第69話 重り

物資と民兵の準備が無事に揃い、その夜、騎士と僕らはホーキン村で最後の時間となっていた。


のどかな村での、ひと時の安らぎのような時間だった。物資調達に民兵の招集という名目だったが、戦場を離れた事により、しばしの休息日だった。


夕食を終わらせ、騎士や僕一人一人に与えられた部屋で日課の詠唱暗記をしているときだった。


僕のいる部屋にノックの音が響き渡る。


僕に与えられた部屋は騎士達がいる場所とは離れていた。流石に身分が違うと言う事で、ホニシス卿による騎士たちへの配慮だと思われる。


そんなほぼ一人の所に、ノックがされた事で警戒態勢に入り僕は開いていたグリモワールを開いたまま応対することにした。


「はい・・・どなたですか?」


「アイシャです」


声とアイシャという言葉に安心し、僕は開いたグリモワールを閉じると鍵を開けて扉を開いた。


カチャ・・・ガチャリ


「どうされました?」


「いえ、これをお持ちするお約束でしたので」


扉を開くとアイシャさんがザルのようなカゴ一杯に入ったドライフルーツを持っていた。色鮮やかなそれは、軍の小さく刻まれた物でなく、スライスされた平たく大きな状態の一つで食べ応えがありそうな物だ。


「あっわざわざアイシャ様が、ありがとうございます」


「いえ・・・昼間はご迷惑お掛けしましたので、少し入ってもいいでしょうか?」


「あっどうぞ」


昼間、スナイプさんの話をしてからその後は話をする事も無く、アイシャさんは自分の仕事に戻って行ったため、気まずい別れとなっていた。


小さな個室に、椅子は一つしかない。アイシャさんに椅子に座るように促し僕はカバンから小袋を取り出しに行く。


「全部持って行ってもらって構いませんので」


「では・・・」


小袋を取り出したタイミングのアイシャさんの言葉で、僕は小袋から大き目の袋に取り出しなおした。


昼間の事で気まずくなるかと思ったが、アイシャさんの様子は戻っているような感じで、他愛ない会話から始まった。


「干芋が特におすすめですよ、酸味がない為に一番甘く感じられます」


「そうなんですね・・・ちょっと失礼して一口・・・」


ぐちゃぐちゃモチモチとした食感から、噛んでいけばどんどん甘みが口に広がっていく。


「美味しいです、これは・・・保存食というよりか、おやつになりますね」


「軽く火であぶったりすると尚美味しいと思います」


「なるほど、今度やってみます」


そんなドライフルーツの美味しい食べ方や、季節ごとに作る物が違うために、冬ではどんな物を作るかなんて話をしながら腰のポーチと袋一杯に入れて遠慮なく、持ってきてもらった物をしまった。


「よっし、全部入りました。ありがとうございます」


「いえ、これから頑張ってくださいね」


僕が袋に詰めたことで、アイシャさんも帰るかなと思ったがまだ立つ素振りがなく、僕も立ったままなのも不自然かと思いベッドに腰掛けた。


「よいしょっと・・・」


「・・・」


一度途切れた会話に、若干の気まずさを感じていたが用事が終わってしまい、不用意な発言でまたアイシャさんを傷つけたらと思うと僕から何か会話の切り口を探すことが出来なかった時、アイシャさんが口を開く。


「スナイプは・・・私と恋仲にあったんです」


アイシャさんは静かに語り始めた。


「・・・はい」


「でも、私はロックベイの網元の娘で・・・いずれは親に決められた元に嫁ぐというのは分かってました。でもそんな事も忘れ、私達は毎日アルスやリアとずっと続く平和な日々を送っていけると思ってました・・・」


・・・なぜそんな話を僕にしてくるのか分からなかったが、僕は黙ってアイシャさんの話を聞いた。


「でも戦争が始まってしまい、そんな所に私に縁談が入り・・・彼らは志願兵として街を出ていき・・・半ばスナイプとは喧嘩別れのようになってしまいました――――――」


静かにゆっくりとだが、アイシャさんの話は続く。


縁談は断り、スナイプさんと一緒になると決めていたようだったが、スナイプさんはそれを受け入れることなく、志願兵となったようだ。アルスさんが行くなら自分もと、つられる形となるスナイプさんを止めようとしたが、止める事も出来ず縁談を受けろというスナイプさんとは意見の押し付け合いのようになり、バラバラになってしまったようだった。


