくても一人で喋るタイプのようなので一緒にいても結構楽かもと思いながら、自分のカバンを持ってくる。


「私のはこれを2個渡すわ。硬くてこんなの何回も食べれた物じゃないわ」


アンリさんが渡してくるパンは、平民の間では良く食べられる黒くて固いパンだ。歩兵時代もこれがあるとかなり重宝した日持ちのいいパンだ。


生まれが良さそうなアンリさんは、白くて綺麗な小麦から作られる柔らかいパンに親しみがあり、ライ麦や大麦で作られる水気を少なくして作る、日持ちするパンはあまり食べてこなかったようだ。


魔道兵になり、食事に出てくるパンも毎回小麦とまでは行かないがふんわりと焼かれた柔らかい物だった為に余計にアンリさんからしたら食べられた物じゃないのだろう。


それを考慮して、パンを2つという事だが僕は小袋ほどの量で交換でいいかと計算。


「僕はこのドライフルーツを小袋で1個でいいですか?」


「えぇ、こんなパンが食べ物に変わるなら何でもいいわ」


これも食べ物なんだけどな・・・


アンリさんにポーチほどの小袋で結構大きなパンを2つ交換出来た事で、僕としてはいい取引だった。


「美味しいわね、甘みがあるのはやっぱりいいわ。もっとあるなら寄越しなさい」


早速交換から食べ始めたアンリさんは、一つの林檎をスライスした物を食べ始めた。


「流石にパンはかさ張るので、もう十分ですよ」


「以外にいいなりと言うわけではないのね」


「それはそうですよ」


最後に大きくパクりと干した林檎を口にいれてモグモグと食べ終わった後にアンリさんは喋り始める。


「何なやんでるか知らないけど、あんた一人が動いた事で戦なんて変わらないのよ」


「それは分かってますよ・・・」


「でも、動かないと変わらない事もあるわ」


「・・・どっちですか」


「私だってリコリアで魔法を何度も失敗したわ、ずっと発動しない詠唱を何度も唱えて失敗を繰り返したの。でも、私は諦めずに詠唱して敵の魔導士を一人討ち取ったわ」


「はい」


「そういう事」


「?」


「察しが悪いわね、これが農民出と私の違いなのね。つまり、あんた一人で動いても戦自体は変わらないわ、でも悩んでいる暇があるなら動いた方がましってことよ」


「え?あー・・・はい」


アンリさんてきには深い事を言っているつもりなのだろうか・・・全く僕の心には刺さらないのだけど、そう言い切ったアンリさんは迷える子羊を導いたといわんばかりのドヤ顔読書に戻って行った。


そして、もういいと言われ僕は椅子を立たされてその場を後にした。結局、彼女は食料の交換をしたかったのか、僕に彼女なりにアドバイスがしたかったのか分からない出来事だった。

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