「――――――でも・・・そんな別れをしたとしても、彼は国の為に尽くしている。どこかで彼らが戦っているのだから私も頑張らないと、と日々思ってましたが・・・少し希望を失ってしまった感じです。すいませんこんな話を・・・いきなりしてしまって・・・でも、誰かに聞いて貰いたくて・・・」


「いえ・・・お辛いのは分かるので・・・アルスさん同様にスナイプさんにはよくして貰いました・・・」


「ねえ、スナイプは・・・どんな感じだったのかしら・・・」


本当はこれが聞きたくて、僕の所にきたのだとその質問で分かった。一応彼女なりの心の聞く準備をしていたのだと悟り、僕はスナイプさんとの短いながらも覚えている事を全て話をした。


彼がよくしてくれた事はもちろん、アルスさんとの仲たがいの事・・・そして死んだ時の事、全て包み隠さずに喋った。


「――――――――その為、スナイプさんや他の兵の人は、僕らや街の人を守るために亡くなりました」


「そう・・・ごめんなさいね・・・言い辛い事を・・・」


その後また僕らに沈黙の時間は流れた・・・。


しばらくすると口を開くのは、やはりアイシャさんの方だ。


「私が戻らないのを疑問に思ってますよね・・・」


「えっ・・・いえ・・・」


「ノエルさんだから言いますが、私や使用人たちは騎士や兵士に取り入って、情勢や戦の事を調べる役目を旦那様から受けています」


「・・・」


その事を聞いてすぐに頭によぎったのはシープス卿だ。昼間にルーシィという人をつけられ、おだてられて気前よくペラペラと喋る彼の姿が目に浮かぶ。


そして騎士に頭が上がらない様子のホニシス卿だったが、彼は彼なりに人を使い動いているようだ。領主ともなる男だ、馬鹿ではない。ほぼただで人や物資を与える代わりに、情報を聞き出し身の振り方を考えているのかもしれないと思った。


「でも・・・僕は何もしりませんよ」


「いえ、ノエルさんから何か聞き出すつもりはすでにありません。ですが、私も仕事を命じられた身です、もう少しこちらに居させてくれたらと」


「あぁ・・・そういう事ですか、分かりました」


知り合いの知り合いだから聞くことが出来なかったというよりも、粘ったけど駄目だったというていが欲しいのだと分かり僕は少しきまずいこの空間に、お世話になったのだから我慢しようとしたのだ。


「ありがとうございます」


アイシャさんはそういうと、立ち上がりベッドに座る僕の隣へとふわりと座った。その時、花のような甘い香りが僕の鼻を刺激した。それと同時に僕は身を強張らせ、少しアイシャさんが座る反対方向へと逃げた。


「・・・そんなに距離を開けなくても・・・」


「い、いえ、ぼ、ぼくは、女性じたいにな慣れて無くて、正直、このふたふた、2人っきりの状況というのも」


頑張っていたけど、この時は既に喋らないでいいことも頭が真っ白になり喋っていた。


「大丈夫よ」


あたふたとする僕の唇に何かがあたったと思った時には、目の前にアイシャさんがいた。


「わっ・・・あっすいすません!あ、え・・・違うんです、えとえと」


何が起きているのかパニックだった。何とか離れないと思って、顔を離そうとおもったが僕はそのまま押し倒された。


「・・・私は・・・生きる目標、明日から頑張っていく目標が欲しいの。アルスやノエルさんが頑張って戦っているから、私も頑張らなくちゃと・・・」


倒れた僕に覆いかぶさるように、耳元でアイシャさんの言葉が聞こえる。


「僕は、スナイプさんの代りになれるような人じゃないですよ・・・」


「いいのよ・・・」


僕はその日、初めて女性の肌の柔らかさや温もりを知ったのと同時に、何か心のどこかに重りがついたような気がした。





翌日、民兵の準備が整い騎士達を先頭にホーキン村をでた。村を出る時に見たアイシャさんは、毅然とした態度で見送ってくれている。


「この村は良い村だったな魔道兵」


「そうですね、戦時中にこんなにのどかなのも珍しいですね」


馬にまたがり、ファング卿が声を掛けてくる。


「いい女も多い、こういう所で余生を過ごしたい物だな」


余生というには僕にはまだ早すぎると思うが、ファング卿の言葉でシープス卿以外も軍の情報を喋ってそうだと感じた。


その後僕らは民兵を従え、ボーンズ砦に着いたのはホーキン村を出て6日後のことだった。

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